第7話 夢食みジャック

 その女は突如、突然あらわれた。


 背の高い女だった。

 目測ではるがざっと180センチメートルほどはあるだろう。

 魔女のような黒いつば広帽をかぶり、黒いマントを羽織っている。

 黒いドレスに身を包み、溢れんばかりのボリュームたっぷりの胸が魅力的だった。

 そして漆黒のマントの裏地だけは血のように赤かった。

 右手に白蕪のデザインのランタンを持っていた。


 恐らくだが、彼女があの恐るべき犯人Aを吹き飛ばしたのだろう。

 すさまじい怪力だった。


 僕は立ち上がり、その彼女の顔を見た。

 絵の具のような白い肌はどこか人間離れしていた。

「あ、ありがとうございます……」

 と僕は言った。


「ほう、人間にしては礼儀正しいね」

 その大柄な女はにこりと微笑んだ。

 その容貌は美人とはいいがたいが、愛嬌のある良い笑顔だった。


「あ、あなたは……」

 僕は訊いた。

 突然あらわれ、助けてくれたのだ、敵ではないと思われるが何者かはわからない。


「アタシかい。アタシは夢食みジャック。悪夢を喰らう妖魔ジャック・オー・ランタンさ」

 その背の高い女は言った。

 彼女は妖魔と名乗った。

 たしかにその身にまとった空気感はとても人のものとは思えなかった。

 妖魔と聞き、思わず身構えてしまう。


「そんなに怖がりなさんな。さすがに呼び出した相手を食ったりしないさ」

 ふふっと妖艶な笑みを浮かべて、夢食みジャックは言った。


 夢食みジャックは両手をのばし、僕をマントの中に入れた。

 おおきな胸は僕の顔にあたり、その柔らかさは例えようのないものだった。

 そして不思議と落ち着くのだった。

 腕の中にいるヨウコもどこか安心したようで喉をごろごろとならしている。

「ここは奴のテリトリーだ。まずは場所を変えよう」

 夢食みジャックは言った。


 マントの隙間から壁にしたたかに打ちつけられていた犯人Aがむくりと起き上がろうとしているのが見える。


「さあ、しっかりつかまっていな」

 夢食みジャックの言う通り、僕は彼女の柔らかな体に抱きついた。

 次の瞬間、奇妙な浮遊感に襲われた。

 足に地面がついてない感覚だ。

 僕は必死に夢食みジャックの体にしがみついた。


 ほどなくしてまた足元に土の感触が甦った。


 マントがひらりとめくれる。

「もういいよ」

 酒焼けした声が聞こえた。

 その声を聞いたあと、僕は夢食みジャックから離れ、周囲を見渡した。


 そこはあの児童公園であった。


「ここはあの吊られた男ハングドマンとおまえたちの集合意識世界だよ。昔、ユングっていう男が言っていたね。人間たちの共通した夢の世界さ。私たち夢食みは単に夢幻の世界って呼んでるけどね。まああの家よりはましだわね」

 ハスキーな声で夢食みジャックは言った。


 その言葉の意味はよくわからなかったがここはやはり現実の世界でないことは確実であった。


「さて、もうそろそろ吊られた男ハングドマンがこっちにやってくるよ」

 夢食みジャックは言った。

「ほら」

 と彼女はある空間を指差した。


 夢食みジャックが指差した先がぐにゃりぐにゃりと歪んだ。

 その空間から、むくんだ指があらわれる。

 その指がドアを開けるように空間を押し広げる。

 その歪んだ空間からあのチアノーゼの顔が出現した。

 何もなかった場所にあの犯人Aがあらわれた。

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