第6話 悪夢に追われる
クローゼットの隙間から見えるその男はきょろきょろと何かを探し回っていた。
やはり間違いない。
紫色に顔が腫れ上がっているがあの容姿は間違いなく犯人Aだ。
彼はふひゅうふひゅうという気味の悪い呼吸音を発しながら、部屋の中を探し回っている。
「葉子ちゃんどこかな。どこにいるのかな。かくれんぼは終わりだよ」
首に巻かれたロープが気管を締め付けているためだろう、かなり聞きとりにくい声だったが、犯人Aは言った。
犯人Aはソファーの下やカーテンの裏側を見て回っている。
もしかするとこのクローゼットの中に隠れてやり過ごそうとしたのは失敗だったのかもしれない。
だが今さらここをでるわけにはいかない。
ここで黙って息を殺して、隠れているしかない。
僕は指の浮いた小瓶と白猫のヨウコを腕に抱えながら、気配を消していた。
「さあ、かわいいかわいい葉子ちゃん。君は僕のコレクションなんだよ。僕のコレクションになれるのは選ばれた人間なんだよ。僕に選ばれることはとても名誉なことなんだ。あのまま育って汚い大人になるよりもあの瓶の中で永遠に僕に愛されるほうが何万倍も幸せなことなんだよ」
首にロープを巻き付けられた男は身勝手なことを言っている。
そんなわけあるものか。
この変質者の犯罪者め。
僕は怒りがこみあげてきた。
腕の中のヨウコもシャーという声で怒っている。
ではあるが、ここから出るのも得策だとは思えない。
何故なら、隙間からよく見ると犯人Aの右手には鉈のようなナイフが握られていた。
「うんうん。聞こえるぞ、葉子ちゃんの声が。聞こえるぞ」
犯人Aは嬉しそうにこちらに近づいてくる。
ゆっくりとクローゼットの方に向かってきている。
どうやらヨウコの声に気づいたようだ。
これはまずい。
僕は慌ててヨウコの口を塞いだ。
だが、遅かった。
犯人Aはクローゼットに手をかける。
両手でゆっくりと開く。
僕の目と奴の濁った充血した目と視線があった。
犯人Aは紫色にそまった唇をにやりとさせた。
「みーつけた。汚い大人と一緒にいたら駄目だよ。それに僕のコレクションは返してもらわないとね」
犯人Aは右手を振り上げ、僕にナイフを突き刺そうとした。
くそ、こんなところで死んでたまるか。
僕は全力で奴を突き飛ばした。
だが、奴の体はほんの少しずれるだけだった。
なんて頑丈な体なんだ。
だが、僕はそのわずかな隙をついて横に逃げた。
走りだして、この部屋から逃げよう。
僕は両足に力を込めて、駆け出そうとした。
しかし、その行動は犯人Aの強力な腕力によって止められた。
足首を掴まれて転ばされた。
なんて力なんだ。
僕は奴の力でなんなく床に這わされてしまった。
背中を強く打ちつけ、呼吸が苦しい。
仰向けに転んだ僕に犯人Aは馬乗りにまたがり、ナイフで顔を刺そうとする。
僕はそのナイフを両手でつかんで防いだ。
だが、奴の力のほうが断然強い。
じわじわとそのナイフの先端が僕に迫ってくる。
このままでは僕は奴のナイフによって殺されてしまう。
「抵抗しても無駄だ。この世界では僕に敵うものはいないんだ。僕はここで集めた皆と幸せに暮らすんだ。汚い大人のお前は必要ない。おまえらなんかゴミだ。僕の崇高な行いを理解できないおまえらはゴミなのだ。ゴミはちゃんと捨てないとね」
そう言い、犯人Aは僕にナイフを突き刺そうとする。
そのナイフの先端が文字通り僕の目の前に迫ってくる。
だめだ、奴の力は強すぎる。
並みの人間のものではない。
このままでは殺されてしまう。
いったいなんなんだよ、これは。
まるで悪夢じゃないか。
悪夢。そう、この不思議な世界は悪夢そのものだった。
僕はある言葉を思い出した。
駄目でもともと、藁にでもすがる思いで僕はその言葉を言った。
「夢食みさん、夢食みさん、夢食みさん。悪い夢を食べてください……」
僕はどうにか声をしぼりだして、そう言った。
「やあ、呼んだかい」
酒焼けした女の声が聞こえた。
白い指が犯人Aを持ち上げ、部屋の壁に投げ飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます