第5話 一度目のアドリアーノ
アドリアーノはアルフォンソに国王を譲った後、シルヴィアと穏やかな余生を過ごす為、何年も前から離宮の改装に取り組んでいた。国王は余生を離宮で過ごすことが決まっている。
新国王の補佐や相談役としての役目と、警備の関係上致し方ない事ではある。可能なら風光明媚な土地を買い取り、シルヴィアとのんびり過ごしたかったが仕方が無い。
シルヴィアの喜ぶ顔が見たくて、内装をシルヴィア好みに統一した。
飽きたり、気に入らなければシルヴィアの好きに変えればいいと思って、離宮の改装について特にシルヴィアと相談はしなかった。改装も無事に終わり、満足のいく仕上がりとなった。
執務の合間に慌ただしく離宮への引っ越しに関する指示を出した。最後になるので他の妃たちの部屋にも顔を出した。引っ越し当日、シルヴィアが見当たらない。
「母は既に城から出て行きましたよ。ご存知なかったのですか?」と国王になったアルフォンソに言われて驚いた。意味が分からない。
アドリアーノは自分の隠居にシルヴィアが付いてこないと考えてもみなかった。
国王としての重責もあり、ストレス解消の為に女遊びを散々して来たのは自分でも認める。けれど、自分の一番は常にシルヴィアにあった。
シルヴィアもそれはわかってくれていたはずだ。一度も蔑ろにした事など無い。
ストレスから解放され、シルヴィアと離宮で穏やかな余生を過ごすつもりだった。
出て行った…? 既に…? どういうことだ? 私を置いて? あり得ない。
「シルヴィアは何処へ…?」
何かの間違いではないのかと思った。
「さぁ?」
アルフォンソが冷めた顔と声で答えた。
「そんな筈はないだろう! 知らない筈がない!」
「知っていますが、言うつもりはありません。今まで散々母に苦労をさせて来たのです。これからは自由に生きて欲しいと思っています。それより、他の妃の処遇を早く決めて下さい。一緒に隠居するのもいいのではないですか」
それより、だと!?
混乱している間に四人の妃たちと一緒に離宮での生活が始まっていた。待っていても本当にシルヴィアは来なかった。
部下に命じて密かに居場所を突き止めようとしたが、部下は国王の命令でシルヴィアの居場所は教えられないと言った。
「シルヴィアは私の妃だぞ! 会えないなど、おかしいではないか!」
怒った私に、忠実な臣下だと思っていた男は言った。
「あなたにとってはそりゃあ楽しい人生だったでしょうねぇ。気に入った女を何人も侍らせ、嫉妬させてはその様子を楽しみ。その陰でどれ程シルヴィア様が苦労されていたか。見捨てられて当然でしょう。いつになったらお気付きになるのですか」
「貴様、不敬だぞ!」
「国王陛下より、アドリアーノ様に自由な発言をしても構わないと許可を頂いております。気に入らないのであれば、解任して頂いて構いませんよ」
腹が立ったので解任したら、大喜びで出て行った。シルヴィアに限って、そんな事を考えている筈がない。いつでも私に尽くしてくれていた。
他の部下に頼んでも、シルヴィアの居場所は分からなかった。アルフォンソが邪魔をしているのだと思う。
ここから出られず、大半の部下をアルフォンソに譲った今、以前の様に情報を集めたり人を動かす事が出来ない。
たまに領主を呼び出してアルフォンソに知られない様にと、密かにシルヴィアの捜索を依頼したが、いつまで経っても有力な情報は入って来なかった。
シルヴィアがいない生活が堪らないくらい寂しく、妃たちを全員をそのまま側に置いていた。放置していたとも言うが、彼女たちにシルヴィアの代わりが務まるはずが無かった。
些細なことで揉め、些細なことで喧嘩をする。諫めるのは常に自分。毎日気が休まる日が無い。
何故、国王という重責に耐え、やっと楽が出来ると思った隠居先で彼女たちの機嫌を取り続けなければならないのだ。
何故離宮を平穏にする為に、平等に接しなければと心を砕かねばならないのだ。私は新しい女性に逃げた。
彼女は妃たちと違い、シルヴィアの様に穏やかでおおらかな女性だった。それでもシルヴィアの代わりにはならず、虚しさを感じていた。
けれど、妃たちは私の唯一の癒しである彼女を排斥しようとした。私は妃たち全員を放逐したが、毒を盛られて心と体を病んだ彼女もまた、私の元を去ってしまった。
隠居後にも問題を起こした私を、アルフォンソは許さなかった。
私の周囲にいるのは男か、食指も動かない様な老婆ばかり。気が付いたら、子どもも孫も誰も訪ねて来ない寂しい老後になっていた。
しばらくしてからシルヴィアが亡くなった事を知った。それも事後だ。怒りもあったが、あまりにも早いシルヴィアの死に動揺もした。
アルフォンソはシルヴィアの危篤を聞いて城を離れ、アリアンナやアルマンドとその子どもたち全員でシルヴィアを看取ったらしい。葬儀は後日盛大に行うと言う。
葬儀には参列したが、シルヴィアの顔を見ることを許されなかった。シルヴィアが生前、私の顔などもう見たくもないと言っていたと言うのだ。そんな筈は…そんな筈はないだろう…?
だけどシルヴィアは実際、私に一度も会いに来なかったし、手紙を寄越すことも無かった。アルフォンソも他の子どもたちも孫さえも、シルヴィアと度々会っていたと聞いた。
私だけが彼女と会っていなかった。
気付かない様にしていたその事実を突き付けられ、私は毎日神に祈った。もし、やり直しが出来るなら、私にやり直す機会を。今度こそシルヴィアを失わないでいられるよう願った。
私はその後も長生きし、シルヴィアが亡くなって二十年以上生きた後、天に召された。
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