第3話 二度目のシルヴィア 1/2

 それなのに、だ。何故か私は自分が十二歳の頃に戻っていた。色々あったけれど、やりきったしそれなりに満足した人生だった。

 こういうのって、未練や後悔があったり、非業の死を遂げた人物がするものだと思っていた。


 何でだ。小説で読んだことはあるが、皆そうだった。後悔や未練はあれど、やり直したいと思うほどではない。本当に何でだ。

 十二歳だったが、アドリアーノとはまだ婚約していなかった。近日中に婚約の打診が来るのではと思ったら、それがまさに今日だった。


「シルヴィア、王家からアドリアーノ殿下の婚約者にと打診があった」


 そう言われた時、分かっていても血の気が引いた。あんな大変だった人生をもう一度繰り返すのは御免だ。

 だったら、行動にうつさなければならない。前回の私は王家からの打診を断るなんてと思って、少しも考えずに受けた。でも今回は、受けたくない。


「その…断ることは出来ませんか…?」

「できるよ? シルヴィアはアドリアーノ殿下が嫌いだった?」


 お父様の返事が思いの外軽かった。そうだった。父はこういう人だった。そんなに軽い感じで済ませられると知っていたなら、前回の私も断っておけば良かったのだ。

 元々アドリアーノと特別仲が良かった訳でも無い。前回も今回も、どうして私に打診が来たのかもわからなかったほどだ。


「嫌いとまでは言いませんが、王家に嫁ぎたくはありません」


 いや、もうさすがに嫌いだったけどね。理由が言えないのでそれは言えない。十二歳の私がアドリアーノの性癖が心底嫌いですとは言えない。まだ本人も、その性癖を発揮していない筈だ。


「そうか。じゃあ、断っておくよ」


 お父様は本当に軽く請け負ってくれた。まぁ、私が第一妃の時も息子たちの婚約を打診した時、断られたら泣いちゃうだろうなと思って打診していた。

 私と違って、息子たちは相手の令嬢と仲良くしていたのだ。この国では王家からの打診を断る権利が普通にある。


 私がアドリアーノと結婚しなければ、あの可愛い子どもたちに会えない。とても残念な気持ちもある。

 だけれど、あの環境であんなに立派な子どもたちに成長してくれたのは奇跡だったと思うのだ。もう一度挑戦して、あの子たちにまた会えるとは限らない。


 それに、私はやりきった。あの子たちは立派に成人して、親になり、国王になった子もいた。私はそれで満足した。やり直したいと思うことは何一つない。自慢の子どもたちだ。


 何故やり直しているのかは分からないけれど、前回は前回、今回は今回と別物として考えることにした。


 アドリアーノとの婚約は父が断ってくれ、特に問題なく了承されたとのことだった。親しくなかったし、そりゃそうだろうなと思った。

 それから間もなく、別の方から申し込みが来たと父に呼ばれた。父は面識があったのかと不思議そうにしていたが、それは当然だと思った。


 ティベリオからの申し込みだった。ティベリオとはまだ会っていない筈だ。

 もしかしてという期待と、アドリアーノとの婚約を断ったから流れが変わったのか判断がつかなかったので、会ってみたいと父に伝えた。


 ティベリオは前回側近だった。彼は私たち夫婦によく仕えてくれ、生涯独身を貫いた。

 息子のアルフォンソが国王になって私が隠居する際、私について来てくれた人。そして、彼は私のことを愛してくれた。


 私は離婚した訳では無かったので恋人にもなれなかったが、私も彼を愛した。

 子どもたちはどうやら随分前からティベリオの想いに気が付いていたようで、アルフォンソに至っては私の隠居の際に、私のことを頼んでいたらしい。


 全然気が付かなかった私が鈍すぎると娘にも注意された。長年の酷使で体にガタが来ていたのか、彼より六歳も年下だったのに、先に逝く私を看取ってくれた。


 ティベリオと会ったら、やっぱり彼は前回の記憶を持っていた。もし私が記憶を持っていたなら、アドリアーノとの婚約を断る可能性があると思って打診してくれたそうだ。

 ティベリオは、私が子どもたちに会えなくなることを心配してくれたが、私はやりきった気持ちの方が強いと伝えて、そのまま婚約を結んだ。


 どういう経緯で私たちが記憶を持ったまま同じ人生をやり直しているのかはわからないが、アルフォンソやアリアンナ、アマンドからの贈り物かも知れないとティベリオが言っていた。

 私の死後、子どもたちは最初から二人が結婚できていれば、私の人生がどれだけ幸せなものになったかと言っていたそうだ。

 それに、アドリアーノは国王としての仕事に四人の妃を抱え、子どもとの関係は希薄とも言えた。


 子どもたちの父親の立ち位置で子育てを頑張ってくれていたのは、ティベリオだったのだ。子どもたちは父親がティベリオだったらとたまにこぼすことがあった。

 なので私たちは、三人の子どもから貰った贈り物の人生として、いつ終わるかわからない繰り返しの人生をティベリオと共に過ごすことにした。


 楽しかった。前回は婚約して直ぐに結婚が決まってしまったので、婚約者とデートした事は一度もなかった。妃になってからは特に、警備の都合上気軽に出かける事も出来なかった。

 季節ごとに庭園を見に行ったり、流行のカフェや美術館に行ってみたり。ティベリオと会えるのも単純に嬉しかったが、それ以上に何もかもが新鮮で楽しかった。


 私たちは気分的には熟年夫婦だと思っていたのに、恋とはこういう物だとティベリオに教えて貰った気がする。

 まぁ、ティベリオも元々恋やら愛には鈍い質で、常に前向きな気持ちで頑張る私に徐々に好意を向けていき、本人より先に子どもたちが異性に向ける好意だと気が付いたほど。


 アルフォンソに私と一緒に城から出ないかと言われ、アルフォンソに私の事を好きだろうと指摘されて本人もようやく気が付く鈍さ。

 子どもたちが敢えてギリギリまでティベリオに指摘しなかったのは、アドリアーノに勘付かれて邪魔されない為だったとか。

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