第四話

 

『透が思うよりオレは、もっと非道い奴なんだぜ?』


 俺は、拓馬の言葉を反芻はんすうする。数秒の沈黙の末に、やっとその言葉を理解できた。つまり、拓馬も俺と同じだったんだ。人間関係に、

 だけど、どうして今このタイミングで言ったんだ? このままでは埒があかないと思ったのか。それとも、単に俺の反応を見ているのか……。

 拓馬にも、何かしらの思慮がある。それだけは確かだ。


 俺が考え事を終えると、大きく息を吸った拓馬が言葉を繋げる。


「――だから、次は別の質問をさせて貰うぜ、透。オレが由美子と付き合ったという話を一昨日した訳だけど、本当は、もっと言いたい事があるんじゃないのか?」

「……何が言いたい?」

「隠そうとしても無駄だよ。透が由美子を好きだってことなら、もう分かってるから」

「は?何でそれを……」

「お、やっぱりそうだったか。分かり易いな、透って。あはは!!」


 拓馬は、明らかに動揺する俺を嗤う。俺を見る目や言葉遣い、そして佇まいが、いつものそれとは大きく違った。

 ……あぁ、確かにこれは酷いな。今までのは全部、ブラフだった訳か……!

 ……いつからだ?いつから拓馬は変わった⁇


 俺は内心の動揺をひた隠しにして、嘲るような声で言う。

「成る程なー、拓馬。お前には失望したよ……!!」

 目の前の拓馬を睥睨する。出来る限り低い声を出した。


 しかし、拓馬が怯むことは無い。むしろ、先刻よりも軽快な口調で笑い返してみせる。

「気付くのがせーんだよ、透!」


 ――駄目だ、上手くいきそうにない。これでは拓馬の思う壺だ。その余裕があるような笑みを、今すぐ破壊したいんだ。


 ……そうだ。由美子のことはどうする?まさか、俺に見せつける為に付き合った訳じゃないだろうな??


「……由美子ことは、どう思ってるんだ?好きでもないのに、告白したって訳じゃないよなぁ!?」


 瞳を怒りで燃やして、俺は怒鳴る。諦めようと思っていた由美子への想いが、今になってせきを切る。二人の関係を祝福する気になれたのは、拓馬はこんな人間じゃないと思ってたからだ。


 ――「許せない。この外道が。最低な奴だよお前は。信頼した俺が馬鹿だった。人の気持ちを何だと思ってる!」――激昂する俺の口から、そんな言葉が激流となって溢れ出た。


 しかし、拓馬は余裕の笑みを口端に浮かべている。さっきから一度も変わらないその態度が、どうしても許せなかった。

 溜息のようなものを吐き出して、拓馬が言う。その表情はどこか、いつもと違うように見えて――、


「……確かにオレは、最低な人間だと思う。――だけど、『人の気持ちを考えない』ことについては、透も同じだろ! 勝手にオレと由美子を突き放したのは誰だ?自分の気持ちを伝えようともしなかったのは誰だ? 全部、――全部、透の所為だったじゃないかよ!! 被害者ぶってんじゃねぞ!甘えんな!!」

「…………」


 ――何も言い返せなかった。自分の醜さも、愚行も全て、思い知らされた気がする。泣き叫ぶかのような拓馬の顔が、頭にこびり付いて離れない。


「拓馬も透も、どうしたのー?」


 俺をより惨めにさせる、透き通るような銀鈴の声が、雨音越しに聞こえた。声のする方を振り向くと、公園の外に下校中の由美子がいた。

 しかし、いつもの帰り道だったら、この公園は通らないはず。一体どうして?


「良かったら、由美子もこっちに来ないか?ほら、懐かしいだろ!」


 先程までとは打って変わり、明るい表情を浮かべて拓馬が言う。傘を持ってない方の手で手招きをして、由美子を誘っている。


「……お前もずるいよ、拓馬」

「……そっちこそ。裏切り者の透クン」


 雨で俺たちの会話は聞こえないのか、何も知らない由美子が近づいてきた。――いや、何も知らないと言うよりは、俺たちが何も知らせていないのだろう。

 胸がチクリと痛む。罪悪感と後悔がごっちゃ混ぜになって、泣きそうだ。「ごめん、俺は帰る」とだけ言い、またしても二人の前から、俺は逃げ出す。


「大丈夫。ちゃんと仲直りは出来たよ」


 拓馬のいっそ清々しい嘘が、俺の小さい背中越しに聞こえた。

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