第三話

 

 午前の授業が終わり、昼休みになった。購買に行ってパンを調達してきた俺は、席に座ってそれを食べる。ふと隣を見ると、信介は空の様子を伺いながら弁当を開いていた。

 信介の視線の先にあるものは、今にも雨が降り出しそうな雲。


「雨、降りそうだな」


 話し掛ける必要は特に無かったが、気付いたら俺は声に出していた。信介は空を見上げながら、俺の呟きに応える。

「うん、そうだね。天気予報通りになりそうだよ」


「そう言えば、午後から雨が降り出すかもって言ってたな。傘持って来て正解だった」

「いやー、僕は傘を持って来なかったから困ったよ」

「天気予報見てたんじゃないのか……?」


 天気予報で雨が降ると分かっていた筈なのに、傘を持ってきてない信介は、平気そうに笑っていた。


「まぁ、大丈夫だよ。透君が僕に傘を貸してくれれば」

「残念だけど、今日は俺用事あるから無理だな。他に当たってくれ」

「マジかー、そんなに大事な用事なの?」

「勿論。割とガチで大事な用事だ」


 流石に今日は、幼馴染との一件があるため、信介に傘を貸すようなことは止めておく。信介には悪いが、他の人を頼って貰いたい。――と、俺が申し訳なさを感じていたら、


「ま、折り畳み傘持ってるから良いんだけどね」


 信介は今までの会話を無に返す言葉を放った。


「……おい、完全に無意味な会話だったじゃねえか」

「ごめんゴメン」


 ちょっとした悪戯を仕掛けた子供のような笑みを浮かべて、信介は謝罪する。呆れながらも俺は「ま、別にいいよ。それくらい」と溜息をして言った。


「大事な用事、上手くいくといいね」信介は俺の方を見ながら言う。

「あ、あぁ。そうだな。上手くいくと良いよな……」俺は、拓馬たちのことを考えながら返事をする。


 何かに満足したのか、信介は開いていた弁当を食べ始めた。俺も、そろそろ時間が迫ってきてる事に気付き、パンを手に掴んで噛み付く。


 それから少し経った後、外では雨がぽつぽつと降り始めていた。



 △▼△▼△▼△



 外では雨が降っている為、サッカー部の拓馬もテニス部の俺も部活は無い。バドミントン部の由美子だけ、室内での部活がある。


 傘を片手に土砂降りの中を歩く俺は、色々と考えを巡らせていた。傘を持っていない方の手でスマホを持ち、拓馬とのトーク画面を開く。

 こんな天気の中だから、待ち合わせる場所の変更があると思っていたが、そうでもなかった。きっと、昔よく遊んでいた公園を選ぶことに、それなりの意味があるのだ。


 俺はそう納得してから、遂に公園に着いた。


「まだ、着いてないのか……」


 公園には人気ひとけが無く、雨の音だけが辺りに響いている。ブランコや滑り台など、昔を思い出させる遊具が目に入り、俺は過去を懐かしんだ。よく、三人で遊んでた。


 まだ拓馬は来ないので、軽く公園内を散策しようかと思った俺だったが、後ろから声が掛かる。


「あ、透!待たせてすまん!今そっちに行く!!」

「拓馬……」


 遅れてやって来た拓馬が、急いで駆け寄ってきた。この雨の中を走ったのか、制服のズボンの裾はかなり湿っている。雨が傘に当たる音の所為せいで、拓馬の声は少し聞こえにくい。


「また会えて嬉しいよ、とおる。正直言うと、昨日は物凄く焦った。もっとちゃんと言葉にしてくれないと、オレたちも解らない。 だから、もう一度。透の口から教えて欲しいんだ」

「俺は……」


 緩んだ表情から一転し、拓馬の顔つきは真剣なものに変わった。正面から俺を見据える拓馬は押し黙り、応えを待ち続ける。

 俺はそんな拓馬を見て、思わず言葉に詰まった。


 ――いっそ全て話すべきなのか?「俺も由美子が好きだった」と、本心を伝えた方が良いのか?

 未練たらたらの俺を晒して、拓馬からの言葉を求める事が、果たして正解と言えるのか判らない。嘘をつき続け、この場を乗り切った方が良いと本気で思えてきた。


 悩む、苦悩する、葛藤で胸がいっぱいだ。

 絞り出した俺の応えは、ひどく退屈なものだった。


「……面白くなくなったんだよ、拓馬と由美子と過ごす時間が」

「どういう、ことなんだ……?」


 これも、紛う事なく俺の本心。中学、高校と上がっていくうちに、拡大していった思いだ。少なくとも嘘は言ってない。


「確かに昔は心地良い関係だったけど、最近は何というか……すれ違い始めてると思うんだ。精神的にも、進路的にも。 だから、俺は早くこの関係から自立したい。拓馬も俺と同じようなこと、考えたことは無いか?」

「…………」


 拓馬の目線が、僅かに逸れる。雨でずぶ濡れになった遊具を見つめながら、重々しく口を開いて――言った。


「――あぁ、あるよ。オレもずっと前から、同じことを考えてた」

拓馬たくま……?」


 初めて聞いたかも知れない、拓馬の低い声。それが放たれた途端、この場が剣呑な雰囲気になったのを、肌で感じる。

 これまで思い付けなかった可能性が、俺の脳裏を過った。――しかし、そんな筈はない。拓馬のことはこれでも、信じていたのだ。


 拓馬は「あはは」と空笑いする。それを目の当たりにして、俺の心が警鐘を鳴らす。嫌な予感が的中してしまいそうで、気が気でない。


「透が思うよりオレは、もっと非道ひどい奴なんだぜ?」



 そんな言葉は、聞きたくなかった。

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