第二話

 

 俺が幼馴染の二人――進藤拓馬と桜木由美子に絶縁を告げてから、約十二時間後。珍しくいつもより早く起きた俺は、簡単な朝ご飯を作っていた。

 そして、作り上げたご飯――炒飯チャーハンと麦茶を食卓に持っていき、少し早めに食べ終える。

 俺が眺めるスマホのトーク画面には、『明日の放課後、昔よく遊んでた公園に来てくれ』という、昨日拓馬に送られたメッセージが映っていた。


「ご馳走様でした」


 トーク画面を閉じた俺は、食器をキッチンに運ぶ。皿洗いをして歯を磨き、リュックを背負った俺は、


「行ってきます」


 二人に会わない為に、大分早めに家を出た。滅多に有り得なかった、一人での登校。やはり胸のどこかで、違和感に近いものが渦巻いている。何故か、そう実感した。


 *


 いつもよりも早く高校に着くと、また新しい発見がある。誰一人として居ない教室を見て、俺はそう思った。

 いつも俺が見てる朝の教室は、もっと話し声が飛び交っていて、悪く言うと騒がしい。静かで誰いない教室で一人ぽつりと席に座っていると、物寂しさを感じてやまない。


「暇だし、英単語帳でも見てるか……」


 最前列に座る俺は、リュックから英単語帳を取り出して、勉強を始める。すると、その約数分後に、やっとクラスメイトがやって来た。

 そのクラスメイトは男子で、名前は織田おだ信介のぶすけと言う。


「おはよう」

 俺が信介に軽く挨拶をすると、

「おはよう。今日は早いんだね。それに勉強してるし。何?イメチェン的な?」

 一番に来てる俺に驚いてから、信介は好意的に歩み寄ってくる。信介は普段からよく読書をしていて、話す機会は少なかったのだが、席が隣になったことを切っ掛けに、仲良くなった。

 隣に座った信介は、いつものように本をリュックから取り出し、それを読みながら俺に話しかけてくる。


「――で、まだ答えは聞いてないけど、何が原因?もしかして、失恋とか……?」

「…………そんなもんかな」

「へー」

「いや、反応薄いな」


 無自覚か故意なのか知らないが、信介はデリケートそうな話題を持ち出す上に、正解を一発で当てて見せた。俺としては返答に数秒を要す程の話題だったのだが、思いの外信介の反応は薄い。


 無責任過ぎないか、という言葉をぐっと堪え、俺は信介に問いをぶつける。


「何で失恋って分かったんだ?」


 それを聞いた信介は、ページを捲ろうとしていた手の動きをピタリと止め、顔を見上げて言う。


「――僕もそれに近い経験があったからだよ」

「そう、なのか?」


 それは……予想してなかった返答だ。信介にそんな過去があっただなんて、考えた事もなかった。今の信介だけを見て、彼の人柄とか全てを評価してた。

 俺の中での信介は、恋愛に関心を示さない。


「もしかして、僕が失恋したって話、意外だった? まぁ、失恋したのも結構前の事で、それから僕も性格が変わったし、分からなくて当然だよ」


 蓬髪ほうはつを弄りながら、信介は笑い飛ばすような口調で語る。それはきっと、しがらみを一切取り払ったかのような顔だった。


「ま、あれだよ。時間が解決してくれる事もあるから、あまり気に留めなくても良いのかもね。少なくとも僕は、そうだったし」

「参考にさせて貰うよ……」


 信介は小さく「頑張れよ」と言ってから、読書を再開する。丁度そのタイミングで、クラスメイトたちが沢山やって来た。

 するとこの教室は、遂に騒々しくなり始める。俺がよく見ていた光景だった。

 女子同士では意気揚々と会話が行われていて、男子の中では慌てて課題を終わらせる人も居る。各々の朝を今日も過ごしていた。


 馴染みのクラスメイト達とは俺も挨拶を交わし、残りを勉強の時間に注ぐ。


 ……放課後、どうするかなぁ。

 ……どう表現すれば良いんだろうか? ――嗚呼、もう。集中出来ないな、これじゃあ。


 勉強に取り掛かろうとしても、脳裏を過るあの出来事。昨日の俺の言葉だけで、拓馬と由美子が納得してくれる筈がなかった。

 それに、この件が一旦収まるまでは、二人も碌に恋愛が出来ないだろう。ギクシャクするだけだ。


「……選択ミスったのかなぁ、俺……」



 ――勉強道具を仕舞いながら、俺がふと呟いた言葉を、織田信介は確かに聞いていた――。

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