【連載版】どうやら、幼馴染の二人が付き合うそうです。
朝凪 霙
第一話
焼き焦がれたような赤色が夕方の空を染め上げる。夕日に近づく程その色は濃くなっていき、それに照らされる細長い雲が独特な色を演出していた。
「綺麗だよなぁ……夕焼けって」
「ん?急にどうした?」
「いや、自分に酔ってただけー」
「あははっ、何だよそれ!」
独り言のように俺が声に出すと、隣を歩く幼馴染――
しかし、対する俺は拓馬に比べると今ひとつだ。特別容姿が醜い訳では無いが、何と言うか……パッとしない。正直、拓馬との接点は少なそうである。
それでも俺たちがこうして話をする関係でいるのは、幼稚園の頃からの幼馴染だったからに違いない。進学校を謳う高校に通う俺たちは、下校の時間を共にしていた。
ふと隣を見ると、人当たりが良くコミュ強な拓馬は、暫く「あはは」と笑ってから、
「……そう言えばオレ、
――と、やけに真剣な様相で話を切り出した。
しかし当然俺には、拓馬の言う「話」というものが何なのか解らない。
「どうしたんだよ、急に。何かあった?」
「まぁ、そんな感じかな。報告に近いかも」
報告、か……。 拓馬の顔ぶりからして、真面目な話ではありそうだが、悲しい結果を報告する前の顔には見えない。きっと、拓馬にとって『良い報告』なのだと俺は即座に察した。そして、言う。
「どんな報告なのか知らんけど、早く言ってくれよ! 気恥ずかしがる必要はないからさっ!!」
「そ、そうだったな。じゃあ、言うかー……――」
拓馬は僅かに顔を綻ばせ、髪をわしゃわしゃ掻きながら、決意を固めて言う――。
「――実はオレ、少し前に
「…………マジ、か」
それを聞いた瞬間――耳鳴りが俺に襲いかかる。さっきまでは正常だった体調が、今では色んな汗をかいて止まない。
……嘘だろ。まさか、よりによって……。
背中にざあっと鳥肌が立っていくのが分かる。俺は、血の気が引いていくのを、確かに感じた。
……これは、酷いな。
――拓馬の報告は、「まさか」と思って俺が切り捨てていたものだった。
由美子――
密かに俺が想いを寄せていた幼馴染を、彼は一足先に勝ち取ったのだ。
△▼△▼△▼△
「……ごめん!ちょっと俺、用事あったの思い出してさ!先に帰ってもいい?」
「お、おい!言った瞬間にそれかよ!まぁ、良いけど。急いでるなら仕方ないしな」
「すまん!ありがとう! じゃあっ‼︎」
「じゃあな!」
別れの言葉を交わして、俺は立ち去る。今は兎に角、この場から離れたかった。
離れて、離れて、家に着いて、自分の部屋に閉じ篭りたい。俺の
脳裏に焼き付く〝あの言葉〟が離れてくれるように、全速力で俺は走る。泣き叫ぶなんて真似はしない。ただ奥歯を力強く噛み締め、声にならない声を上げていた。
「――っ‼︎」
何でこんな目に遭わないといけない?
その答えは出なかった。
*
何分経っただろうか、家に着いた俺は玄関を開けて中に入る。俺の両親は共働きで、もう暫くはこの家に俺一人だ。俯き気味な姿勢で歩き、洗面台に向かう。
「はは、
蛇口を捻り、冷水を顔にかけた俺は、鏡に映る自身の顔を見て呟いた。
泣いていなくても、悲しみに満ちた俺の顔。徹夜したばかりみたいな酷い顔が、俺を見つめ返している。
「明日も学校、って事は……今日中にこの気持ちを清算しないといけねぇのかよ。 そんなん、無理だろうが」
明日以降、どんな顔をして拓馬と由美子に会わないといけない? 今日はまだ逃げ出せたけど、きっと、お祝い的な事もしてやらないといけない筈だ。
「やっぱり、拓馬の方がカッコいいからなのかなぁ……て、それは違うか。そういう所だぞ、俺。 拓馬の方が格好良いからとか、そう言うのじゃない。そこまでちっぽけな自分には、なりたくない……」
……今考えるべき事は、『どうして』だとか、『やっぱり』だなんて言葉じゃない。考えるんだ、必死に。
俺は顔をタオルで拭いて、洗面台からも離れる。キッチンに行き、冷蔵庫から麦茶を取り出す。充分に冷やされた麦茶をコップに注ぎ、リビングで飲んだ。
「ふぅ……。部屋に行くか」
夏休みまで残り数週間、今日も相変わらず暑い。
二階にある自分の部屋に入り、エアコンをつけた俺は、ベッドで横になる。タオルケットに
……取り敢えず今日は、最低限の宿題と支度だけして眠ろう。
寝付けないと知っていても、それ以外の事をする意欲が萎えている。今日だけはずっと、真夜中のままで良いのにと、そう思いながら悶々と夜を過ごした。
△▼△▼△▼△
「行ってきます!」
朝、玄関から出ると、眩しい日光が目をチカチカさせる。天を仰ぎ見ると、夏の透徹した青空が広がっていた。
今日の朝も、俺と拓馬と由美子の三人で登校する。昨日までは、拓馬たちが付き合ってることも知らずに、普通に会話していたと考えると、我ながら滑稽に思えた。――が、今日はちゃんと対策を考えてきてる。
……結局、『幼馴染』って言う関係もここまでなのかな。親密な友情だけの関係に恋愛なんて私情が絡んだら、壊れてしまう。
……それだけは、嫌だったんだけどなぁ。――って、それは嘘か。
男二人、女一人の幼馴染関係。恋愛によってその関係が無くなると勘づいていても、拓馬のように俺も由美子を好きになってた。きっと、俺も同罪だったのだろう。
気持ちの総復習だけして、俺は拓馬の家に着いた。
家が近い俺たち三人は、いつも拓馬の家に集合してから登校している。平静な姿勢を保ちながら、既に集まってた拓馬と由美子の二人に俺は挨拶を交わす。
「おはよう! 待たせて済まんな!」
「いや、全然オーケー!オレたちも丁度だったから」
「おはよー、透」
高身長イケメンの短髪の青年――
悔しい気持ちもあるが、改めてそう感じたのだから仕方ない。
「じゃあ、行くか」
俺がそう言うと、「実は付き合ってましたー!」みたいな事を言わずに、いつも通りに二人も歩き出す。
何だ、このタイミングで言わないのか、と疑問に思いながらも、三人で雑談をしながらそのまま歩き続ける。
俺も敢えてまだ、二人が付き合ってる件に触れなかったが、偶に二人が目合わせをしていたような気がして、それが気がかりだった。
*
高校二年の俺たちは、理系と文系に分かれてクラス決めをされている。俺と由美子は理系で、拓馬だけ文系。
俺と拓馬と由美子もクラスは違っていて、所属している部活も違う。それでも朝と夕方の時間は、共に会って過ごすことが出来ていた。
……でも、それももうすぐ終わり。
……今日は三人で帰れるから、その時に言おう。
拓馬と由美子、そして俺。三人の関係を変える切っ掛けを、今日俺が行う。狡い俺は、登校中ではなく下校中を選んだ。
△▼△▼△▼△
授業も部活も全て終わり、今日も俺たちは下校の時間を共に過ごす。それが今日までの事になるかどうかは、まだ判らない。
「ごめん、お待たせ〜」
いつもより少し早めに部活が終わった俺は、校門近くで待っていて、そこに由美子が来た。俺は、全然いいよと言いながら、思考を働かせる。
……拓馬が来る前に、軽く話しておくか。
「なぁ、由美子。最近はどう?」
「ん? そうだね。とっても楽しいよ!」
「そうかそうか、良かった」
「何それ〜」
あはは、と笑って由美子は言う。まぁ、あれだ。楽しいようで良かった。『最近は』と俺が聞いたのに対し、楽しいと答えるのなら、本当に楽しいのだろう。
最近という言葉を聞いた時きっと由美子は、拓馬と恋人になった事を思い出して、答えた筈だ。
「ごめん、遅くなった……!」
「お、拓馬も来たか」
俺が何とも言えない気持ちになってると、拓馬が少し遅れて合流する。自然と俺たちは、話をしながら歩き始めた。
*
「そう言えば、もうすぐ夏休みだよなー。透と由美子は何か予定決まってる?」
「うーん、まだ決まってないかなぁ」
「俺も、特に」
後数分で家に着く辺り――昨日俺が逃げ出した所にまで、俺たちはやって来ていた。カラスの鳴く声が、何処からか聞こえる。
……そろそろ、かな。
「そうか、みんな決まってないのか。だったら――「あー、ごめん。実は夏休みというか、今後の事について俺から話があってさ。 聞いて、くれないか?」
「透……?」
拓馬の話に割り込み、少し強引に話を変えた。いつもとは様相が違うことに拓馬も気づいたのか、疑問を浮かべるような口調で俺の名前を呼ぶ。
由美子は、少し分からないといった感じだった。それもそうかも知れない。
俺が不意に立ち止まると、それに合わせて二人も止まる。すーっと息を吸ってから、俺は沈黙を破った。
「昨日、拓馬から聞いたよ。二人、付き合ってるんだろ。 だから先ず、言わせてくれ――」俺は二人に向けて、頭を下げて言う。「――おめでとう」
「え?」
「あ、ありがとう」
二人とも唐突な〝お祝い〟に驚くが、特に由美子の方が驚いてる。昨日拓馬が俺に言ったということを、まだ知らされていなかったようだ。
しかし、まだ終わりじゃない。
「そして、二人にはもう一つ、一生に一度のお願いがある。 ――金輪際、俺と関わらないでくれないか?」
「……は?」
「え? 何言ってるの、透!?」
俺が『それ』を言うと、二人は信じられないものを聞いたような目を、同時に向けてきた。だが、俺は止まらない。
「実は俺、医学部の国公立大学に進学して、医者になりたいんだ!二人にはずっと言って無かったけど、これが俺の夢なんだよ」
俺は一呼吸して。
「だから、俺たちのこの、『幼馴染』って関係は続けられない。医学部に行くのも楽じゃなくて、もっと勉強が必要なんだ」
「で、でも。勉強したいってのと、オレたちと……縁を切るって言うのは、全然違うことだろ……!どうしたんだよ、透!!」
「いや、違わないんだよ、これが」
「な、何で……」
昨日、拓馬と由美子が付き合ってると言うことを聞いて、一晩が過ぎたけど、やっぱり俺は由美子が好きだった。そんな一晩で忘れられる想いじゃなかったんだ。
――だから、俺の言ってることは矛盾しない。
言葉を失い、呆然とする由美子を一目見る。
その愛らしい容姿が、人を想える優しさが、由美子にはある事を、俺はずっと前から知ってた。心底羨ましいさ、拓馬が。
「ね、ねぇ透。 何で……、何でそんなこと言っちゃうの……? そんな、この関係がこれっきりで終わるなんて、直ぐに受け入れられないよ」
「透、何でそんな結論になるのか、やっぱりオレは分からない。だからせめて、一度ちゃんと話し合ってくれないか?」
――結局、歳を重ねる程に俺たちの間でも「秘密」が出来てきて、こうして変わっていくんだ。 最初は
俺が医学部を志望していた話も、二人には照れ臭くて言えてなかった。昨日やっと、決心がついたくらいだ。
「じゃあ――」
俺が口を開くと、二人は縋るように俺を見る。二人の期待に応えられなくて、本当に申し訳ない。
「じゃあ俺は、もう帰るよ」
「待っ……!!」
「――さようなら!」
昨日にもしたように、俺は走り出した。本当にこのやり方で良かったのか、頭に浮かび上がる疑問を、
「透――――!!」
後ろから、拓馬の俺を引き止める声が聞こえる。
……煩い。煩い!恋人が隣にいるなら、もう俺は要らない筈だろ!
勘違いも甚だしいところだが、失望感とか純粋な悲しみで一杯一杯な俺は、それでも自分が正しいと信じ込んだ。
慌てて玄関を開け、家に入った直後に鍵を閉める。後から着いた拓馬が呼び鈴を鳴らすが、それに構わず二階に上がった。
自分の部屋に入り、勉強道具を机の上に広げて勉強を始める。失恋による悲しみや怒りの矛先を勉強に向けて、自分を保とうとした。
医学部を目指す宣言をしたのも、その為である。
ピロン、とスマホから着信音が鳴った。確かめてみると、拓馬からメッセージが一通送られていた。
――『明日の放課後、昔よく遊んでた公園に来てくれ』
「……だよな」
メッセージを読んだ俺は、スマホの電源を切ってベッドに置く。
今日の夜は、久々に激しい雨が降った。
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