第2-6話 王子サイド・嫉妬の炎に燃える
「今日は何とめでたい日だ……ザイド王国と我がレンド王国の友誼は、今回の婚姻により、より強固なものとなりましょう!」
「激しくなる一方の”大戦”……後背地として両国の重要性は高まる一方ですからな……ここで両国が手を取り、発言力を増しておけば……”戦後”を見据えても……おお、いささか時期尚早でしたかな?」
「いやいや、流石はザイド王……慧眼をお持ちですな!」
ボブ王子とベティ嬢の婚約発表が盛大に行われた夜、レンド王国の王城にしつらえられた祝賀会場では、両国の貴族たちが集い、華やかなパーティを開催していた。
金銀ミスリル……高価な糸で編まれた豪華な刺繍が彩る、白を基調とした丈の長いコート……レンド王国王子として正装に身を固めたボブ王子は、次々に話しかけてくる貴族をはじめとした有力者にうわべだけの受け答えをしながら、内心ひたすら焦りを覚えていた。
(くそっ……マズいマズいマズい!)
(なんでこんなトントン拍子に婚姻の話が進むんだ……しかもただの有力貴族との婚姻だったはずが、ザイド王まで出張ってくるなんて!)
最高級の赤ワイン、ノースレンド50年物が注がれたワイングラスを持ちながら、ちらりと背後をうかがうボブ王子。
先ほどからザイド王国の王と愉快そうに言葉を交わしているのは、ボブの父親であるレンド王……なにやら、話はボブの婚姻をきっかけとした両国の提携にまで及んでいるようで……。
(なにが”大戦”だ”戦後”だ……俺はそんな煩わしい老人どもの暇つぶしに付き合うつもりなどなかった……地位を利用した酒池肉林だけが俺の望みだったのに!)
将来の王位継承者、その立場を忘れ、ひたすらゲスな事を考えるボブ王子。
父上の話では……”大戦”の状況が変わり、より重要性を増した西部諸国……その中でレイトン皇国に対する発言力を確立させるために、隣国であるザイド王国との連携を考えていた。
全人類が戦時体制でまとまっている現状を考えると、”戦後”を見据え、表立ってこのような動きを進めるのは謀られたが、レンド王国の王子と、王家に連なるザイド王国筆頭貴族の婚姻というきっかけさえあれば、堂々と進められる。
全くお前は、素晴らしい決断をしてくれたものだ!
興奮してボブの背中を何度もたたく父上の姿が思い出される。
(そのせいで俺はこんなハズレ物件を掴まされようとしているのだ……)
ボブ王子の視線の先には、豪華な額縁に入れられ、パーティ会場の壁に掲げられている一通の書状がある。
両国の国璽が押され、王のサインまで入った最高の格式を整えた書類……あれほどの書類を作られてしまっては、もはや婚約破棄など敵わない……絶望的な面持ちで書類を見上げるボブ王子。
「あらぁ~、王子はここにいらっしゃったのねぇ~」
「……ひっ」
その時、美しいが毒蛇のようにねっとりとした声が聞こえ……いささかたくましい女性の腕が、背後からボブ王子の胸に回される。
ボブ王子の”婚約者”であるベティだ。
獲物を追い詰めるような怪しい手の動きに、思わず鳥肌を立ててしまうボブ王子。
「そろそろ宴もたけなわ……”ふたりで”皆様にご挨拶をして、お部屋に行きませんことぉ?」
にたぁり、たっぷりとアイシャドウを散らせた双眸が蠱惑的にゆがむ。
むにゅり、これ見よがしに背中に当てられる胸のふくらみと……飛び出た腹。
「おお、そうだなベティ嬢……若い二人にはこの後がありますからな!」
「ボブよ……明後日には東部戦線で大戦果を挙げたアシュリー皇太子が帰還なされる……なんとかというユニットの中心は、我がレンド王国の貴族だぞ」
「お前は名代としてしっかりとお迎えするように!」
「ふふ……今日はまっこと良き日よ! ザイド王国との連携強化だけではなく……我が国の民がアシュリー皇太子のお気に入りになるとはな!」
アルコールで真っ赤になった禿げ頭を光らせながら上機嫌にボブの肩を叩くレンド王。
(その”我が国の民”は、俺が婚約破棄して父上が承認のサインをした……ミアという女なんだぁぁ!)
「……さあ、ボブ王子、参りましょう……」
(うおおおおおおおっ!? 助けてくれえええええっ!)
ぱくっ!
ボブ王子は、猛禽類に食べられるひよこの気持ちが分かったと、のちに語ったという……。
*** ***
「このたびの大活躍……友邦として、大変お喜び申し上げます」
「ありがとうございますボブ王子……”パナケアウィングス”の活動拠点を置かせていただいているレンド王国のご協力があればこそです」
わあああああああっ!
まばゆい日差しの中、蒼を基調とした”パナケアウィングス”の舞台衣装に身を固めたアシュリー皇太子が、レンド王国のボブ王子とがっちりと握手を交わす。
その様子に、王城前の広場に集まった観衆から、大きな歓声が上がる。
オルグレン共和国の防衛戦闘で絶大な戦果を挙げた戦術吟遊治癒ユニット、パナケアウィングス。
本拠地を置いているレンド王国王都への凱旋に、数万を超える人々が集まっていた。
色とりどりの紙吹雪が舞うなか、観衆に手を振りつつ、ボブ王子は内心歯がみをしていた。
(くそっ! なぜ婚約破棄してやった女が、アシュリー皇太子とよろしくやっているんだ!)
(俺があのまま婚約破棄をせずに、この女の才能を見出していたら……スポットライトを浴びていたのは俺だったかもしれないのに……!)
未練がましい思いを抱え、横目でちらりとミアの様子を探ると……彼女はうっとりとした顔で皇太子を見上げ、何事かささやいている。
その頭を優しく撫でる皇太子……恥ずかしそうに俯くミアの表情は、恋する乙女のそれだ。
彼女の視線は一度たりともこちらに向くことは無く……”元”婚約者がここにいることなど、気づいていないかのようだ。
わあああああああっ!
その微笑ましい様子に、さらなる大歓声が上がる。
(これでは俺はただの添え物ではないか……くそっ! くそおおおおおおっ!!)
にこやかな表情を顔面に張り付けつつ、内心嫉妬の炎に巻かれながら絶叫するボブ王子なのだった。
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