第2-5話 ミアちゃん初出撃(後編)

 

 ウオオオオオンンッ!


 急遽再編されたオルグレン共和国における防衛ライン。

 僅か3体だけとはいえ、SSランクのモンスターの襲撃を受け、兵士たちは絶望的な戦いを繰り広げていた。


 ドガッ!


「……ぐはっ……がっっ」


 スキルが発動する隙を狙われた槍使いの兵士が、丸太のような尻尾の一撃であっけなく吹き飛ばされる。


「くそっ! コリンの槍術でも奴にキズをつけるだけで精一杯なのか」


 吹き飛ばされ、血反吐を吐く槍使いコリンを回収しながら、絶望の声を上げる兵士たち。

 なんとかコリンは命を繋いだようだ……早く回復してやらないと。


 アシュリー皇太子が回してくれた質の良い防具と、新型の防御魔法のおかげでなんとか踏みとどまれているが……オルグレン共和国に駐留する連合軍の最精鋭である我らが挑んでもこのざまである。


 一般兵士などはニーズヘッグ級に戦いを挑んでも無駄死にするだけなので、街の守りを固めさせているが、ここが抜かれてしまえばただ虐殺されるだけだろう。


 炎上する街、ニーズヘッグが吐きだす漆黒の炎に焼かれてい人々の姿を想像し、背筋を震わせる兵士。


 シュババババッ


 塹壕に身をひそめた弓兵が、牽制の矢を放ち、奴の注意を引いた隙に回収班の兵士たちはコリンを野戦病院代わりの天幕まで後送することに成功する。


「うあっ……酷いな……回復術師が足りていないのか」


 粗末な天幕の中は、負傷した兵士たちが漏らすうめき声と、むわっとした血の匂いで満ちていた。


「畜生……オレの、オレの右手が……」


「……あ……父さん、母さん……」


 肘より先の右手を嚙み切られた剣士が包帯を真っ赤に染めて呪詛の声を上げている。

 隣の簡易ベッドでは、ニーズヘッグ級のブレスをまともに受けたのだろう、全身の半分近くを炭化させ、ほとんど聞き取れない声を漏らす魔法使いの少年。


 オルグレン共和国駐留軍の精鋭、Bクラス以上のスキル持ちだけを集めた部隊がわずか数時間でこのざまである。


 コリンを運んできた兵士も、悪路を自在に移動できる”縮地”のスキル持ちなので負傷者の回収に当たっていたが……状況は絶望的だと言えた。


 数人の回復術師が必死の形相で負傷者の治療に当たっているが、前線からは次々と新たな負傷者が運び込まれており、全く手が足りていない。


 正直なところ、今すぐにでも逃げ出したかったが、自分たちの背後には故郷であるオルグレンの街がある。

 両親や、子供たちのためにも逃げるわけにはいかない……沈みがちになる気持ちを奮い立たせた兵士は、天幕から出ようとするのだが。



 バサッ……ズウウウウウンンッ!



「くっ……なんだっ!?」


 突然、轟音と共に天幕が大きく揺れる。

 あわてて天幕から飛び出す兵士……そこにいたのは。



 ガアアアアアアアアッ!!



「なっ……もう突破されたのかっ!?」


 真っ赤な口を開けた、暗黒竜ニーズヘッグの一体だった。

 弓兵の塹壕を潰し、大きくジャンプして来たと思われる……負傷者が増え、前線が手薄になった所を突破されたのだろう。


 呆然と立ち尽くす兵士には、ニーズヘッグと正面切って戦う力はない。

 大きく開かれた口から、漆黒の炎が噴き出し……まずい、ブレスを吐こうとしている。


 自身の身体が炎に巻かれ、負傷者を収容した天幕ごと焼き尽くされる地獄のような光景が脳裏に浮かんだ……。


 その時……遠くの空から戦場には似つかわしくない歌声が聞こえた気がした。



 ***  ***


「天に……大地に……息づく……espoir」


 アシュリーさんが紡ぐ”アンセム”の穏やかなメロディと共に、わたしは歌詞を唇に乗せます。

 すると、どういう仕組みなのか、わたしの白魔力が聖衣に反応し、どんどんと増幅されて行くのを感じます。


 膨れ上がった白魔力は、両袖と背中から伸びる羽根に宿った赤魔力と混ざり合い、大空にキラキラとした軌跡を描きます。


 と、わたしの視界の端に巨大な暗黒竜……ニースヘッグが大きくジャンプする姿が映ります。

 ソイツは前線で戦うオルグレン共和国の人たちを飛び越えると、後方に設置された大きな天幕の近くに着地しました。


 いけません!

 恐らくあの天幕は、ケガ人さんを収容している野戦病院でしょう。


 後方には戦える人も少ないはず……あのままではみんなやられてしまいます!

 東部戦線でわたしが治癒ボランティアに従事していた時のことが脳裏によみがえります。


 戦場にほど近い街にあった野戦病院……前線からすり抜けたモンスター襲われ、沢山のケガ人が出ました。

 賢明な治療の甲斐もなく……魔力切れで助けられなかった小さな女の子がいました。

 徐々に熱を失ってゆく小さな手を握りながら、わたしは何もできませんでした。


 わたしの力が及ばなければ、今回もそうなってしまうかもしれません。

 いまさらながら、責任の重さに思わず身体が硬直します。


 そのとき、頭の中のどこかから、優しい”声”が聞こえました。

 わたしは大きく息を吐くと、その”声”に従い、身体じゅうに満ちる白魔力をかき集めると……魔法を唱えるのではなく、大きな”盾”をイメージし、上空から天幕に向けて急降下します。


 大丈夫、行けます。


 わたしは初歩的な防御魔法も使えるのですが、魔法をつかうのではなく、”声”に”こうする”のがベストだと”教えられた”のです。


「……立ちはだかりなさい、鋼の豪盾……」


 ”アンセム”はBメロからサビに向かいます……わたしはメロディに合わせ、守護の言葉を紡ぎ出し……次の瞬間、青白く光り輝く巨大な盾が、わたしのイメージ通りにニーズヘッグと天幕の間に出現します。


 バシュウウウウウウッ!


 間一髪、ニーズヘッグが放った炎のブレスは、光の盾に阻まれ霧散します。


「んなっ!? ニーズヘッグ級のブレスをあっさり吹き吹き散らしただとっ!?」

「こんな鉄壁の防御魔法なんて見たことないぞ……一体どこから!」


 突如出現した巨大な光の盾に、天幕の外に飛び出してきていた兵士さんが驚きの声を上げています。


 大丈夫ですっ!

 わたしの本領はまだここから……わたしの得意な……癒しの術ですっ!


 ”アンセム”の旋律が、サビに入るとともに、わたしは回復魔法のイメージを脳裏に展開します。

 広く……優しく……負傷者さんがいる天幕を包み込むように!


「……女神の御子ら……御身をこの唄で……癒しましょう……amour!」


 歌詞に合わせ、目を見開きます……わたしの全身から放たれた、白魔力の回復エネルギー。

 それはキラキラと雪のように舞い……兵士さんと天幕を覆っていきます。


「おお、これは……傷がどんどんふさがっていく!」

「あの少女は……女神の生まれ変わりか?」


「オレの腕が! 再生していく!」

「凄いぞ! こんな回復魔法見た事ねぇ!!」


「……うぁ……僕の目が、見える?」

「魔力が……回復していく……これは、奇跡ですか……」


 わたしのイメージ通り、天幕の中で寝ていた負傷者さんの傷がどんどん治っていきます。

 口々に嬉しそうな声を上げて、わたしを見上げてくれる兵士さんたち。


 ……えへへ、女神さまの生まれ変わりとか……分不相応な称号ですが、皆さんの笑顔を見れて、わたし嬉しいですっ!


「行くぞみんな! オレたちには女神の加護がある! ニーズヘッグをぶっ潰せ!」


「「おおっ!!」」


 すっかり傷がふさがり、体力全開の兵士さんたち。

 これでもう大丈夫……わたしは仕上げとばかりに戦場の上空で大きく両手を広げると、旋律に乗って伝わってくるアシュリーさんとレナードさんの魔力も借りて……”アンセム”の盛り上がりが最高潮に達した瞬間に、全ての力を解き放ちます。


 ぱあああああっ!


 視界に見える戦場を、白魔力の光が覆いました。


 その日、オルグレン共和国の防衛部隊は戦場吟遊治癒ユニット”パナケアウィングス”の活躍もあり、

 ニーズヘッグ級3体を基幹とした侵攻部隊を少ない損害で退けるという大戦果を挙げた……!



 ……はうぅ、やっぱり”女神さまの生まれ変わり”とか、畏れ多くて恥ずかしいですぅ。

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