第3-1話 反響が凄いので、わたし修行します

 

「あっ! ミアおねぇちゃんだ~!」

「あくしゅしてください!」


 ふんふんと鼻歌を歌いながら王都の通りを歩いていると、幼い姉妹がわたしを見つけて走り寄ってきます。


 オルグレン共和国防衛戦でのデビュー戦を終え、王都に戻ってきたわたしたち。

 いきなり開催された歓迎式典に引っ張り出され、大勢の人の前でスピーチをすることになってしまいました。


「は、はじめまして! ”パナケアウィングス”でメインボーカルを務めさせていただいてます、ミア・カンタスでしゅっ! はぅぅ」


 ううう、自己紹介で盛大に噛んでしまったこと、今思い出しても恥ずかしい……あうあうと悶絶するわたしを、アシュリーさんが優しく撫でてくれたのはとっても嬉しかったのですけど。


 わたしのやらかしは、王都の皆さんには好意的に映ったのでしょう。

 新聞、雑誌などで特集が組まれた”パナケアウィングス”の人気と知名度はどんどん上昇……こうやって街を歩いていると、話しかけられることも増えました。


「ミア、新しい取り組みには広報も重要だから……協力よろしくね」


 アシュリーさんからそう言われたわたしは、このような事態に備え、常に羽ペンと色紙を持ち歩くようになったのです。


 なれないサインを四苦八苦しながら描き、姉妹に渡してあげると、歓声を上げながら飛び跳ねるふたり。

 ふふっ、こんなに喜んでくれるなら、いつでも書いてあげたいなぁ……。


「おっ! レンドの誇り、ミアちゃんじゃないか!」

「ウチの焼きたてパン、持っていってくんな!」


「きゃあああ! ミアさんだ!」

「あのっ、舞台衣装姿、とっても素敵でした!」


 わたしのサインを持って走り回る姉妹の様子に、周りの人も気づいたのか、一瞬で人だかりが出来てしまいます。

 ふわぁ……こんなにたくさんの人たちを笑顔にできるなんて……!


 わたしは持っていた全部の色紙にサインをした後、おじさんがくれた焼き立てパンの詰め合わせをパクつきながら、家路につくのでした。


 ……そうやって買い食いばかりをしていると、出るところが出てくるものでして……。


「うわああああああっっ!? やっちまったべぇ!」


 とある昼下がり、自室で鏡に映る自分の姿を見たわたしは、絶望の声を上げます。

 ……思わず素が出てしまいましたが、現在アシュリーさんもレナードさんもお出かけ中なのでたぶん問題ありません。


 鏡に映る下着姿のわたし……魅惑のささやか曲線を描く胸元はいつも通りなので問題ないのですが、ほんのりヤバいのはお腹周りで……。


 ぷにゅり……


 はい、人差し指と親指で、おにくがつまめてしまうのです!


『気のゆるみと慢心は腹に出る! 分かってんのか娘よ!』


「ぐはああっ!?」


 脳内に現れたお母さまにぶっ飛ばされ、ベッドに沈むわたし。

 ぱたりと倒れてきたうさちゃんの瞳は、「デブったなテメー」と語っているようです。


 いけませんいけませんいけません!

 カンタス家の娘ともあろうものが、買い食いでブーデーになるなど、ご先祖様に申し訳が立ちません。

 かくなる上は……修行ですっ!


 一時の衝撃から立ち直ったわたしは、ぐっとこぶしを握り……気合を込めて天井を見上げるのでした。



 ***  ***


「……急にカンタスが修行をしたいと言い出したそうだな?」

「で、なんでお前まで来ているんだ?」


 ここは王都郊外にある採石場跡……正面には玄武岩を切り出していた名残なのか、高さ100メートルはあると思われる切り立った断崖がそびえ立っている。

 初めての戦いで未熟さを痛感し……自分を鍛えなおしたい (特にウエスト回り)と申し出たミア。

 彼女の決意に感動したアシュリーは、見学したいとミアについて来ていたのだ。


「ケガをしないか心配だし……あれだけの活躍をしたのにまだ自分を鍛え上げる……そのストイックさを僕も見習おうと思ってね!」


「……ふふ、お前もすっかりあの娘がお気に入りだな」


「まあね……表情豊かで元気いっぱいに走り回るミアはとってもかわいいよ!」


 カンタスよ……アシュリーの奴はまだお前を可愛いマスコットだと思っているぞ……精進するがよい。

 どこまでも鈍感な幼馴染を一瞥すると、そっと眼鏡を直し、ミアの恋路を応援するレナード。

 彼の視線の先には、”修行”に励むミアの姿があった。



 ***  ***


「てやあああああああっ!」

「右っ! 左っ! どんな激しい攻撃もかわして見せますっ!」


 ガンッ!

 ガンッ!

 ドガバキイッ!


 次々に断崖から落ちてくる岩を、両手に展開した防御魔法で弾き、かわせない岩は闘気を込めた蹴りで破壊します。


「まだまだっ、次ッ!」


 断崖の中腹には大きな岩がいくつもセットされ、落下しないよう張られたロープが、魔法をかけたナイフによりランダムに切断されます。

 そのため、どこから岩が落ちてくるか分からず……一瞬たりとも気が抜けません!


「くっ、この間合い……蹴り技では間に合いません……かくなるうえはっ!」

「はああああああっ!」


 右側から落ちてきた岩を蹴り飛ばした瞬間に、正面から迫る大岩……体勢を崩していたわたしは、とっさに手甲を装着した両こぶしに闘気と防御魔法を集中させます。


「わたしの白魔力は……岩をも砕くっ!」


 お母さま直伝!

 白色破砕拳っ!


 ドガアアアアンンッ!!


 本来なら攻撃に使用できない白魔力……か弱い回復術師が強敵に対抗するため、我がお母さまが編み出した最強拳技ですっ!

 純粋な白魔力を闘気と反応させることで、インパクトの一瞬に爆発的な破壊力を生み出すことに成功したのです!


 最後の岩を粉々に砕き、わたしは誇り高く拳を天に突き上げます!


「凄い! 凄いよミア!」

「キミこそまさに戦場の女神だ!」


 はあっ、はあっ……修行の一セット目を終え、乱れた息を整えるわたしのもとに、アシュリーさんの歓声が届きます。


 ふわっ!? アシュリーさんの声援があれば、わたしいくらでも頑張れますっ!

 この調子でいけば、にっくきお腹のおにくちゃんも退治できるでしょう!


「はいっ! アシュリーさん、まだまだお母さまには及びませんが、わたし、もっと頑張りますっ!」

「よし、二セット目行きます!」


「頑張れ~、ミアっ!」


「……正気か?」


 レイトン皇国最精鋭、近衛部隊の選抜試験でも到底及ばないハードなトレーニングを見て、無邪気に応援するアシュリーと冷や汗を垂らすレナード。


「カンタスの故郷とやら、一度調べてみる必要がありそうだな……」


 何か微妙にレナードさんが引いているような気がしますが、いちど火が付いた私の闘志はだれにも止められませんっ!


 ”修行”は辺りが暗くなるまで続き……無事お腹に寄生した余分カロリーの固まりは消え去ったのでした。

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