第2-2話 ドキドキ夕食タイムに迫る影
「ははは、大活躍だったね」
「ダンスレッスンを見た時にも思ったけど……ミアの身体能力は抜群だね」
「はううううぅ……褒めて頂けるのはうれしいですけど……ああ、やっちまったべ」
「それにしてもカンタス、あれほどの体術をどこで身に着けたんだ?」
「えっと……あはは、お母さまから貴族の嗜みですよと少しだけレクチャーを」
「あれで、”少し”?」
たんたんたん
リズミカルにトマトをスライスしながら恥ずかしさに身体をくねらせるわたし。
昼下がりの王都大通りで繰り広げられた大捕り物。
マーケットのおばちゃんからお礼の野菜詰め合わせを貰い、王都警察さんから感謝状まで貰ってプチ目立ちしちゃったわたしですが、大男をぶちのめす一部始終をアシュリーさんたちにバッチリ目撃されていました。
あうう……戦闘があると思わなくて、スパッツ履いてなかったし……なにより下着がクマさんパンツだったのは、一応の貴族としていかがな物でしょうか……!
昨日お天気が良くなくて下着を切らしており……近所だからいいよねと油断したのが災いしました。(実はお気に入り)
のぉう、おこちゃまパンツをアシュリーさんたちに見られたかと思うと、思わずお国訛りも出るってもんです。(心配するのはそこじゃない)
あうあうと混乱するミアちゃんブレインをよそに、両手は的確にカプレーゼを作っていきます。
水を切ったモッツァレラチーズを適当なサイズにカットし、バジルを散らしてボウルでトマトと軽くあえます。
次はアンチョビ、オリーブオイル、ニンニク塩コショウをベースにドレッシング作りです。
ダダダダッ!
ぴりりと辛い隠し味の唐辛子を、両手に持ったカットナイフで粉砕していきます。
……おっと、少しだけハバネロの分量が多かったかもしれません……でも疲れた身体にガツンと効きますので、大丈夫ですっ!
頭がホットになっていたせいか、思わず自分基準でスパイスを入れてしまいましたが、その時のわたしは気付くことは無く……。
「はいっ! ミアちゃん特製スタミナセットです!」
ニンニクとバターをたっぷりと使い、弱火でじっくりと焼き上げたレッドサーモンのムニエルと一緒に、食卓の上に並べます。
「うんしょ、うんしょ……」
ぽん!
ワインオープナーを使い、慎重に抜栓したワインは、ノースレンドの赤、15年物……正直お酒の事は良く分かりませんが、お父さまが気になる男性に振舞うならこれが一番って言ってました!
「これだけの食事を作ってくれるなんて……忙しいだろうにありがとうね、ミア」
「片付けは僕らに任せてね」
グラスにワインを注ぐと、にっこりと笑ってわたしを気遣うセリフを掛けてくれるアシュリーさん。
アシュリーさんたちの方が、世界中を飛び回って疲れているだろうに、その優しい微笑みに思わずボトルを持つ手に力が入っちゃいます。
大国の皇太子様なのに、下級貴族のわたしにも優しく接してくださるアシュリーさん……最初は”さま”付けて呼ぼうと思ったのですが、「パナケアウィングスのメンバーは対等の仲間で家族……家族が他人行儀なのはイヤだろう?」ということで、”さん”づけで呼ぶことになったのでした。
って、家族だなんて……皇王となられたアシュリーさん……静かにお傍に控えるわたし、腕の中にはふたりの愛の結晶が……はうううううぅぅぅっ!?
我ながらどこまでもぶっ飛ぶ恥ずかしい妄想に、さらに力を入れた右手のワインボトルから、みしりと抗議の音がします。
……はっ、いけませんいけません。
妄想はここまでにして、そろそろ冷静になりましょう。
お母さまと千本組手をするときの心得……明鏡止水を思い出して心を落ち着けます。
「それじゃあ、ミアも座って……”パナケアウィングス”の本格始動を祝して……乾杯っ!」
「……乾杯」
「かんぱ~いっ!」
ちんっ
アップルサイダーの入ったグラスが、アシュリーさんたちのワイングラスと触れあい涼やかな音を立てます。
楽しい夕食の始まりです。
*** ***
「えへ、アシュリーさん、こちらがわたしの故郷の味、カプレーゼですっ!」
ボウルに盛られたカプレーゼを、アシュリーさんとレナードさんに取り分けます。
アシュリーさんの分には少しモッツァレラチーズを多めに……ほのかな乙女心です。
「どれどれ……へぇ! しっかりスパイスが効いて……チーズの甘味と合わさって、美味しいよミア!」
ドレッシングをたっぷりと掛けたトマトとチーズをフォークに差し、口に運んだ瞬間、ぱあっと表情を輝かせるアシュリーさん。
「いいな……ワインとの相性もばっちりだ」
レナードさんもくいっと眼鏡を直すと、頷きながらワイングラスを傾けます。
「本当にミアは料理上手だね……絶対いいお嫁さんになるよ!」
「へうっ!?」
わたしの手を取り、無自覚な笑顔とともに放たれた攻撃力抜群のセリフに、すぽぽんとわたしの顔が真っ赤になります。
「……コイツのセリフは大体無自覚だからな、すまんが慣れてくれ、カンタス」
「はいいぃ……」
「??」
「はうぅ、アシュリーさん、おかわりどうぞ……」
レナードさんのフォローに、ギリギリで理性が踏みとどまったわたし、アシュリーさんのお皿にカプレーゼのおかわりを載せ、ドレッシングをひとかけ……無意識のうちに自分用のドレッシング入れからかけちゃいました。
「……む」
ぷかぷかと浮かぶ唐辛子のかけらに気づいたのでしょう。
レナードさんが声を上げますが、アシュリーさんは気付かずたっぷりのドレッシングと共にカプレーゼを口へと運び……。
「!?!?!?」
ミアちゃん特製ハバネロ激辛ドレッシングに悶絶するのでした。
「ああっ、アシュリーさんっ! すみません、間違えてわたし用のドレッシングをかけてしまって……少しピリ辛でしたっ!」
「……少し?」
冷静なレナードさんの声が、わたしにツッコミを入れた瞬間、廊下からバタバタとした足音が聞こえ、30分前に退勤したはずの受付のお姉さんがあわてて居間に飛び込んできます。
「お食事中すみませんアシュリー様!」
「東部戦線に……SSランクモンスターが出現したとの緊急連絡が……このままではっ!!」
思わず息を飲むわたし……しばらく先だと思っていた”パナケアウィングス”の初出撃……でも、激しくなる一方の”大戦”は、私たちを待っていてはくれないようです。
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