第2-1話 新しい生活、開始ですっ
「おめでとうミア! 故郷の誇りだねっ!」
「ミアさん……地に足を付けて、一歩ずつですよ」
「アンタの目標目指して、頑張んなさい! ……もう少し鍛えた方がいいと思うから、たまには帰ってくる事! いつでもシゴいてあげる」
*** ***
”戦場吟遊治癒ユニット:パナケアウィングス”と小さな看板が掲げられた石造りの建物。
パナケアウィングスの本拠地となったこの建物の2階に、わたしも引っ越してきました。
これからスタッフさんも増えるので、隣に立つ3階建てのビルも買い取っちゃうみたいです。
”パナケアウィングス”の結成が各国の新聞で大々的に発表されて2週間……レンド王国をはじめ、各国への折衝や、機材物資の搬入……アシュリーさんの古くからの友人であるレナードさんが中心となって、準備が進められてきました。
アシュリーさんはレイトン皇国本国への報告や、マスコミ対応などで世界中を飛び回っておられて……ようやく今日こちらに戻ってこられるので、本日から本格始動!
という事みたいです。
……わたしですか?
はい、えーと……数字苦手のミアちゃんには、事務や広報などでは特に貢献できることもありませんので、基本的な体力・歌唱トレーニングを受付のお姉さんとこなしながら、お引越しや地獄の耐久王都スイーツバイキング巡りなどをしていましたっ!
だれですか? スイーツ食べまくりニートとか言う人は?
ニート呼ばわりはバッテンです!
……こほんっ。
本日午後にアシュリーさんが戻ってこられるので、本日午前は休養にあて、故郷から届いた手紙を読んでいたところです。
幼馴染のジーナちゃんや、レニ先生……なにより尊敬する回復術師であるお母さまの言葉が書かれた便箋を読むと、とっても気合が入ります。
確かに、わたしの回復魔法はまだまだ中級クラス……戦場吟遊治癒ユニットと言うからには、治癒が主なお仕事でしょう。
お母さまにシバき倒され……もとい厳しい修行をつけてもらう事も必要でしょうか。
アシュリーさんが戻ってこられたら、この辺りの活動方針も決まることになっているので、相談してみましょう。
わたしはうんうんと頷くと、ようやく整理が終わった自分の部屋を見渡します。
大きな窓からは王都の通りが一望でき……窓際にはお店で見つけたお気に入りのサボテンちゃんが鎮座します。
壁にはカワイイ子犬のポスターと、
何を隠そう、わたしの安眠をサポートしてくれる相棒ですので、お妃さまになるなら卒業すべきかと悩んでいたのですが、”パナケアウィングス”ならオッケーでしょうっ!
女子力全開?の自室に満足すると、わたしは街に出るために買い物かごを持って立ち上がります。
実はミアちゃん、料理も得意という完璧女子ちっくな女の子ですので、公務を終えて戻ってくるアシュリーさんとレナードさんに手料理を振舞う予定なのです。
これでわたしの好感度もアップ……くくくっ、少々不気味な笑い声を上げつつ、わたしは王都に繰り出しました。
*** ***
「おばちゃ~ん、野菜、いいの入ってる?」
2週間ほどの王都生活で、すっかり顔なじみになったマーケットのおばちゃん。
おばちゃんのお店では、王都近郊の村で採れた新鮮お野菜をその日のうちに並べてくれるので、お肉もお魚もお野菜も大好きミアちゃんは重宝しているのです。
「もちろんだよ! 今日の目玉はセプティ村の朝採れトマト!」
おばちゃんはガハハ、と豪快な笑い声を上げると、みずみずしい野菜の山の一角を指さします。
そこには真っ赤に熟した大きなトマトが、朝露を日差しにきらめかせています。
むむぅ……表面のつやといい、ぎゅっと締まったムチムチの感触といい……はなまるですっ!
こんないいトマトが手に入ったなら……メインディッシュは、カプレーゼですねっ!
「じゃあこれを……20個!」
「あといつもの赤唐辛子と青唐辛子、ついでにハバネロもそれぞれ一束おねがい!」
故郷の名物カプレーゼ。
疲れているであろうアシュリーさんたちにぴったりなメニューを思いついたわたしは、3人分だよね……と計算しながら、控えめな量を注文します。
「……皇太子さまにごちそうするんだろ? 辛味はほどほどにね?」
「は~いっ」
優しいおばちゃんの忠告にニコニコと返事を返しながら、ずっしりと重いトマトを受け取ります。
「じゃ、また来るね~」
わたしは代金を支払うと、絶品モッツァレラチーズを売っている出店へ向かうのでした。
*** ***
「んふふ~、キングシープのお乳を使ったフレッシュチーズまで手に入るなんて……ぱくっ……むふ、濃厚~♪」
目当てのモッツァレラチーズを手に入れた後、おやつ代わりのチーズを頬張りながら、家路を急ぎます。
おすすめワインも見繕ってもらったし……さすがにずっしりと重い買い物かごを両手に抱えながら上機嫌なわたし。
思わず鼻歌も出ちゃうってもんです。
と、マーケットの方から騒がしい声が聞こえます。
「どろぼ~っ!」
あっ、大きなおばちゃんの声の後に、なにかが崩れる音……ガラの悪い一人の男がこちらに向かって逃げてきます。
どうやら強盗が出たみたいですね。
”大戦”が続いて困窮する人がいるのは理解しています……でも、レイトン皇国をはじめとして、被災者に対する支援は手厚くなされています。
”東部戦線”で見た光景が頭をよぎります……なにより、かよわい人たちをターゲットにした犯罪は許せませんっ!
わたしは目を細め、慎重に強盗の様子を観察します。
身長は2メートル近く……上半身はなかなか鍛えているようですが、足元が甘い……使い手としては3流がいいところでしょう。
周囲に仲間の影は無し……単独犯確定です。
愛用の得物は持ってきていませんが……あの程度なら問題ありません。
よしっ!
わたしは大きく息を吸い、呼吸を整えます……凄腕の格闘家でもあるお母さまの教えの通り、身体じゅうに闘気をみなぎらせます。
「とうっ!」
わたしは全身のバネを柔軟に使い、両手に抱えていた買い物かごを空高く放り投げます。
「ふっ……!」
男までの距離は約15メートル……わたしは闘気を両脚にこめ、一気に地面を蹴ります。
ダンッ……タッ!
「なあっ!? なんだこの女!?」
狼狽した声を上げる男……彼から見ると、わたしが目の前に瞬間移動してきたように見えたでしょう。
「邪魔すんなクソガキ、怪我してぇのか!!」
ぶおん!
罵声と共に振り下ろされた丸太のような両腕の一撃を、軽く胸を逸らせてかわします……ふむ、攻撃モーションが大きすぎですね。
もうすぐ駆けつけて来るであろう、警察さんに任せましょう。
その前に軽く掌底で脳を揺らせて……わたしは腰を落とし、ぐっと手のひらに力を込めますが……。
「ちっ!! なんだこの女! 胸が無いせいでオレの拳が当たらなかったじゃねーか!」
ぴきっ!!
哀れな男が放ったあんまりな罵声が、わたしを硬直させます。
……前言撤回……悪即滅!
特大バッテンですっ!
ぐいっ……
わたしはさらに腰を落とすと、地面に右手を付き、全身のバネを使って男のアゴめがけて右足を思いっきり蹴り上げます。
ローファーの靴底は的確に目標を捉え……。
ドカバキイッ!!
「ぐべええっ!?」
情けない悲鳴を上げる強盗……わたしは吹っ飛ぶ男の肩、脳天を踏みつけて3段ジャンプをすると、落下してきた買い物カゴをソフトキャッチ。
しゅたっ、と地面に降り立ちます……ここまでわずか10秒。
安心してください……手加減しましたが、しばらくご飯を噛んで食べられないことくらいは我慢してくださいね♪
にっこりと笑うわたし……おっといけません。
おもわず”ブラックミアちゃん”が出ちゃいました。
ふぅ、と息を吐き……くるりと優雅に一回転したわたしが見たモノは。
「えっと……ミア、大丈夫かい?」
「……凄いな、皇国の特殊部隊並だ」
たった今街へと戻って来たアシュリーさんとレナードさんでした。
「え、えへっ? こ、こわかったですっ!」
たらりと汗をかきながら放ったかわいいポーズは、どうやら少し遅かったようです。
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