第1-4話 王子サイド・逃した魚は?
「ふふん、この娘はイイじゃないか……やはり女は胸だな」
妃候補となる女性たちのプロフィールが書かれた羊皮紙を順番に眺めながら、世界のひんにゅ……控えめ女子たちに撲殺されそうなことをのたまう男。
サラサラの金髪に切れ長の瞳……黙っていれば男前だが、卑しくゆがむ口角が、彼の性格を表わしているようだ。
男の名はボブ・レンド。
このレンド王国の第一王子である。
口うるさいお付きの爺やがぎっくり腰で引退したのを機に、今まで抑えつけていた欲望を全開放しているなかなかにアレな男である。
ボブはパチンと指を鳴らすと、侍従に砂糖とミルクたっぷりのあまあまコーヒーとケーキを持ってこさせ、妃候補の吟味を再開する。
雑に食べ散らかされたケーキのカスが、高級絨毯を汚す様に、思わず眉をひそめる侍従の女性。
「ん~、なんだぁ?」
その視線に気づいたのかそうでないのか、不愉快そうに眉を跳ね上げたボブの様子に、慌てて逃げ出す侍従の女性。
「ふん……低身分の女が……グダグダ言わずに俺に奉仕してればいいんだよ」
下賤な女に興味なはい……そう言いたげにボブは鼻を鳴らすと、書類に目を落とす。
「しっかしあのクソ爺や……よりによってこの俺に田舎貴族の貧乳女を推挙しやがって……父上が外聞を気にして賛成するものだから、危うく娶らされる所だったぜ……」
書類の右上に○×を付けながら、不機嫌そうに吐き捨てるボブ。
そうなのだ……半年ほど前、口うるさく”王族の義務です!”と言ってくる爺やに根負けし、いやいや視察に赴いた”東部戦線”……正直全く興味はなく、一刻も早く帰りたかったのだが……。
立ち寄った野戦病院で治癒ボランティアをしていたミア・カンタスとか言う女……コイツがレンド王国の田舎貴族であることが分かると、爺やが急にとんでもないことを言いだした。
「ミア・カンタス殿、素晴らしいですじゃ!」
「あえて厳しい環境に身を置き……他国の民も分け隔てなく助けるノブレス・オブリージュの精神……それにたぐいまれな才能を持たれている様子」
「貴女こそ……我がボブ・レンド王子のお妃にふさわしいっ!」
「……えぇ……」
女の手を取って興奮する爺やと、ジジイのいう事を真に受けて感激の表情を浮かべるミアとか言う女。
貴族とはいえ片田舎の下級貴族……顔はまあ悪くないが、あまりに平坦な胸元。
これっぽっちも興味が湧かなかったのだが……運悪くお付きの連中が報道陣を帯同させていたため、露骨に嫌だとは言えず、鉄壁の精神力でうわべだけの適当な対応をした。
それなのに、マスコミ連中のせいであれよあれよという間に話が広まり……奴らが”戦場に咲く可憐な少女と高潔な王子の素敵な恋?”などと書きたてやがるものだから……断るに断れなくなってしまった。
ひと月ほど前、爺やが引退したのを機に子飼いの大臣連中に工作を指示し、ミアとか言う女の家柄……特に先祖の経歴に不審な点があるという事で、何とか婚約破棄を成立させたのだ。
全く危なかった……王家の外聞とか、俺には知った事じゃないっつーの。
「おっ! この女……家柄も顔も胸も完璧じゃね?」
妃候補の情報が書かれた羊皮紙の山の中から、とびきり好みの女を見つけたボブは、陽気だがいやらしい笑い声をあげたのだった。
「王国の法律じゃあ、重婚は禁止されていないし……王ともなれば妾がいるのも普通だろ」
ボブ王子は、妃を第3候補まで選ぶと、子飼いの大臣を呼びつけるのだった。
まさかその大臣が、ミアに婚約破棄の理由を正直に伝えているとは思わなかったのだが。
*** ***
「おーっほっほっほっ! さすが俊英で鳴らすボブ王子……アタクシを選んでくださるとは、お目が高いですわね」
ここは王城の大広間……ボブの指示てきらびやかに飾り付けられ、赤青ピンク、季節の花々で広間中が鮮やかに彩られている。
それなりのセンスを発揮し、メインお妃を迎える準備を万全に整えたボブなのであったが……。
大広間の扉を押し開け、颯爽と入室してきた一人の女。
大量の金銀宝石を原色バリバリの趣味の悪いカバンに詰め込み、濃い化粧を施した大貴族の娘であるベティ・ボーンは確かにボブ好みの爆乳であった。
……但し、腹回りも爆裂していたが。
「……いや、なんかキミ、魔導写真と違わない……?」
呆然と呟くボブ王子。
少し……多少……いやかなり幅広な彼女のボディラインを見て、手に持った羊皮紙に印刷されている魔導写真と思わず何度も見比べる。
最近は魔導写真の修正技術も上がっていると聞いたことはあるが、これは流石に……。
「貴国と長年の友好国であるザイド王国が筆頭貴族……不肖ベティ・ボーン、ボブ王子……貴殿との婚約、確かに承りましたわ!」
にやり……もう逃がしませんよとでも言いたげなベティの笑みに、ボブの背筋に寒気が走る。
隣国大貴族との婚姻……いくらパネルマジック (魔導写真を偽るための魔法)を使われたとはいえ……ボブ王子に断る選択肢は用意されていないのであった。
*** ***
「くそっ……このままでは……なにか適度なスキャンダルはないのか」
ベティとの顔合わせを終え、少々疲れた顔で王城内の自室に戻ったボブ。
ベティの家柄は文句なく、父親である国王の反応も上々だ。
このままでは話がどんどん進んでしまう……ボブの悩みは尽きなかった。
「ん……今日のレンドタイムスか」
ふと、机の上に置かれた日刊紙が目に入る。
王国唯一の日刊紙で、ボブも出資している新聞だ。
なんとかベティのスキャンダルを探してきてくれないものか……思わず往生際の悪いことを考える。
「んなっ!? 馬鹿な……」
レンドタイムスを手に取った瞬間、でかでかと印刷された一面の文字が目に入る。
”アシュリー皇太子、戦場吟遊治癒ユニットの活動開始を発表! メインボーカルはなんと我が国のミア・カンタスさん!!”
膠着する”大戦”に対する打開策を研究するため、レイトン皇国のアシュリー皇太子が王都に滞在していることは知っていた。
皇太子が満を持して放つ”切り札”……一面には大々的に特集が組まれ、大陸各国から注目されていることが記されている。
そのメインボーカルに、俺が婚約破棄してやったあの田舎貴族の女が選ばれただと……もしかして俺は大きな魚を逃してしまったのか……。
ボブ王子はレンドタイムスを手に、呆然と立ち尽くすのだった。
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