第1-3話 聖少女、ミア

 

 王子様から婚約破棄されたわたし。

 半分勢いで受けた”戦場吟遊治癒アイドル”?のオーディション。

 そのオーディションの主催者は、世界最大国家の皇太子さまでした。


 ふわわわわわっ!?


 思わぬ事態に、頭の中が混乱します。


 繰り返しになりますが、レイトン皇国と言えば、大陸の中央部を占める世界最大の国。

 慈悲深くカリスマ性に優れた皇帝さんの元、ガイオス軍の侵攻に混乱する人間世界をまとめ上げ、戦況を五分に戻した立役者。


 それだけではなく、戦乱に苦しむ周囲の国に多大な援助をし、人々の心の支えになっています。


 そのレイトン皇国の皇太子さま……たぐいまれな魔力と、世界最高の知性を持ち……次々と新しい魔法を開発、ガイオス軍との戦争に多大な貢献をしている皇太子、という感じで地方貴族女子の間でも憧れの存在なのです。


 なぜか新聞雑誌にはお姿を載せられないので、肖像画くらいでしか見たことなかったのですが……。


 うわぁ……肖像画の何倍もカッコいい……”戦場吟遊治癒アイドル”?のメンバーになるだけとはいえ、皇太子さまと共に人生を歩めるとか……いや待てミアよ。


 厳しいトレーニングと闘いの日々……極限状態の中で互いに支え合うふたりの間には愛が芽生え……。



 ……イイ! いいですねこれっ!

 ミアちゃん的に極大はなまるですっ!!



 目の前に降って来た幸運に心の中でガッツポしていると、アシュリーさまが、傍らに置かれた宝箱から一着の衣装を取り出します。


「そしてこれが我がレイトン家に伝わる”聖衣”……伝承では、女神の力を引き出し、回復魔法の効果を何十倍にも増幅するという事なんだけど、残念ながらいまだ適合者が見つかっていないんだ」


「ミアなら、もしかして……」


 窓から入る朝の日差しに、きらりと光る純白。

 丈が少し短めの、フードのついた魔法使いのローブ。

 胸元の部分から背中にかけて、複雑な紋様を描く、朱色のラインが入っています。


 日光を受けて布地がキラキラと七色に光るのは、グランミスリルが織り込んであるからでしょう。

 グランミスリルは術者の魔力を増幅する伝説の希少金属……どれほどの技術がこの聖衣に注ぎ込まれているのか、想像もつきません。


 さらにこの聖衣を特徴づけているのは、両袖の背中の部分から長く伸びる”羽根”のような装飾。

 極めて薄い素材で作られているらしく、向こうの景色が透けて見えます。


「ふわぁ……」


 思わず声が漏れます……美しい、きれい、カワイイ……そんなありきたりの言葉ではなく、”神々しい”という表現がぴったりの衣装に、わたしの目は釘付けになってしまいます。


「とりあえず、身に着けてもらえないかな?」

「もしミアが適合者なら……」


 なにかを言いかけたアシュリーさまでしたが、その言葉を遮るように聖衣が突然輝き始めます。


 キイイイイインンッ


「くっ……アシュリー、これは何だ? 今までこんな反応は一度も……!」

「この輝きは……女神の?」


 溢れ出る光が視界を埋め尽くしていきます……その瞬間、わたしの頭の中にささやく”声”が聞こえました。


(Benis le fils guerisseur…… (癒しの御子に祝福を))


 言葉の意味は理解できませんでしたが、全身を包む優しい魔力……確かに”聖衣”はわたしにそう伝えたのです。


「……(来てっ!)」


 その優しい声に答えた瞬間、ひときわ大きな光が部屋中を照らします。



 カッ!!



「どうなった……無事か、カンタス?」


 わたしを気遣うレナードさんの声が聞こえます。


 大丈夫です……わたしはそう答え、両手を広げながら目を開けます。

 身体じゅうの白魔力が活性化し、全身から放出されていくのを感じます。


 ……あれっ? 気のせいでしょうか……レナードさんとアシュリーさまがに見えます。


「ミア…………凄い」


 呆然とした表情で、アシュリーさまがわたしを


「え……あっ! わたし、浮いてるっ!?」


 そこではじめて気づきました。


 わたし、飛んでいますっ!


 両袖と背中から伸びた羽根が青く輝き、わたしの身体を宙に浮かべています。

 なぜでしょうか、いまなら思い通りに空を舞えそうな気がします。


 わたしの記憶が確かなら、ここ数百年飛行魔法を使う術者は出てきていないはず……もちろんわたしも使えません。


 ”聖衣”を着るだけでこんなことが……それに、さっき聞こえた声はいったい?


 僅かに白く光る自分の手のひらを見てわたしが首をかしげていると、さらにレナードさんが驚きの声を上げます。


「アシュリー! 枯れかけた観葉植物が!」


「……なっ!!」


 レナードさんの方を見ると、部屋の隅に置かれていたソテツの鉢植えが、みるみる元気を取り戻していきます。

 茶色にくすんでいた葉は、鮮やかな緑に。

 しかも見る間に幹が伸びていきます。


「これは……A、いやSヒール級の回復力……しかも手を触れずに強力な癒しの効果を発揮するなんて……」


 広域回復効果を持つWヒールはわたしも使えますが、ここまで劇的な効果はありません。

 アシュリーさまの言っていた”適合者”という言葉……もしかして、わたしが?


 わたしがその意味を噛みしめるよりも早く、興奮した表情を浮かべたアシュリーさまがわたしに抱きついてきます。


 だきっ


「凄い、凄いよミア!」

「僕の夢見た戦場吟遊治癒ユニット……これで”大戦”に苦しむ人たちを救うことができるっ!」


 ふわわわわっ!?


 急に抱きしめられて混乱してしまいます。

 はうう、華奢に見えるアシュリーさまの、意外にしっかりとした胸板にドキドキしちゃいます。


「ミアが……僕たちが”戦場吟遊治癒ユニット兼アイドル:ぷりてぃチユチユ”だっ!」


「……へっ?」


 感極まった表情を浮かべるアシュリーさまの口から撃ち出された……あの、その、あまりに個性的なネーミングに、思わずミアちゃん真顔になったのですが。


「……アシュリー、お前のセンスは壊滅しているんだから、名前については口を出すな」


 ぺこん!


「のあっ!?」


 レナードさんが言いにくいことをズバリと指摘してくれたおかげで、恥ずかしいユニット名は却下されました。


「ぷっ……ふふふっ」


 おふたりのコミカルなやり取りに、思わず笑いが漏れます。


 こうしてわたしは、世界初の”戦場吟遊治癒ユニット”のメインボーカル?としての道を歩み始めたのでした。

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