シナリオ55


 アグリは神殿の回廊を『一般蘇生者・下界はこちらへ』と書かれている方向へテクテク歩いていた。


(なあ、ピコピコ、本当に大丈夫なのか?)


『あなたのヘンタイ行為は今更では? これまでも散々……』


(現状の話だ!)


『ああ、モザイク処理の話ですね……前代未聞のことなので私には分りかねます。最終的な判断は、裁判後にGM様にゆだねられるのが通例です』


(裁判なんてあるのかよ!)


『性犯罪ですから、裁判も刑事罰もあります。当然でしょう?』


 神殿の回廊は閑散としていた。だが、人っ子一人いないというわけでもない。

 そして、通行人とすれ違う度に、ものスゴイ表情で見られるのだ。


 それもそのはず、この神殿で目覚めた時、アグリはだった。


 様々なエロゲ経験のあるアグリも、これにはさすがにビックリ。(*経験とは山鳥タクミ由来のものです)

 しかし、驚いてばかりではなかった。

 なぜなら、アグリが目覚めた寝台の隣で、シクシク泣いているうら若いエルフ族の女性がいたのだ。

 それもなぜか


  ☂


 アグリの記憶はほんの少しさかのぼる……。


(これってどういう状況なの?)


 アグリはふんどし一丁で巨大な人型モンスターに襲われたことまでは、おぼろげながらに覚えていた。

 そして、死んだのだろう。こんな神々しい神殿に転送されたということは。

 しかし、このエルフ族の女性は何者なのか。パッと見、巫女みこのような服装をしているが……。


「こんな仕事……もう辞める……」


 ポツリとつぶやくうら若いエルフ族の女性。

 放置したまま立ち去るのも気が引けたため、アグリは声をかけた。


「それ、俺のふんどしですよね? 返してください……」


 小学生の白ブリーフじゃあるまいし、さすがにふんどしに自分の名前など記していない。

 しかし、そのふんどしが農夫限定装備で、農業ギルド組合員向け無料支給品で、さらにその隣にマッパの農夫がいたならば、どんな迷探偵でも一目瞭然。状況証拠としても十分かと思われる。


「それ、俺のふんどし……」


「何度も何度も言わなくても聞こえてます!」


 鬼の形相でアグリを睨みつけるうら若いエルフ族の女性。

 それどころか、巨大なウォーハンマーを取り出しアグリめがけて振り下ろす。


「あ、あぶねえ! 何てことするんだ! この女っ!」


 何とか回避できたが、寝台は完全に破壊されてしまった。


「うんち臭い人族の検屍けんしどこか、こんなヘンタイの尻ぬぐいまでさせられるなんて……ヘンタイなんて世界からいなくなればいいのよ…………死ね!」


「俺って死んだんだよね! ここってそういう人が集まる場所だよね!」


 アグリは片手ハンマーのエルフ族の女性に追いかけられ、訳も分からず『蘇生室H』から逃げ出したのだった。


  ☂


(一体、何だったんだ……あの危ない女……)


 しかし、現状はそれどころではなかった。誰がどう見てもアグリの方が危ない。


 アグリは依然としてマッパ。

 その上、アイテムストレージはロックされ、ふんどしまで剥ぎ取られてしまっては、もう身に着ける物が何もない。

 神殿へ転送された時、農民のデフォルト足具『足袋たび』だけは残されていたが、マッパに靴下レベルの恥辱だったため、脱ぎ捨てた。


 ただ、このゲーム世界には『モザイク処理』なる救済措置(?)があるらしく、マッパで外を出歩いても、他人の目にはモザイク掛かって見えるという。


「キャー!」

 と、また一人、女性の蘇生者がアグリを見て逃げ出した。


(なあ……本当にモザイク処理されているのか? 丸見えじゃないだろうな……)


『残念ながら私には分かりかねます。あくまで他人の視点、他のアバターに内蔵されたAIが独自の判断で行う処理ですから……直接、当人に聞いてみないと……』


「俺の股間はモザイク処理されてますか? って見ず知らずの通行人に尋ねるのか? どんな羞恥ちじょくプレイだよ!」


「キャー、露出狂よ! ここは天国なんかじゃない! 地獄だった! もうスリなんてしません! だから、普通に生き返らせてください!」

 と、またまた一人、人族のシーフ風の女性がアグリを見て逃げ出した。


(なあ……本当に、本気でモザイク処理されているのか? あの反応、丸見えとしか思えないぞ……)


『モザイク処理されていても嫌う人は嫌います。エロゲでも、モザイク処理されているから大丈夫、と考える一般人の方がむしろ稀では?』


「確かに……」


 アグリは前代未聞、エロゲ以外では未曽有みぞうの事態に戸惑いながらも、神殿の回廊を『一般蘇生者はこちら』と記された方へと進んだ。


「ここが……下界への転移ポッドか……さすがに人が多いな……」


 獣人の子供や魚人もマッパなのでそれほど恥ずかしくはなかったが、それでも人族の成人男性はアグリだけだった。大半の人族はおそろいの着衣――この神殿で支給されたとおぼしきローブのような着衣を装備していた。


「なんで俺には着衣サービスがないんだ?」


『これもデスペナルティの一種では? 死亡当時、所持金がまったくありませんでしたから……』


「確かに……7ガルズしか持っていない患者にそこまでサービスできないか……」


 普通ならば、深刻なイジメかセクハラとしか思えない事案でも、ゲーム世界の出来事ならば自然に受け入れてしまう。ゲーマーのさがと言うべきか。


 アグリは再びテクテク歩き、列の最後尾に並んだ。


「俺のアソコはモザイク処理されてますか?」


 かなり勇気のいる質問だった。

 しかし、アグリの列の一つ前にがいたのだ。

 シャケ顔の魚人もマッパだった。


「ブクブク……」と何やら呟いた後、魚人はアグリを一目見てサムアップ。


(人語が通じない?)


 ただ、この魚人からは、これまでの通行人のような忌避や嘲笑の意志は見られない。表情の変化が分かり辛いシャケ顔の魚人だからかもしれないが。


 すると、アグリの背後に別の同志が並んだ。ナマズ顔の魚人だった。


「あんたらもマッパなんだな? 蘇生費用が足りなかったのか?」


「バカ言うなギョ! オラはヤリキレナイ川のぬしギョ!」

(*ヤリキレナイ川は北海道夕張地方に実在する川です。石狩川の支流で一級河川にも指定されています。ヤリキレナイ川に在来種のナマズは生息していないと思われますが、この小説はフィクションです)


「そうか……すまない、外見で魚(人)を判断した……」と素直に頭を下げた。


「分かればいいギョ! でも、魚屋の魚は外見で判断した方が賢明ギョ! 眼が活き活きした魚は鮮度が良くて美味しいギョ!」


「死んでいるのに活き活きって、なんか矛盾してね?」


 アグリとナマズ顔の魚人は、挨拶代わりにこぶし(と胸鰭むなびれ)を突き合わせる。

 なんでもこのナマズ顔の魚人、親族が経営するお魚屋さんへ行った帰りにヒグマに襲われ死んだそうだ。


「オラの縄張りまで荒らしやがって! クマは紅シャケ食えギョ!」

「おいおい、声が大きいって! (俺の前にシャケ魚人がいるんだぞ!)」


「アイツは大丈夫ギョ。一昔前はキングサーモンだってブイブイ言わせていたが、玉座を失ってからはめっきり落ちぶれたギョ。今ではうつ魚人ギョ」


「キングサーモンって、元王様かよ!」


 他にも色々とツッコミ所が多かったが、死人が肩を並べて死んだ愚痴を言い合うのもイヤだったので、「アンタらも苦労してんだな……」と一言で終わらせる。

 なにより、当面の懸念けねんはモザイク処理とアグリの装備だ。


「アンタは服を着ないのか? スクミズとか?」


 亜人、たとえば獣人にマッパがいないわけではないが、大人になると何らかの装備をするのが普通だ。それがファッションなのか、羞恥なのか、防御力を考慮してかまでは定かではないが。

 魚人もすべてマッパというわけでなく、イワシ、タカサゴ(グルクン)、ツノダシなど群れで生活する魚は、おそろいのスクミズ(スクール水着)を着用すると、以前、聞いたことがあった。(*スクール=群れ。英語)

 ミナミハコフグの幼魚は愛らしい水玉のスクミズで有名だし、熱帯魚グッピーなどは水着とは思えないほど豪奢ごうしゃの限りを尽くしている。


「ナマズ族の魚人は服も水着も着ないギョ! 泳ぎにくくなるギョ!」


「確かに……」


 いくら泳ぎが達者でも、衣服が原因でおぼれることは多々ある。ファッションや羞恥より命の方が大切だ。戦闘面においても、防御力より回避率を重視していると考えることも出来るか。

 水着も魚人の体型に依存するそうだ。

 ナマズ族はお肌がぬるぬるの上、尻すぼみの体型が多いため、全力で泳ぐと脱げてしまうという。ウナギ族も同じ理由から生涯マッパですごすそうだ。


「せっかくのRPGなのに、装備カスタマイズが出来なくて面白味も半減ギョ」


「他種族から見ると便利そうに思えても、種族なりの悩みってあるんだな……」


「でも、マッパの解放感は病みつきになるギョ!」


「確かに…………悪くないな……」


 再びアグリと魚人は拳(胸鰭)を突き合わせた。


  ☼


 転送ポッドの行列は次々に消化され、アグリの順番が近づいて来た。


「なあ、転送場所ってどこになるんだ? 指定できるのか?」


 ソロで装備も心もとないアグリが、あのクエスト現場――廃棄農村に戻っても、何もできないどころか、死亡ループは確定的だ。下手をすれば、永遠に脱出できない可能性まである。

 その度にマッパでこの広大な神殿を歩かされるとか、やりきれない。


「通常は最終ログイン近辺ギョ。オラはヤリキレナイ川の漁業ギルドと思うギョ」


 漁業ギルドがこのナマズ顔の魚人の職場だそうだ。


「そっか……」と安堵した。

 アグリならば、あの持ち家か。


「次の方~!」


「お前とは仲良くできそうな気がするギョ。ヤリキレナイ川を訪れた時は必ず漁業ギルドを尋ねるがいいギョ」


「色々と親切にありがとよ。じゃあ、またな」


 再び拳を突き合わせ、転送ポッドへと上がった。


「また、一から出直しか……」


 そんな嘆息と共に、アグリの体はキラキラエフェクトに包まれた。


  ☁


 アグリが視覚を取り戻すと、覚えのある場所――ロットネスト王国の『中央広場』だった。

 アグリの周囲には、ヒマワリの大輪が燦々さんさんと咲き誇っていた。


(ええっ、マジ……!)


 ナマズ顔の魚人は、「転送は多少の誤差があるギョ」と言っていたが、これほどとは聞いていない。

 通行人、観光者、日光浴中の獣人、広場でお弁当を楽しんでいた家族連れまでもがアグリを凝視する。

 アグリはマッパ。当然であろう。


「マッパだ!」「ストリートキングだ!」「ヘンタイ露出狂が出現したぞ!」

「ママ~あのおっきいお兄ちゃんもにっこうよく?」「見ちゃダメ!」


 ただならぬ喧噪に気付いたのか、王宮の警備兵までもが駆けつけた。


「違うから! これはデスペナで……ストリートキングじゃ……しっかりモザイク処理されているよね!」


 そんなアグリの言い訳など耳もかさない警備兵。

「あの露出狂を確保しろ!」とアグリを追いかけて来た。


「ちょっと待って! 話を聞いて! ピコピコ、助けて!」


 しかし、ピコピコからの返答はない。それどころか、赤色のテロップがアグリの視界を埋め尽くし始める。


『ビービービー、警告、警告、アバターに異常行動が見られました。警告、アバターは、至急、着衣を装備してください。警告……』


「おい、ピコピコ! 何の冗談だ。俺にはモザイク処理があるって……おまえ、ピコピコじゃないな!」


『ザー…………ザー』


「砂嵐? 端末の故障? 断線?」


 アグリの視界は真っ赤に染まり、ついに何も見えなくなった。


  ☂


???:あなたはリアルクエストが定める十八禁コードに違反しました。今後、このアカウントの使用できません。


【GAME OVER】 アバター機能停止ルートC

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