シナリオ53


「農民とゴブリン、どちらが世界の最底辺か拳で勝負だ!」


「そんなクソみたいな勝負したくないゴブ! でも、ヤーサイに口で負けて最底辺って言われるのはもっと嫌ゴブ!」


 アグリと番兵ゴブリン、互いに拳を振り上げポカポカと殴り合う。

 先ほどのシルヴィの戦闘シーンと見比べれば、まるで小学生のケンカ。

 迫力も無ければ、緊張感もない。

 だが、当人たちはいたって真面目。


(やばっ、ゴブリンパンチ、結構痛い!)


(このヤーサイ、普通のヤーサイとは動きが違うゴブ!)


 あっという間に、二人のHPは緑色から黄色へ。


「バタン、キュ~」と悲鳴を上げて、突如、ゴブリンはぶっ倒れた。

 そして、ピクリとも動かない。


「なんとか勝てたか……もうHPが30%切ってるし……農夫、弱っ!」


 そんな独り言をブツブツと呟きながら、アイテムストレージから『おにぎり』一つを取り出し食べ始める。

 その直後……、


「まだ、終わってないゴブ!」


 なんと番兵ゴブリン、生きていたのだ。

 まんまと騙されたアグリは、『おにぎり』を食べ損ねたばかりか、強烈なタックルを貰い、地面にひっくり返る。

 あっという間にHPはレッドゾーンへ。


「ひ、卑怯だぞ!」


「卑怯じゃないゴブ! ゴブリンスキルゴブ! しっかりHPを確認しないのが悪いゴブ!」


「生産職の農夫に見分けがつくわけないだろ!」


 再びアグリは番兵ゴブリンへと襲い掛かった。今度は地面に落ちていた小石を拾って。


「そっちこそ、卑怯ゴブ! 拳で戦うって約束したゴブ!」


「アレは、羽トカゲやイヌを使わないって意味だ! 先にセコイ戦闘スキルを使った奴が勝手に曲解するな!」


 一時は、ピンチだったアグリだが、スキルありなら負ける要素はない。

 『おにぎり』で小回復を繰り返し、コツコツと番兵ゴブリンのHPを削り続ける。

 そして、最後に、投石が番兵ゴブリンの眉間にクリーンヒットし、今度こそゴブリンに打ち勝った。


「バタン、キュ~、負けたゴブ……」


 どうやら今度こそ『死んだふり』ではない様子。ここまで漢気溢れたゴブリンならば、嘘などつくまい。

 ならば、アグリも漢気には漢気で応えねばなるまい。


「互いに最底辺の意地をかけて戦った……だから悔やむことなく逝け……お前から預かったエロ本は、この戦争が終わったら必ず遺族の元へと届けることを誓おう。お前の雄姿と共に……」

 

「や、止めるゴブ……」


「家族に忘れられるよりマシだろ?」


 プレイヤーは死んでも記憶が残されるが、NPCは記憶を抹消されて別のNPCへ生まれ変わるという。


「ヤーサイに負けた挙句に……母ちゃんに幻滅される……ゴブ……」


 番兵ゴブリンはそんなセリフを残し、静かにポロゴンの破片となって消えて行った。


  ☼


 最後の戦闘にも勝ち残ったアグリ、いよいよフィナーレへ。

【シナリオ57へ】

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