シナリオ51
エリートプレイヤーと上位モンスターの壮絶なバトルが始まった。
先制攻撃はシルヴィ。
『スロウ』の効果を引きずっていても、スピードは完全に上回っていた。
しかし、シャチョーの
さらに金の斧。シルヴィに当たるどころか
ただの成金趣味ではなく、風の魔法特性まで有しているようだ。
それでもシルヴィは止まらない。
装備をレイピアからハルバードに切り替え、力強い刺突攻撃。
リーチと重量のある装備ならば、風攻撃の間隙をついて確実にダメージを与えられる。実に冷静な判断だった。
「こいつは手が出せない……」
シャチョーのサポートにセンムが加わったものの、シルヴィの攻勢は勢いを増すばかり。
不相応な豪華装備で致命傷こそ免れているが、シャチョーもセンムもジリジリと削られ続け、遂に黄色へ。残りHPが50%を割った。
「グ、グォ~~~~!」
二度目の咆哮を上げるシャチョー。今度はちょっと苦しそう。
それと同時にセンムが走り出す。村の南ゲート目掛けて。
さらに、取り巻きのゴブリン兵までもが社畜状態から回復。センムの後を追った。
「ど、どういうこと?」
呆気にとられたシルヴィと顔を見合わせる。
その直後……。
「「ああっ!」」
エルフ娘だった。
人形ジジイの館に避難させたはずのエルフ娘が、まるで夢遊病者のようにフラフラと村の南へと向かっていたのだ。
人形ジジイの館に一人でいることに耐え兼ね、逃げ出したのだろうか。
あの館にもラミア様やボンテージオークなど、ちょっと過激なフィギュアが多かったことが原因だろうか。
「あのエルフ……誰? なんであんな場所に?」
面識のないシルヴィならば、仕方がない。
かといって、これまでの経緯を説明している余裕などない。
「シルヴィさん、あの子も人質の一人です!」
「ええっ、ギルドからは四人って聞いているけど!」
「どうやら別ルートの人質のようです!」
返答こそ戸惑いが多く見られたが、行動は早かった。
重量のあるハルバードから騎士剣へと持ち替え、エルフ娘へ迫るセンムの後を追った。
そして、あっという間に取り巻きのゴブリン兵を倒し、センムとエルフ娘の間に割って入った。
「シルヴィさん、そのエルフっ娘と逃げて!」
いくら戦闘力がずば抜けたシルヴィでも、人質を護りながら戦うのは無理がある。
むしろ、シルヴィの戦闘力が高すぎる故に、エルフ娘が標的になっていた。
「でも、君はどうするの! このままだと殺されちゃうよ!」
「人質に取られれば、いずれにせよクエも俺たちも命運尽きる! それに俺には仲間がいる!」
羽トカゲとイヌに視線を送った。
アグリと同時に二匹もバッドステータスから解放されていた。
「俺たちは、こんなブラック組織では終わらない!」
ブラックな労働経験を持つ者以外は意味不明と思える宣言だった。
しかし、それと同時にシルヴィは走り出す。
きっと空気を読んだ、もしくは雰囲気に流されただけだろう。
「なんでオーガの名前がセンムに変わっているの~!」
そんな叫び声がシルヴィのキャラクターを証明していた。
「シルヴィの中の人って、やっぱり……?」
そんな困惑も入り混じった中、アグリと二匹は再びシャチョーと
☼
シャチョーの猛攻は続いていた。
ジョームとホンブチョーは
実質、三対一。それにも関わらず、アグリたちは劣勢だった。
シャチョーの『金の斧』による攻撃などかすりもしない。
戦闘スキルなどなくても、シルヴィとの戦闘を観察し、見切っていた。
しかし、追加効果――西遊記に登場する
ステータスの低いアグリは当然のこと、空を飛ぶ羽トカゲ、火炎放射が持ち味のイヌもシャチョーにダメージを与えられない。
下手に攻撃をすると、ファイヤーボールや火炎放射が強風で跳ね返ってくる。
だた、アグリには余裕があった。
(コイツ、案外、見掛け倒しだな……)と。
これまで
シャチョーのモンスターレベルも寄生か養殖、もしくは装備に依存しきった戦闘で得たものに違いない。
少なくとも、ソロでの戦闘にかなり不慣れのようだった。
ゴブリン兵が動けないことも、状況を有利にしていた。
レベル一のアグリでもバッドステータスから脱しているのに、支配下にあるゴブリン兵が未だ一歩も動けないのはあからさまに不自然だ。
(作戦? シャチョーに花を持たせている?)とも考えたが、違う気がした。
しばしばブラック企業で見られる社畜現象だ。
完全なトップダウン型の会社組織を作っておいて、業績が落ちると社員に自主性やチームワークを押し付けて来るのだ。
「みんなでこの難局を乗り切ろう!」「エンジニアだってセールスが必要だ」「会社に依存するな!」「会社が苦しいんだから減給も致し方ないだろ?」と。
それで上手く行けば、シャチョーの組織改革の功績、失敗すれば社員の失態となり責任を取らされる(クビになる)ことが分かり切っているため、社畜たちは
もしくは、単にやる気の低下。
つまり、ゴブリン兵は『
シャチョーもしきりに指示を飛ばしているものの、センムのような統率力はない。
対して、アグリには余裕があった。シャチョー攻略を図るだけの時間が。
思い出したのだ。
前回のクエストで出現したニュースキルの存在を。
「羽トカゲ、イヌ、俺について来い!」
アグリはシャチョーに背を向け走り出す。
「グォー、逃げるな、ヤーサイ!」
「逃げた」と言われれば、確かにそうだ。
しかし、戦術的撤退。完全攻略である。
側近と人質を失い怒り心頭のシャチョー。やはり追いかけて来た。
しかし、足腰が弱っている上に、
取り巻きのゴブリン兵もシャチョーにビビって追い越せない。シャチョーの前を走ると叱られる、と経験則で(ゴルフコンペか何かで)知っているのだ。
アグリは羽トカゲに作戦の概要を伝えた。
高い知能(AI)を有しているとは分かっていても、羽トカゲはモンスター。それもまだ子供。意思疎通の
なにより、スキル名がカッコ悪すぎる。
何か分かり易い合図のようなもの――キーワードが必要だ。
「う~ん……パチャマンカってどう?」
前回のスライム討伐クエストの際、この『パチャマンカ』が作戦の根幹、つまり元ネタとなった。
「言葉の響きは悪くないし……ばばっちくもない……」
作戦を理解したであろう羽トカゲは、アグリの指示通りに悪臭漂う『古井戸』の上空へと、ピューと飛んで行った。
アグリもシャチョーを引き付けながら、村中央の『古井戸』を目指した。
しかし、その道中、アグリに迷いが生じてしまった。
(ここまでクエストを引っ張っておいて、最後にこの作戦でいいの?)
(二話続けてコエダメネタ、コエダメオチってどうなの?)
☁
ピコピコ:アグリに迷いが生じました。農民スキル『コエダメ戦法』を使用しますか?
使用する。
「当然だべ! オラは農民。泥臭くても農民なりの戦い方があるだ!」
【シナリオ52へ】
使用しない。
「待て待て待て! 俺は農民スキルなんて使わないぞ。カッコよくスマートにクエストをクリアするんだ!」
【このまま読み進む】
☁
「コエダメ戦法なんて怪し気なスキル、使うものか!」
アグリは息巻いた。
だってそうだろう。前回のクエストはパーティレベル三だった。
しかし、今回はレベル十。その上、緊急クエスト。
このクエストをクリアできれば、そしてアグリがクエストボスを討伐できれば、きっとアグリは人気者になれる。
悲願のパーティメンバーだって集まるかもしれない。(*シルヴィとは臨時パーティです)
「キャー、アグリ様、素敵っ!」「農夫バンザイ!」「伝説の農民よ!」「勇者よりカッケー」「ぜひ、オラたちも仲間に……否、弟子にしてください!」
きっとプレイヤーギルドでも大騒ぎ。
「レベル一の農夫が緊急クエストを完全攻略しただと!」「そんなバカな!」「アグリ様をエリートプレイヤーとして登録、歓待するんだ!」「伝説が始まった」
しかし、『お悩み相談』窓口嬢シーラさんやその直属の上司は、アグリが農具装備限定、農夫スキルしか有していない事実を知っている。
絶対、「次はどんな汚い手段でクエストボスを倒したの?」と聞いてくる。
アグリはなんと答えれば良いのか。
「コエダメで
あり得ない。醜聞が過ぎる。ゲーム的にも酷過ぎる。
シーラさんはエルフ族。ここ連日のアグリによるセクハラで、多少は大人の(えっちな)世界に目覚め始めたが、基本は潔癖症なのだ。
それに、アグリだって年頃の男性だ。
『レベル一・農夫』でも、たまにはシルヴィやシーラさんにカッコ良いところを見せたい。
「普段はちょっとエッチだけど……やるときはやる
「絶対絶対ないから! コエダメ戦法なんて使わない!」
『それではどうやってあのオーガチーフ(シャチョー)を討伐するのですか?』
シルヴィのレア装備でもシャチョーの鎧は貫けなかった。アグリの武器(農具)だと歯も立たないだろう。
「平和的解決……話し合いとか? このままに逃げ続けるのもアリ?」
『今更、そんな解決手段が可能だと思いますか? アレを見ても……』
ピコピコに促され背後を振り返る。
そこには鬼気迫る形相でアグリを追いかけるシャチョーの姿があった。
「グォー、あのヤーサイを捕らえろ! ひねり潰してやる~!」
おそらくこの組織は終わりだろう。人質作戦が失敗した上に、魔王軍から監査も受けている。
組織ぐるみの脱税がバレれば、シャチョーは今の地位を失う。
平和的解決どころか、アグリへのヘイトは一生尽きることがない。
『農夫であるアグリに初めから選択肢などないのですよ。これまでだって満足に戦闘をやって来なかったのですから……』
「今更、ソレを言う? 酷くない?」
☂
次回、最凶スキル!
【シナリオ52へ】
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