シナリオ50


 組織の幹部相手に善戦していたアグリたちであったが、遂に限界が訪れた。


(もう食えねぇ……ウプッ)


『やくそう』を使い切ったアグリはもちろんのこと、羽トカゲとイヌもHPバーが危険域を示す赤色(HP10%以下)へと変わっていた。

『おにぎり』や『ニードルエルクの肉』といった食料系アイテムは、即効性がないだけでなく、ステータス『満腹』になるとその回復力を失ってしまうのだ。


 対して、シャチョーのHPバーは、(ここまで全く働かなかったため)全快を示す深緑色。

 センムとジョームも深緑色に近い緑色だった。推定だが、まだ八割近くのHPを残していると思われる。

 きっとこの二体もシャチョーの目を盗んでは、どこかでサボっていたのだろう。


 勝利を確信したのか、ヘトヘトのアグリたちを見て嘲笑あざわらうシャチョー。


「ガハハハ! わが社の社員は死ぬまでこき使う! 退職も許さん! 他の社員に迷惑がかかるからな! あのヤーサイは見せしめとして殺す!」(*アグリの意訳です)


 絶望に打ちひしがれるアグリと二匹。

 しかし、遂にGM様から……、否、天使からの天罰が下った。


 銀色の雷光が、一閃。

 戦場を横切ったのだ。


 その雷光の直撃を受けたのはジョーム。

 なんと、ジョームの頭部が

 その数秒後、胴部もポリゴンの欠片となって消滅した。


 これにはシャチョーは元より、アグリたちも唖然あぜんとするしかなかった。

「クエストの時間制限……?」「労働監督署からの鉄槌……?」と。


 戦場の混乱は極まった。

 シャチョーは満足な指揮もできずに右往左往。

 ゴブリンチーフはそんなシャチョーの顔色をうかがうだけで何もできない。

 現場の指揮を失ったゴブリン兵は、さらに酷いありさまだった。

 仲間を盾にする者、死んだふりで難を逃れようとする者、武器を投げ捨て民家や家畜小屋へと逃げ込む者さえもいた。


 そんな混乱の中、動ける者も数名存在した。

 センムとその側近のゴブリン兵だ。

 シャチョーの元に集まり、素早く陣を敷いた。


 それでも雷光は止まらない。

 アグリと二匹を包囲していたゴブリン兵を一掃した後、陣の立て直しを図るシャチョーへと襲い掛かった。


「ガィン!」


 凄まじい衝撃音が峡谷にこだました。

 その直後、白銀色の剣戟けんげきに潜んでいた陰が動きを止め、人の形を成した。

 シルヴィだった。


(知ってたけどさ……)


 あれほどの立回りをやっておきながら、呼吸一つ乱れていない。

 返り血どころか汗沁みさえも見当たらない純白のドレス、天使のような銀色の長髪は、凄惨せいさんな戦いの場でも異彩を放ち続けていた。


「君っ、下がって!」


 シャチョーの反撃を舞うようにかわし、アグリを振り返る。

 アグリはシルヴィが作った退路へと避難。二匹もそれに続いた。


 そんなアグリたちへ、ゴブリン兵が追いすがる。

 アグリは農夫スキル『垣根』を使って足止めするが、多勢に無勢。次第に窮地へと追い込まれていく。


 シルヴィの雷光が再びさく裂した。

 10を下らないゴブリン兵が、僅か一撃で花びらのようなポリゴンの破片へと変わった。


 しかし、その直後……。


「グォーーーーー!」


 ついにシャチョーが

 巨大な金の斧を握りしめ、ただならぬ怒号を上げたのだ。


 これには悪行の限りを尽くした敵ボスながらも、見事としか言いようがなかった。

 突如として、アグリ、羽トカゲ、イヌ、シルヴィ、さらにほぼすべてのゴブリン兵までもが動きを止めたのだ。


(お、おい……どういうことだ! リアル世界で落雷か?)


『落雷でも通信障害でもありません。これはオーガチーフ(シャチョー)によるデバフ攻撃です』


 アグリは素早くステータス表示を切り替える。

 すると、『スタン』『スロウ』のバッドステータスが表示されていた。

 どうやら、センム以外の全キャラクターに同様のバッドステータスが発生しているらしい。

 否、ゴブリンに至っては、もっと酷かった。完全な社畜状態とでも言うのか。この状況にビビりまくり、ただただ、オロオロと周囲を見渡すだけ。

 おそらく『沈黙』、『混乱』、『無気力』といったバッドステータスも追加されている。


 リアルへの影響もあった。

 プレイヤーとアバターとをつなぐ回線が、これまでのように100%リンクしなくなったのだ。

 それにより、アバターの制御が乱れ始める。

 思うように動かないばかりか、視覚や聴覚も安定を欠いた。


(マズいぞ……)


 このままではプレイヤーの脳とアバターをつなぐ神経直結型端末が、プレイヤーの精神異常と判断し、自動ログアウトのシークエンスを開始する。

 一般のVRMMORPGならば最終セーブポイントへ戻るだけだが、ペナルティのキツイこの『リアルクエスト』では、デスペナ扱い――レベル3のダウンと、その間に獲得したスキルをすべて消失してしまう。

 つまり、アグリの現状になぞらえると、初回ログイン時へと戻ってしまう。


(滞納中の年貢やにゃん娘パブの未払い金もなくなるかな?)


『なくなりません……』


 シャチョーとセンムを除くほぼ全員が絶望に沈む中、ひときわ異彩なオーラを放つ者がいた。


「やってくれるじゃない……」

 というセリフはシルヴィだった。


 シルヴィは両目を閉じ、大きく呼吸を繰り返す。

 すると、ものの数秒で『スタン』表示が消滅を始めたのだ。

 さらに『スタン』が消えると同時に、再び目もくらむほどのスピードで走り出す。『スロウ』表示はまだ消滅していないにも関わらず。


(リアルからの制御で、状態回復が可能なのか!)


 アグリにはシルヴィが何をしたのか推測がついた。

 バッドステータスの効果は、プレイヤーが使用する端末によって制御されている。

 『盲目』であれば、視神経との接続を遮断する。『スタン』や『睡眠』状態ならば、プレイヤーからアバターへの指示(意思)を一時的に停止すればよい。


 しかし、接続を完全に遮断してしまえば、ゲームとしての面白味も失ってしまう。

 だから、『盲目』の間でも、別の視点で戦況を観ることが出来る。『スタン』や『睡眠』状態でも、ステータスコンソールだけは確認できる。といったプレイヤー側の制御を残すのが一般的なやり方だ。


 実はこの手の制御は、ある程度までプレイヤー独自の工夫や判断で対応可能と言われている。

 例えば、『睡眠』や『スタン』であれば、コーヒーや紅茶などカフェインを含んだ食品を体に取り込み脳の機能を一時的にでも活性化させれば、タイム制限を待つことなく回復できる。

 『スロウ』であれば、同様の手段で脳での処理を早めるか、スロウによるステータス減算分を補えるほどの脚力や敏捷性をブースト(上乗せ)させればよい。

『混乱』『興奮』『無気力』といった精神攻撃も、プレイヤーの精神力次第で対処可能なのである。


 ニューロンのシナプスを流れる電流は、意識の覚醒や反復練習を重ねることにより強化できるようになる。分かり易く表現するなら、だ。


 ただ、それらはすべて机上の理論。リアルの脳の働きからゲームフレームスピードまで変更させるなど常人の発想ではない。

 神経直結型端末もプレイヤーの脳を流れる電流の平均値を取るように修正するため、長続きすることはないだろう。

 ただ単純に、端末を違法改造している可能性もある。

 だが、一つだけ確信することができた。


(シルヴィの中の人、絶対、廃ゲーマーだろ!)


 とにかく、エリートプレイヤーのあまりの能力の高さに、アグリも驚嘆せずにいられなかった。


  ☼


 シルヴィとシャチョー、二人の怪物による戦いの結末は?

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