シナリオ49
「なんでこっちに来るの! 隙を見て村から脱出しろって……!」
「キューキュー!」と訴える羽トカゲの言葉は今まで通り意味不明。
「救急」と伝えたいのだろうか。
代わりにエルフ娘が答えてくれた。
「もう一匹、大きなオーガがいた……ジョーム……」と。
どうやらこれもセンムの策略らしい。ただ闇雲にアグリを追いかけて来たのではなく、しっかり
そうなると、エルフ娘も村中央へ逃げるしかない。
敵ながら
(だが、マズいぞ……明らかに状況は悪くなった……)
アグリの戦闘力では、エルフ娘を守りながら戦うなど不可能だ。
かといって、エルフ娘を一人にするわけにもいかない。
「私も戦える……いかづち……」
「それだけは絶対やっちゃダメ!」
未だこのエルフ娘が無事である理由は、二十歳に見えない子供体型だからだ。
そうでなければ、洋館で働けないと判断された時点でどうなっていたか。人形ジジイも「子供には手を出さん」と言っていた。
だが、いくら外見が子供でも殺傷能力の高い魔法が使えると分かれば、放置することなどあろうはずもない。
アグリの命よりもクエスト――人質優先。これはクエスト開始時のアグリの
『レベル一・農夫』という卑しい身の上であっても、これだけは譲れない。
否、『レベル一・農夫』だからこそ、決意だけは譲れないのだ。
「向こうに、人形の館って書かれた民家がある。そこに羽トカゲと一緒に避難していて!」
アグリは竹槍を
狙いはセンムと呼ばれる『オーガ』ただ一人。
嫌々戦わされているゴブリンならば、センムさえいなくなれば執拗にアグリたちを追って来ることはないだろう。
「オラッ!」
アグリの竹槍が見事センムの
プスッ、というSE(効果音)と共に紫色の血が
手ごたえはあった。
しかし、センムの表情に変化は見られない。
竹槍の攻撃力(+2)があまりにショボすぎるのだ。
センムはまるでハチにでも刺されたかのように
アグリは慌ててバックステップ。
だが、センムの
「マズい……直撃する!」
慌てて防御姿勢を取る。が、衝撃は来なかった。
イヌ――ヘルハウンドの火炎放射だった。
まるで激流のような炎が、アグリとセンムの間を通過した。
センムは慌てて腕を引っ込めるが、大人の背丈ほどもある棍棒までは回避できない。
火炎放射の直撃を受けた棍棒は、あっという間に消し炭に。
更に、センムの背中に巨大な火の塊――ファイヤーボールが着弾。
これにはさすがのセンムも耐えられなかったのか、慌ててゴブリン小隊の背後へと逃げ込んだ。
「羽トカゲ!」
得意げな表情でパタパタと飛んで来る羽トカゲ。
しかし、アグリは𠮟りつける。
「なんで戻って来た! あのエルフっ
「キュ~」と反省だか渋面だかよく分からない表情をつくる羽トカゲ。
その表情を見て思い出す。
羽トカゲは
与えたお肉も報酬ではなく、慈愛。
身勝手な上下関係を押し付けては、このブラック組織と同じだ。
そして何より、アグリがクエストのために命を張れるように、羽トカゲにも戦う理由がある。きっとイヌも同じ。
「お前らも戦いたいのか?」
コクコクと頷く羽トカゲ。
気づけば、イヌもアグリの足元にすり寄っていた。まるで孤独を紛らわせるかのように。
「……そうだよな……今まで散々な目に会ってきたんだ。ただ逃げるだけじゃ気が収まらないよな……」
「オン!」と応えたのはイヌ。
「だが、絶対死ぬなよ……社畜のリベンジは最後まで生きてこそ意味がある。生き残ったらご褒美に美味しいお肉をくれてやる!」
「キュキュ!」「オンオン!」
「行くぞ!」
一人の農夫と二匹のモンスターによる最後の戦いの火ぶたが切られた。
☼
「マジかよ……」
戦闘が激化の兆しを見せ始めると、センムも戦線に復帰した。
しかも、厄介なことに装備の変更まで行っていた。
水属性の
ラスボスの装備変更という思いもよらない禁じ手に、ゲーム世界では百戦錬磨のアグリさえもタジタジだった。
「おい、ゴブリンチーフ! お前らだってあのオーガのこと嫌いだろ! なんで従うんだよ! この戦闘だってサービス残業だろ!」
「こんなはみ出し者の組織でも、捨てられたら終わりゴブ! 田舎には仕送りを待っている家族だっているゴブ!」
(*TACT社の最新AIが同時通訳を行っています)
「こんな時に家族の話を持ち出すとか、卑怯だぞ! やり辛くなるじゃねえか! 俺だってこのクエストを成功させないと、年貢滞納で奴隷落ちするんだよ!」
「コッペだって同情を引いているゴブ! ヤーサイは卑怯ゴブ!」
アグリとゴブリンチーフが何をやっているかというと、会話ログにもあるように舌戦だった。
勝ち負けに興味を抱けない二人にとって、この戦闘はただの無駄。雇用主から何ら保証も出ないため、ケガでもしたらそれこそ骨折り損のくたびれ儲け。
だから、戦闘の雰囲気だけを出している、もしくは敵軍の士気を削っている、つまり精神攻撃というわけだ。
実際、この手の戦闘はリアル世界においても度々行われていて、中世ヨーロッパでの戦争などはこうした舌戦によって決着がつくことが多かったという。もしくはその後に代表者を出し合っての一騎打ち。
だから、物資が乏しく人口が少ない時代でも、『三十年戦争』や『百年戦争』などの長期間の戦争がたびたび発生したのである。
誰だって死ぬのは元より、傷つくことは嫌なのだ。それが職務とならば、なおさらだ。
「王や政治家が己の利権のために勝手に始めた戦争なんかで死んでたまるか!」「戦争するならせめてお前らも前線に出て苦労を知れ!」というわけである。
兵士たちの血で血を洗うような十九世紀から二十一世紀の戦争が異常なのである。
しかし、そんな(比較的平和な)戦争に水を差す
兵士の心境など
「グォー、お前らまともに戦え! 減給だ! クビにするぞ!」
「残業に給料を支払わないくせに、勤務時間外のサボリで減給とか卑怯だろ!」
「酷いゴブ! オーガってやっぱり鬼ゴブ!」
ゴブリン兵の統率が乱れた
いくら水属性防具で身を固めたセンムでも、二匹の同時攻撃には耐えられなかったようで、HPバーを大きく揺らし、顔色までも悪くした。
「物理バリア、
「グォー、そんな粗末なバリケード、なんの役にも立たん!」
「まだまだ! 農民スキル、カカシ!」
「馬鹿め! 田畑がない場所でカカシなど、なんの目くらましにもならん!」
「良く知らない他人にバカって言う奴が本当のバカだ! 覚えとけっ!」
アグリを見下し、なんの警戒もなく突進して来たセンムに対し、羽トカゲとイヌの挟撃がさく裂した。
火だるまになり、「グォー」「卑怯者!」と叫び声を上げるセンム。
戦況は優勢だった。
アグリもHPが50%を切った時に、一度だけ『やくそう』を使用したが、それ以外は『おにぎり』の回復だけで
とは言え、あくまで短期的な戦況だった。
ただでさえ多勢に無勢の上に、新たに参戦するゴブリン兵までもが耐火装備で来るのだから
羽トカゲもイヌもMPが無尽蔵というわけではないのだ。
ファイヤーボールや火炎放射の使用頻度を抑えつつ、接近戦を余儀なくされた。
空からの急襲や噛みつきで善戦してはいたものの、ゴブリン兵の数は減るどころか、次第に増えつつあった。
「後で美味しいお肉をご馳走してやる。ここが正念場だ。踏ん張れ!」
アグリも二匹を
しかし、予期せぬ事態が発生した。
村長の家で見かけた『シャチョー』が、さらに二体のオーガを引き連れ、参戦したのだ。
「シャチョーはオーガチーフだったはず……つまりオーガの上位種……!」
しかも、このシャチョー、モンスターとは思えない派手なボディアーマーを装備していた。着圧機能もあるらしく、
これでアグリと二匹は、オーガチーフ一体、オーガ三体、ゴブリン兵四十匹を相手にしなければならなくなった。
「シャチョーにセンムに……残りはジョームとホンブチョーか? ブラック組織の幹部たちがそろい踏み? もう終わってるじゃん! 詰んでるよね!」
はっきり言って、レベル一で農民装備のアグリが未だに生存している事態が不思議でならない。
強いて理由を上げるならば、格ゲーで鍛えたゲーム勘と、幼少期から使い続けた農具がアバター『アグリ』のポテンシャルを最大限まで引き出しているに過ぎない。
ホンブチョーの突進を見切り、竹槍で鎧を
露呈した急所へ、羽トカゲのファイヤーボールがさく裂。
ふらつくジョームの足へイヌが噛みつき、転倒させる。
そこへ、アグリが『黄金の
前回のクエストで手に入れた『やくそう×3』を使い切る前に、なんとか一番格下のオーガ(ホンブチョー)とゴブリン兵十匹を討伐できたのは、もはや奇跡としか言いようがなかった。
ちなみに、この戦闘中、『オーガA、オーガB、オーガCは、それぞれセンム、ジョーム、ホンブチョーに改名されました』というテロップが表示された。
(さっきから何なの? この無駄テロップ……)
☼
アグリ、絶体絶命!
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