シナリオ48


(良かった……なんとかだけは回避できたか……)


 アグリがホッと安堵したのも束の間、エルフ娘が冷めた目で――まるでカラスに荒らされ、道路に散乱したコンビニ弁当を眺めるような表情でいることに気付いた。


(なんで……?)


 ココからは、ヒーロー(アグリ)の最大の見せ場――映画『ローマの休日』のようなラストシーンが展開されるはずなのに、ヒロイン(エルフ娘)の顔には一切の感動も悲哀さえも見られない。


『あなた……自覚がないのですか?』


「自覚? 何の?」


 アグリが返答した直後、峡谷の乾いた風がピューと吹き過ぎる。アグリの股間を。


「なっ、なんで脱いでるんだよ、俺っ!」


『おそらく、モンスターの気を惹くにはその装備が一番だとアバターが反復学習した結果でしょう。もしくはただの露出狂……』


「ち、ちがうからね! 俺は露出狂なんかじゃない! この前脱いだ時も見せパンと同じって言ってたじゃん!」


 そんな言い訳の対象は、もちろん冷めた表情のエルフ娘。


「さっさと行け! いっぺん死んで来い!」


 アグリはエルフ娘に背中を蹴り出され、南ゲートへと飛び出した。


  ☂


 ふんどし一丁となったアグリを出迎えたのは、ゴブリンたちの痛烈なヤジだった。


「ストリートキングゴブ!」「違うゴブ!」「マッパじゃないゴブ!」

「あれは同志ゴブ!」「古井戸で一躍名を馳せたアイツゴブ!」

「アイツもとうとう気が触れたゴブ!」「洋館へ行って理性が破壊されたゴブ!」

「センムに見つかるゴブ!」「ゴブたちまでヤバいゴブ!」「仕事が増えるゴブ!」

「これ以上のサービス残業は嫌ゴブ!」

(*モンスター語はTACT社の最新AIが同時通訳を行っています)


(聞きたくない! ピコピコも同時通訳を止めて!)


 ふんどし姿で注目を浴びたものの、ゴブリンの誘導は上手く行かない。

 やはり、センム(オーガ)の存在が大きいようだ。

 しかも村全体が厳戒態勢に入っているらしく、騒ぎを聞きつけたゴブリンたちがワラワラと集まって来る。


(マズい……このままだと俺も身動きが取れなくなる……)と悩んだところで選択肢は表示されない。

 既に、さいは投げられた。ルビコン川を渡ってしまったのだ。

(*引き返せないという意味です)


「グォー、あの目障りなヘンタイヤーサイを捕まえろ!」


「お前らだって、ほとんど裸だろ! 俺だけをヘンタイ呼ばわりするな!」


 挑発と呼ぶにはほど遠い負け惜しみであったが、それなりの効果はあった。

 センムを筆頭としたモンスタートレインを引き連れ、村南部の大通りを一気に駆け抜ける。


 村中央まで戻ると、ちょっとした騒動に出くわした。

 一匹の『ヘルハウンド』がゴブリン小隊相手に戦闘していたのだ。


(なんで? 仲間割れか?)


 アグリが近づくと、モンスター表示『ヘルハウンド×1』に変化が生じた。

 名称が『イヌ』へと変化したのだ。

 これは『ドラゴニュート』の時と同様だった。アグリが「羽トカゲ」と呼び続けていると、いつの間にかモンスター表示も『羽トカゲ』へと変化していた。


『TACT社の最新AIは、プレイヤーの性格や知能レベルに応じて、柔軟に表現を変化させることが可能なのです。それにレアアイテムによる特殊効果が……』


(もう説明はいいからっ……今はそれどころじゃないって!)


 イヌは村の倉庫前でお肉を与えた『ヘルハウンド』で間違いない。

 便宜上の都合から(ヘルハウンドと呼ぶと怖いので)「イヌ」と呼んでいた個体。

 だが、ピコピコの説明だと、羽トカゲのように仲間にまでなったわけではないらしい。


「レッドのような同盟関係にない……でも、同じ元社畜だったことには違いないし……捨て置けるものか!」


 アグリはいそいそと『農夫のつなぎ』を再装備し、アイテムストレージから『竹の槍』を取り出した。


  ☼


 ゴブリン小隊は統制が取れていた。

 粗末な竹製ではあるものの、バリケードやおりを組み上げ、一塊となってイヌを追い立てていた。

 だから、『討伐』というより『捕獲』に近かった。まるで動物園から逃げ出した猛獣ハント。


 とはいえ、逃げ出したのはトラやニシキヘビなどではなく、口から火を吐くモンスター『ヘルハウンド』。ゴブリン十匹相手でも全く負けていない。

 素早く立ち位置を変えながら、得意の『火炎放射』を放ち続ける。


(まあ、元社畜とはいえ、モンスターレベル的に当然だろうな……)


 その一方で、じり貧にも思えた。

 ゴブリン小隊は装備が整っている。

 水属性と思しき巨大な盾、拒馬槍のようなバリケード、そして檻。それら用いて少しずつイヌの行動範囲を狭めていく。

 何より数が違う。少しでも手傷を負うと、次々とサブメンバーと交代していく手際は見事だった。

 そのゴブリンたちを統率していたのは、『ゴブリンチーフ(中間管理職)』。役職名に恥じない見事な統率力だった。


(あのゴブリンチーフは倉庫の横でサボっていた奴か? シルヴィ、打ち漏らしやがったな……)


 どんな脱出系ゲームでも、指揮系統を放置すると後々酷い目に会う。だから多少のリスクを負ってでも指揮官は討伐、もしくは混乱させて逃げるのが常套じょうとう手段だ。


 イヌが起こした騒ぎに便乗することにした。


 アグリはセンムに投石。

「ヒラメ~!」「社長の太鼓持ち!」「ゴブリンを従えた程度で偉そうにするな~!」「ブラック幹部!」と挑発を繰り返す。


 センムの紅潮した顔を確認した後、イヌとゴブリン小隊の戦闘フィールドに逃げ込んだ。


 アグリの予想を裏切らない大混乱が生じた。


「あのヤーサイを捉えろ!」

「無理ゴブ!」「シャチョーの命令ゴブ」「ヘルハウンドの方が圧倒的に脅威ゴブ」

「うるさい! ここは俺の現場グォー!」

「ジョームもヘルハウンド優先と言ったゴブ」「ヘルハウンドには多額の移籍金を払ったゴブ……」「逃げられたら大赤字ゴブ!」

「まだ人質が残っているグォー! そいつにまで逃げられたら、俺のセンムの椅子が……グワァー!」


 当然の結果だった。

 ただでさえ信頼関係の薄いブラック組織なのに、現場に指揮官が二人も三人もいると混乱は必至。

 結果、保身に走るか、責任のなすり付け合いに発展するのは世の常だ。


 そんな大混乱の中、ファイヤーボールといかづちまでもが、ゴブリン小隊に襲い掛かる。


 羽トカゲとエルフ娘だった。 


  ☁


 いよいよファイナルバトル。アグリは生き残れるのか?

【シナリオ49へ】

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