シナリオ40


 アグリは洋館のステージに立たされた。

 とはいっても、歌うでも踊るでもなく、ボンテージオークとラミア様――『ラミアクイーン』のアシスタントとして。

 あのエルフ娘がトラウマに陥るほどのである。


「女王様とお呼び!」


 ラミア様がその切れ味あるしっぽ攻撃で顧客たちをピシピシと攻撃する。

 子供の背丈ほどもあるロウソク型モンスター『フレイムキャンドル』が熱々のよだれを垂らし、顧客の体をジュージュー焼いていた。

 それにも関わらず、「ブヒブヒ」「グワグワ」喜ぶブタ系モンスター『オーク』や鳥系モンスター『ヘルダック』。身を焦がしながらも、愉悦ゆえつに満ちた表情を浮かべていた。


(これって完全にSMじゃん! 秘密違法SMクラブ! 中華料理店みたいな美味しそうな匂いもするけどさ!)


 潔癖症のエルフ族がトラウマに陥るのも分かる気がした。

 とにかく、常人(ノーマル)では理解できない凄惨なステージだった。


(おい、ピコピコ、これはどういうことだ! 誰がどう見ても十八禁案件だろ!)


『どうやらこの建物には、GM様が御定めになられた十八禁コードの効力を減じさせるがあるようです。もしくは、βテスト用の研究施設なのか……将来的にアダルト系VRMMOへの展開も考えている……?』


 ピコピコはブツブツとつぶやくだけで、明瞭な返答はなかった。


 結局、アグリは「おぞましい……」「ヤダヤダ……」と不平不満をこぼしながらも、きっちりしっかり与えられた仕事をこなしていた。


 汗や血、ロウソクが飛び散ったステージをモップで拭き取り、これからステージに上る顧客のボディチェック等を行った。

 SMショーが終われば、ラミア様のポールダンスショー。大道具小道具の出し入れに大忙し。

 さらにショーの幕間まくあいには、顧客たちへのファンサービス――ビンゴ大会の司会まで務めた。


「77番、おめでとうございます。報酬として当店人気ナンバーワン……ラミア様の豊満なおっ〇〇による……ムフフなサービスをご堪能ください! やったねっ!」


「「「「「うおー!」」」」」


「羨ましい!」「ウガウガ、俺のラミア様がっ!」「汚されるグォ!」「ウホウホ、次こそは俺が!」


 そんな観客たちの興奮も冷めやらぬまま、ショーの幕が閉じた。


  ☁


「お前、なかなか使えるメイドブヒ。すぐに食べてしまうのはもったいないブヒ」


「パチンコ屋さんのアルバイトで、あの手のマイクパフォーマンスはやってましたから……普通です……」と冷めた口調で返す。


 ボンテージオークに褒められても、ちっとも嬉しくなかった。無給の上、脅迫同然の扱いを受けているのだから当然であろう。


「次のショーは30分後ブヒ。その時も良かったら、レギュラーとして正規雇用も考えるブヒ」


(どうせブラックな雇用条件だろ!)と舌打ちするアグリ。


 しかし、一切表情には出さない。上下関係が明確な相手に、自己欺瞞じこぎまんに等しい反抗などアグリの主義に反する。


「お前もコレを食べるブヒ。次のショーが終わるまで体がもたないブヒ」


 ボンテージオークは食料系アイテム『焼き豚』をアグリに差し出してきた。

 ということもあってか、ジューシーな蒸気がアグリの鼻腔をくすぐった。


(このオーク……悪いモンスターじゃないかも……)


『いくらなんでも、懐柔かいじゅうされるのが簡単すぎませんか?』


(レベル一なんだから仕方ないじゃん!)


 とはいえ、『焼き豚』を受け取るのも躊躇ためらわれた。

 それを食べたら呪われる、社畜にまで成り下がる、という理由ではない。

 この『焼き豚』は、つい先ほどのショーで顧客からもたらされたもの。

 お土産や差し入れだったら喜んで受け取るが、ラミア様のしっぽ攻撃でなぶられ、フレイムキャンドルの炎で身を焼かれたオークがショーの間にってしまい、それと同時にドロップされた食料系アイテムだからだ。


「人族だってモンスターを討伐してその場で焼いて食べるブヒ? 何が問題ブヒ?」


(SM行為でドロップされた焼き豚は食料じゃないだろ!)

 とまでは言えないアグリ。


「俺……ベジタリアンっす……生まれはヤーサイっす」

(*ヤーサイ=農民)


 そして、食欲も失せたアバターにおにぎりを詰め込むのだった。


  ☁


「おい、ブタ、いつまで食べてんだい! もう次のヤオヤショーが始まるよ!」


 そんな怒声と共にニョロニョロと姿を現したのは、先ほどのショーでも大人気だった『ラミアクイーン』ラミア様だった。

 ラミアは最大8mほどもある蛇のような胴体と女性の上半身を持つヘビ系モンスターである。

 その中でも、ラミア様は上位種、そして熟女系だった。

 厚化粧ではあるものの顔立ちは悪くなく、褐色のソバージュヘアーとアメコミのようなパーフェクトボディを有していた。口が大きく舌が異常に長いが、ソコは好みで意見が分かれるところか。

 アグリの個人評価は、


「チッ、これだからブタは……食べてばかりで効率が悪いよ、まったく!」


「基礎代謝が悪い爬虫類と一緒にするなブヒ!」


 ステージを下りてもラミア様の女王様然とした態度は変わらない。SMショー向けのキャラクター設定というわけではなく、地も女王様気質のようだ。


 ボンテージオークが慌てて食べ物を掻っ込んでいる間、ラミア様の蛇のような視線がアグリをジロリと見定める。

 さらに長い舌でチョロチョロと舌なめずりを始めた。


「おまえ、見ない顔だね……新人かい?」


 アグリは体が委縮して動けない。蛇に睨まれた蛙、とでもいうのか。

 代わりにボンテージオークが答えてくれた。


「ゴブリンが連れていたブヒ。使えるからまだ食べるなブヒ」


「確かに、コイツの司会は良かった……私のショーを邪魔することなく、観客たちを盛り上げていたわ……」


「ゲームイベントのMC経験もあるっす。元プロゲーマーですから……」


 アグリはちっとも嬉しくなかった。舌なめずりされながら褒められても。


「私から褒美ほうびを授ける。欲しいものを申せ。お前、いい匂いがするから、付き人として雇っても良いぞ」


(どうせ、付き人だからって24時間拘束するつもりだろ! この性悪蛇女!)と思っても口には出さないアグリ。上下関係が明確な相手に、自己欺瞞に等しい反抗など主義に反する。


 しかし、怠惰なボンテージオークと異なり、ラミア様は目ざとい御方。アグリの視線がほんの一瞬、その豊満ボディへと移動したのを見逃さなかった。


「こっちのが欲しいのかい? フフフ……おまえ、そんなゴスロリ姿で、ユリユリ系なの?」


(だってしょうがないじゃない! ただでさえスゴいのに、丸出しなんて! ショーが終わったらちちバンドくらいしてよ!)

(*乳バンド=ブラジャー。昭和初期に使用されていた日本語)


 というか、ラミア様は黄金のティアラ、宝石を散りばめたド派手なネックレス、SMショー用の女王様マスク以外の装備はない。下半身は蛇だから、文字通りマッパ。


「……いいわよ、子猫ちゃん……さあ、こっちへおいで……」


(色々とヤバい! このままだとバッドエンドまっしぐら! でも……それでもいいかも!)


  ☼


ピコピコ:アグリはラミアクイーンの魅了攻撃にタジタジです。代わりに次の行動を選んでください。


 ラミア様の豊満ボディに飛び込む。

「バッドエンドと分かっていてもフラグはすべて回収! 漢ならコレだ!」

(*ネタバレ:この選択肢から過激な描写が増えます。お下品なネタが苦手な方は別ルートへ回避してください。このルートはクエストクリアとは無関係です)

【シナリオ30へ】


 自制心を取り戻す。

(*『理性の腕輪・レアアイテムE』を所有している場合、もしくは自制心や理性が高いと自認されているプレイヤーのみ選択可)

「騙されるな! ココは十八禁ゲームの世界ではない。途中で裏切られるぞ!」

【シナリオ41へ】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る