シナリオ39


 アグリとゴブリンレッドが『ご優待券・使用済み』の集計に追われている間、懸念だった人質――故郷を戦火で失った出稼ぎエルフ娘は、完全に放置だったわけではない。しっかりとケアしていた。


 シーラさんから貰った『アロマオイル・エルフの森のかおり』(*名前が変化した)で精神力を回復させたエルフ娘は、少しずつであるが食欲も取り戻していた。


「タケノコおにぎりよりも、ゆかりおにぎりの方が好き? どっちもたくさんあるからたんとお食べ……」


「そんなことはどうでも良いゴブ! 裏帳簿があるって本当ゴブ? どこにあるゴブ!」


「レッド、落ち着け。せっかく精神力が回復して来たのに、そんなに怖い形相を見せられたら、また精神力が低下してうつ状態か社畜状態に戻るだろ。子供にそのモンスター顔は怖いって……」


「わたし……子供じゃない……今年、二十歳……」


「この幼児体型で二十歳かよ! エルフ族ってすごい! 色々と需要ありそう!」


 アグリは現状さえも忘れて大興奮。きっと内に秘めたゲーマーとしての本能が刺激されたのだろう。


「ヘンタイエロゲーマー……近づくな……」


「また、鬱状態に戻ったゴブ! コッペがダメージを与えてどうするゴブ!」


「おにぎりもっと食べて! 見栄えは悪いけど無農薬トマトもあるからね!」


 そのような会話とRPGならではの回復手段を繰り返しながら、この洋館に関する情報も集めていた。

 それによると、先ほどの「ヘンタイ、近寄るな」発言はアグリに対して言ったものではなく、洋館で行われているステージショーにラミア様のアシスタントとして働かされた際に植え付けられたトラウマだったらしい。(*トラウマ=精神的外傷)


『ヘンタイエロゲーマーは、間違いなくに対する発言です』


 しかし、エルフ娘がそのトラウマの詳細まで語ってくれることはなかった。

 ステージで行われているショーの内容を知るはずのゴブリンレッドも、口をつぐんだまま。

「アグリには教えてあ~げない」という仲間はずれや意地悪ではなく、「RPGの世界なんだから危険を承知で自分の目で確認してください」というゲームクリエイターの意図をんでのことだろう。


 当然、アグリの不安は募るばかり。


「一体、ステージでどんな悪行の限りを尽くしたショーが……」


 ただただ、恐怖に身を震わせるアグリだった。


  ☁


 ショーの幕開けは突然だった。

 開幕ベルさえも鳴り響くことはなかった。


「なにか良い匂いがするブヒ! トリュフがいっぱい採れたエルフの森の匂いに似ているブヒ!」


 そんな声と豪快な鼻息で執務室の扉は開け放たれた。

 アグリは咄嗟とっさに潜伏系農民スキル『かかし』を発動させる。


「おまえ、誰ブヒ?」


「もうバレた! この潜伏スキル使えねぇ!」


『当然です。ここは屋内、しかも六畳間ほどの広さしかありません』


「かかしは目立たないと意味ないゴブ……」


 そんなピコピコとゴブリンレッドのツッコミを耳にしながら、オロオロと狼狽うろたえるアグリ。

 なにせ、部屋に入って来たオークはオーガほどではないものの、天井に頭が届きそうなほどの巨漢だった。体重も(推定)800kgはあるだろう。


 さらにそのオークの装備がスゴい。

 全身黒一色のエナメル質の装備。というか、ほぼ完ぺきなボンテージ姿だった。

 ブタ顔には女王様を彷彿ほうふつさせるベネチアンマスク、桜島大根のように肥えた二本の足には、網タイツとピンヒールまで装備されていた。

 オークは武器こそ装備していないが、その巨体で、ピンヒールで踏みつぶされれば、『レベル一』のアグリなどひとたまりもない。


(オ、オークの女性……?)


 ただただ、圧倒されるばかりのアグリは声も出せない。


『ボンテージオーク×1』と表示されたので、モンスター、しかもオークの上位種であることは間違いない。

 ボンテージオークはブヒブヒ鼻を鳴らしながら近づいて来た。


「おまえら隠れて美味しい物を食べてるブヒ?」


「食べてないゴブ! ちゃんと仕事してるゴブ!」


 そう訴えたのはアグリではなく、ゴブリンレッド。アグリと同種の危機感を覚えたに違いない。

 しかし、鼻が利くオーク相手に嘘は通じない。

 ボンテージオークの鋭い視線はエルフ娘へと向けられた。


「おまえから、おコメ、タケノコ、紫蘇しそ、トマトの匂いがするブヒ」


「あうっ……こ、これは……エロゲーマーが……」


(エロゲーマーって酷い! お願いだからチクらないで!)


 しかし、アグリたちは事なきを得た。ボンテージオークの好物とは違ったのだ。


「そんな粗末な食べ物はブヒの口に合わないブヒ。お前はしっかり食べて早く肥えるブヒ……そしたら食べごろ……ブヒブヒ……」


 エルフ娘の精神力は一気に下落。ガタガタ震えながら再び口をつぐんでしまった。


「エルフ族は全く使えないブヒ。潔癖症だし、体はガリガリだし、成長は遅いし、あの程度のショーでビビって動けなくなるし……ブヒブヒ……」


 ブヒブヒ(くどくど)愚痴を続けるボンテージオーク。


(エルフはソコがいいんだって!)


 などと考えていると、ボンテージオークの視線は再びアグリへと向けられた。

「お前はもうそろそろ食べ頃ブヒ?」と。


(ひぃ~)とわななき、ゴブリンレッドの背後に身を隠すアグリ。


「こいつは新人ゴブ。食べるにはまだ早いゴブ! まりに溜まったヨーカンの事務仕事を手伝わせるのが先ゴブ!」


(かばうならしっかりかばえよ!)


「なぜかお前からいい匂いがするブヒ。そのエルフより使えそうブヒ。ショーで使うから連れて行くブヒ」


「ええっ! レッド、助けてっ!」


 社畜同然の扱いを受けているゴブリンレッドにあらがう手立てなどあるはずもなく、ボンテージオークに襟首をガッシリ掴まれ、引きずられるように執務室を後にした。


  ☂


 アグリの命運はいかに! 新世界への道が開けるのか!

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