シナリオ35


「ヘンタイお兄ちゃんは、とっても綺麗なエルフ族のおねいちゃんを助けてくれるの? セクハラできるから? ご褒美ほうびにえっちができるから?」


(この、絶対、エロゲを知っていて尋ねているよね! それなのに俺をヘンタイ呼ばわりって酷くない?)


 しかし、それを口にするとアグリの負けは確定的。相手は子供なのだ。


(っていうか……ご褒美エッチってあるの?)


 少しだけ気になったので、参考のために聞いてみた。


『ありません。このゲームは全年齢対象です』


「洋館に助けに行くの?」「怖いモンスターがたくさんいるよ!」「おにいちゃんってシーフのスキル持ち?」「ニンジャ農夫!」


 アグリは洋館に集まっているという上位モンスターには到底敵わない。シーフやニンジャのような潜入系スキルも持ち合わせていない。


「しかし俺にはこれがある! これさえあれば洋館潜入なんて超楽ショー!」


 アグリが手に取ったのは、『ご優待券』付のチラシ広告。倉庫に山積みされていたものを二枚(一枚はシルヴィへのお土産)失敬したのだ。


 しかし、難色を示したのは最年長の女の子。

「そのご優待券は使わない方が良いと思う……」と。


「どうして?」


 アグリはモンスター語が読めない。洋館へ入るための『ご優待券』であることは『調べる』で理解できたが、洋館の中で何が行われているかまでは読み取ることができない。RPGでありがちな、とってもご都合主義なチラシ広告なのだ。


「だってそれって……女の人が好きな……」とつぶやいた後、表情を赤らめ黙り込んでしまった。


(女の人が好きなサービスのご優待券? イケメンアイドルが出演するコンサート? それともエステサロンかな? 温泉というのも……?)


 いずれにしても、あの不気味な洋館にそこはかとない警戒感を抱いていたアグリにとっては朗報だった。

(女性が好むタイプのサービスを提供する施設だったら、酷い事態にはならないよね)と安堵した。


「そういえば……」と思い出されたのは、ゴブリンレッドから貰った『マジカル変身セット・限定仕様・レアアイテムD』。これでモンスターに変身すれば、平然と、顧客として、洋館へ潜入できるかもしれない。

 変身したままの状態では戦闘できない、変身の詳細は使用者のこれまでのコスプレ経験に依存する、といった条件があることから『限定仕様』なのだそうだが、アグリに(上位モンスターと)戦う意思などない。


 アグリは『マジカル変身セット』を頭上に掲げ、変身呪文を口にした。(*魔法のステッキのようなモノをご想像ください)


「マジカルマジカル、レレレのレ!」


『そんな酷い変身呪文など、そのアイテムには必要ありません』


「ほらっ、空気ってあるじゃん! 何の前触れもなく、いきなりコスプレとか始めるのってかなり勇気いるし!」


『確かに……』


 ピコピコから辛辣しんらつなツッコミを受けたが、変身アイテムは問題なく作動した。

 アバターの全身はキラキラエフェクトに包まれ、ちょっとえっちなふんどし姿の変身シーンを垣間見せた後、姿へと変貌へんぼうを遂げた。

(*深夜アニメにありがちな変身シーンをご想像ください)


「ええっ、うそっ~!」


 そんな声を上げたのは、アグリではなく、最年長の女の子だった。

 他の子供たちも、「すげー」「カッケー!」「農民って変身スキルを覚えるんだ!」「レレレのレー!」とアグリに驚き、マネまでしていた。


 山鳥タクミはコスプレ経験が豊富だ。

 ゲーム大会で相手を挑発するため。固定ファンを獲得するため。目立って個人スポンサーをゲットするため。そんな理由から格ゲー『ファントムセイバー』に登場するモンスター系コスプレが多かった。

 それ以外にも、生計のためにコスプレをしていた。

 遊園地やお子様向けステージショーで、ヒーローや怪獣の中の人をやったことがある。

 就職先が見つからず、ゴスロリメイド衣装を身につけてパチンコ屋さんのホールスタッフ(接客業務)をしたこともあった。


 何が言いたいかというと、山鳥タクミの記憶と経験をコピペしているアバター『アグリ』ならば、中の人が別人であっても変身(コスプレ)が可能なのである。


 だが、結果は落胆だった。


「マジかよ……」


 アグリが期待していたのはモンスターコスプレ。バンパイアとかオオカミ男とか。それがゴスロリ男の娘へ変身してしまっては意味がない。

 しかも、変身は衣装だけに止まらなかった。

 アグリの乾燥ヒジキのようなヨレヨレの銀髪は、色つやを取り戻し、大きな空色のリボンで結わえられた。農作業でカサカサだった指先も、受付エルフ嬢のようにしなやかなものへと変わり、ネイルアートまで施されていた。


 それに、実はちょっとだけ期待していたのだ。

 子供たちの前で、カッコよい変身ヒーローに成れることを。

 それなのに、男の娘では……。


 決して男の娘が悪いと言っているわけではない。トッププロゲーマーでも、ネトゲで趣味として男の娘をたしなむ者もいる。

 しかし、少数派、ネタキャラである事実には変わりない。


 誰しも幼少の頃、ヒーローごっこをやった経験があるだろう。

 モモ〇ンジャー、パー子、ウル〇ラの母を、自分から「やりたい!」と言い出す男子は誰一人いなかったと思う。(*男の娘は第二次性徴時に目覚めることが多いそうです)

 むしろ、いじめられっ子や味噌みそっかすに無理やり押し付けられることが多かったはず。(*味噌っかす=一人前として扱われない子供)

「おまえ、ひょろいからモモ〇ンジャーな!」「顔が似てるからベラ決定!」とか。


 第一、ゴスロリメイド姿では目立ち過ぎる。

 これからモンスターの跋扈ばっこする洋館に潜入しなければならないのだ。


「変身はランダム、コスプレ経験に反映されるって言っても、無理だよね……コスプレ喫茶や風俗店の客引きじゃないんだから……」


 そんなアグリの落胆を励ましてくれたのは、これまで反抗的な態度だった最年長の女の子だった。


「お兄様! その格好でなんら問題ありません!」


「なんで? それにお兄様って……」


 女の子のあまりの豹変ぶりに戸惑っていると、教えてくれた。

 このゲーム世界では、子供キャラへの虐待ぎゃくたい行為はGM様の命令により禁じられているという。アグリがその格好でいる限り、モンスターから受けることがないそうだ。


(アバター設定は22歳だけど、モンスターの目には人族の子供にしか見えないってことかな? 昔のエロゲと同じ?)


(いくら魔王軍のはみ出し者組織でも、ゲーム倫理とゲームシステムには逆らえないということか?)


 かくして、アグリはゴスロリ男の娘の姿で、最後の人質を救出に洋館へと向かうのだった。


  ☼


 コスプレの成果はいかに?

【シナリオ36へ】

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