シナリオ34


 ――審議は粛々しゅくしゅくと進められた。


「ロットネスト王国憲法第一条では、公序良俗に反するマッパを禁じておる。被告人の有罪は明らか……」


「おいおい、憲法の第一条からマッパ禁止とか、この国大丈夫か! 他に色々とあるだろ! 基本的人権の尊重とか、悪魔召喚の禁止とか、大量破壊魔法の禁止とか!」


「き、貴様っ! GM様がお定めになられた十八禁コードに背くだけでなく、この国の憲法まで愚弄するつもりか!」とイヌ族の検察官、キャンキャンと駄犬のように吠えたてる。


『この世界は、所詮、何でもアリのファンタジーRPGの世界です。国が憲法を作りたくても定めるものがないのです。それから、言葉を慎んでください。陪審員の心証が悪くなるだけです』


(そ、そうだな……)


 ――やがて弁護人ピコピコの弁論の番となった。


『被告人は幼少の頃からギャルゲーやエロゲへの依存度が高く、リアルガールフレンドにも逃げられた直後です。精神的に病んでいました。多少のヘンタイ行為にも情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地があります』


(そんな弁護止めてくれよ! 俺の黒歴史とかゲームに関係ないだろ!)


 そもそも、この法廷に至るきっかけとなった選択肢を選んだのは、アグリではなく、プレイヤーなのだ。


『残念ながら、そのように判断されることはないでしょう。あれら選択肢はアバターに蓄積された記憶や経験に基づいて内容が変化します。仮にあなたの元キャラが、純真無垢な勇者や本物の男の娘だった場合、ラミアクイーンの魅了攻撃など目にもくれなかったでしょう』


(その仮定、ズルい!)


 しかし、ここでアグリを救ったのは、敵と考えていた裁判官だった。


「被告人の黒歴史はアバターのキャラクターを知る手助けとなった。しかし、黒歴史を知られたくないという被告人の心情も理解できる。以降、検察官は被告人の黒歴史に関わる追及は止めるように」


「おお、さすがはロットネスト王国の大岡越前のかみとまで呼ばれた裁判官!」「見事なお裁きじゃ!」「よっ、大岡裁きっ!」


 この王国の法曹界ほうそうかいうといアグリはなんのことだがさっぱりだったが、名の知れた裁判官だったようだ。

 ただ、このような低レベルのセクハラ問題の裁判官を務めるぐらいだから、よほど暇を持て余していると思われる。

 一般ユーザー向けのゲームならば、裁判など必要ない。デスペナで十分だ。


「ゲーマーと呼ばれる人種は、一般人と比較して心に闇を持つ者が多いのです。かく言う私も裁判官を志すまでは、様々なジャンルのギャルゲーやエロゲ、脱衣麻雀、BLモノ、乙女ゲー、モンスター系にまで手を出しました。今では黒歴史です。ああっ、私もその洋館と呼ばれる場所へ行ってみたかった……ラミアクイーンの胸の谷間で圧迫死するなんてまるで夢のよう……」


「この裁判官、黒歴史、超引きずってるし、人間性もぜんぜんダメじゃん! ある意味、俺より酷いって!」


 ――検察官の厳しい追及もあった。


『被告人は緊急クエストの最中、全くモンスターと戦わないどころか、エログッズを集めていたという証拠があります。国の戦争の行く末を決める緊急クエストで、度し難い裏切り行為です!』


「戦闘なんて無茶だって! 俺、レベル一で農夫ですよ!」


 アグリの眼前に、ゴブリンたちから貰った『ちょっとエッチな本』『邪心像』『洋館へのご優待券』、さらににゃんにゃんストリート三番館から盗まれた『ちょっとエッチな等身大パネル』までもが並べられた。

 そして、それらをゲットした状況まで説明させられることに……。


「ゴブリンの前で裸踊りを……」「おぞましい」「この農夫こそモンスターだ!」


「いやいや、レベル一の身の上で、王国の財産でもあるお店の看板を取り戻して来たのだ。この行為は勇者とたたえるべきだろう?」


「勇者? このひまわり男を褒めるだと? 片腹痛いわぁ!」


 なにやら陪審員たちの間で雲行きが怪しくなってきた。


「知ってるぞ! お前はあの風俗店の常連客だから、これ以上の風俗規制強化に反対したいだけだろ!」


「貴様までっ! ワシを愚弄するつもりか!」


「風俗通いが奥さんにバレて離婚訴訟に持ち込まれそうなNPCに、陪審員なんて無理じゃないのか?」


「風俗通いなんかじゃない! 俺はビジネスプランナーだ! あの店の集客アイデアも俺のものだ! それを取り戻した勇者アグリの功績を評価して何が悪い!」


「私利私欲が混ざり過ぎだろ!」


「にゃん娘パブは王国一の売り上げがある!」


「コスプレ風俗店を誰に誇れるものか!」


「パブの税収でどれほど王宮と臣民しんみんが助かっているか分からないのか!」(*臣民=人民、王侯貴族以外の国民)


「臣民じゃなくて、ヘンタイだろ!」


 どうやらアグリの持ち帰ったクエストの成果を巡り、陪審員たちも二つに分かれている様子だった。

 誰一人、人質の安否あんぴを問題視しないのはどうなのだろうか。

 被告人アグリでさえ、この王国の行く末が心配になっていた。


 ――そしてついに、裁判官によるが始まった。


 どうやらこの王国の法廷は、わずか一日で結審するらしい。所詮、ゲーム世界の裁判だから仕方がないが。


「被告人は初犯であること。証人であり被害者であるムラムラ・シーラに実害がなく、むしろ喜んでいる様子が見られること。レベル一の身でありながら魔王軍の上位モンスター情報を持ち帰った功績。王国一の売り上げを誇る風俗店の看板を取り戻した実績。陪審員はそれらも加味して結審するように……」


「わ、私、セクハラで喜んでなんかいませんっ!」


 シーラさんだけは顔を真っ赤に紅潮させて訴えていたが、誰も訴えに耳を貸そうとしない。この行為も「エルフは喜んでいる」と判断されたのだろう。


(今後、どうやってシーラさんと顔を合わせれば……?)と不安になるアグリ。


 やがて、陪審員の話もまとまったのか、判決が裁判官へと伝えられる。

 被告人アグリはもちろん、検察官や証人、傍聴席のプレイヤーまでもが裁判官の一挙手一投足に注目した。


『判決を言い渡す! 今回に限り、マッパ、セクハラに関する罪状に六ヶ月の執行猶予しっこうゆうよを与える。しかし、ロットネスト王宮が管理するひまわり園を荒らした罪は大きい。よって、アバターアグリを一ヶ月の使用停止処分とする……期間は……』


「「「「「おおっ!」」」」」


 ――法廷全体から驚嘆の声が沸き上がり、第1192回ロットネスト王国プレイヤー法廷は幕を閉じた。


「王宮のひまわり園って……結局、何の審議だったんだ?」


 被告人アグリには、さっぱりの法廷だった。


  ☁


『呆気ない審議でしたね 罪状に関わる審議だけなら五分で終わりました』


「もっと弁護しろよ! 裁判官が同属でなければ、アバター抹消もあり得たぞ!」


『無理ですよ。ほとんど現行犯逮捕でしたし……』


「ところで、VRゲームの一ヶ月っていったら、一週間ぐらいか?」


『このリアルクエストの時間の流れは、エキスパート仕様ですので、五日も休めば十分かと。自粛期間中、ログインボタンを連打するのは止めてください。不正の意志があるとみなされる場合があります』


「今回の緊急クエストは失敗に終わったな……シルヴィにも謝らないと……」


 アグリはそんな嘆息をつきながら、ログアウトした。



【GAME OVER】 エロゲルートD

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る