シナリオ29


 はココからだった。


 村の倉庫内、先ほど『にゃん娘等身大パネル・レアアイテムB』をゲットしたそのすぐかたわらでNPCの子供四人を発見した。

 子供たちは皆、太い鎖で繋がれていた。これではいくらヘルハウンドの勤労意欲が低くとも脱出は不可能だ。


(でも……なぜ俺が最初に入った時に助けを呼ばなかったんだろう?)


 アグリはアイテムストレージから農具『なた』を取り出し、その鎖を断ち切った。

 これで子供たちは心身共に解放されて、アグリに「勇者様、ありがとう!」と言ってどこかへ消えていくものだと考えた。

 そうなれば、『クエスト成功』扱いとなり、面倒なはなくなる。最悪、脱出中にアグリが死んでも問題ない。

 だが、子供たちは一人も消えなかった。

 どうやら、この四人を引き連れての脱出パートが存在するらしい。


(やれやれ、子供連れとは億劫おっくうな……)と考えたものの、これがゲーム上の都合ならばプレイヤーは従わねばならない。


「ここから脱出するよ。静かに移動を……」


 しかし、子供たちは動かない。倉庫の片隅に固まったまま、ビクビクと身を震わせるだけ。

 アグリの頭上にいるモンスター――羽トカゲが原因と考えたが、子供たちの視線はアグリを見定めていた。ジィーと、白い目線で。まるで汚物でも見るような……。


(なんで? どうして?)


 アグリは誰がどう見ても農民だ。ゴブリンにまで「ヤーサイ」と言われている。

 装備『農夫のつなぎ』も農夫限定装備。下手したてに見られることはあっても、恐怖という感情とは無縁のはず。

 そして何より、この子供たちも農民の子。「白馬の王子様じゃない!」と幻滅されることはあっても、嫌われることはないと考えていた。


 アグリの元キャラである山鳥タクミは、(一部特殊な性格の者を除き)女子供から毛虫のように嫌われている。

 プロアマ混合のオープン大会でも、ゲスト出演の大会でも、女子供相手に全く容赦ようしゃしないため、「鬼畜プロゲーマー」と呼ばれていた。

 近所のJK(女子高生)など、もっと露骨だ。

 ワザと俺まで届くほどの声量で「ヘンタイ鬼畜エロゲーマーよ!」「あれが彼女にコスプレやエロゲ出演を強要している?」「その上、JKを手籠てごめにしているって噂よ」「キャー!」と騒ぎ立てる。


 しかし、この子供たちとは初対面。そんなアグリの素性までは知らないはず。農民丸出しのアグリより、(見栄えも良い)シルヴィが助けに来た方が安心するのは間違いないだろうが。


「お外でカッコ良い女騎士が待っているから……」


「ち、近寄らないで! ヘ、ヘンタイ農夫!」


 アグリが差し向けた手を必死の形相で払いのけたのは、子供たちの中で最年長とおぼしき女の子だった。

 その女の子の行為以上にショックだったのは、「ヘンタイ」の一言。

 当然であろう。ここまで苦労して駆けつけたのだから。

 仮にアグリが白馬の王子様であっても、「ヘンタイ白馬の王子様!」とか言われたら、きっと落ち込む。


「な、なんで、そんなことまで知っているの? リアル世界でもそこまで……」

 と、慌てふためくアグリ。


「だって……」「そこにあった裸の女性のパネルを……」「私たちを無視した」「ぜったい農民に化けたモンスターの仲間だ!」「エロインプ!」


 どうやらこの子供たち、アグリが最初に『村の倉庫』に訪れた時にはすでに収容されていたようだ。そして、アグリのの行為を目の当たりにした。


 不審がられても仕方がないか。

 イケメン(美少女)パーティと言えども、呼び鈴も鳴らさず勝手に自分ちに入って来て家捜やさがし――平気でタンスを開けて貯蓄していたやくそうやお金を勝手に持っていくような人間を「勇者様」とうやまいたくはない。


「アレは、パネルに魅了されて……ヘンタイになってしまう魔法をかけられていたんだ!」


 嘘は言ってない。漢ならば必ずそうなる。

 しかし、ひとたび不信感を抱いた子供たち相手に、そのような言い訳など通じない。


「絶対嘘!」「ヘンタイになる魔法なら私たちも危ないじゃん!」「ヘンタイ属性!」「自分でもヘンタイって認めてるし!」


「そ、そんな……みんな酷い! ここまで必死で助けに来たのにっ!」


 そして、アグリはとうとう泣き出した。わんわんと声を上げて。


 子供の前で泣くなどみっともないと思うかもしれないが、アバターがプレイヤーから深い悲しみを感じ取り、感情として表現しているから我慢など出来ない。

 ゲーム端末とプレイヤーの脳神経が直結されたバーチャルゲームだからこそ可能な感情表現と言えようか。


 ここで助けに入ったのは、アグリの頭上で寝ていた羽トカゲだった。

 等身大パネルに仕掛けられたトラップの時と同様に、福利厚生(?)の分野で大活躍である。


 アグリの頭上から降りて来て、落ち込んだアグリの頭をなでなで。

 さらに、子供たちに向かってペコリと頭まで下げる。まるで「僕たちは悪いモンスターじゃないよ」と訴えかけるように。


 それを見た子供たち。アグリへの不信感など消え去ったかのように騒ぎ出す。

「カワイイ!」「ドラゴンってペットに出来るの?」「私も欲しい!」と。


 つい先ほど、アグリの手を払いのけた年長の女の子でさえ頭を下げた。

「ま、まあ、少し言い過ぎたかも……ごめんなさい」と。


(おい、ピコピコ! お前、モンスターに感情表現で負けてるじゃないか!)


 アバター内に駐在し、『アグリ』の制御を行っているAI(人工知能)を𠮟りつける。

 しかし、ピコピコに反省の色はない。むしろ開き直っていた。


『私はアバターアグリの経験とプレイヤーの意志に忠実に従ったまで。子供の人気取りのために行動しているわけではありません』


 そんなアグリとピコピコの口喧嘩を知る由もない年長女の子は言葉を続ける。


「で、でもさ……お兄さんについて行くのは無理……」


「ど、どうして……やっぱり俺がヘンタイだから?」


「それもあるけど……一緒に閉じ込められていたおねいちゃんがヨーカンって所へ連れていかれたの……」


「おねいちゃん?」


「そうそう、とっても綺麗なおねいちゃん!」「取れたての白菜みたいに綺麗だった!」「ブタ顔のモンスターが連れてった!」「私たちは静かにしていないと、おねいちゃんが危ない!」「白菜漬けにされてぽりぽり食べられちゃうかも!」


 舌足らずな訴えであったが、理解できた。

 どうやら誘拐された人質は、五人だったらしい。

 しかし、人手不足を理由に、最年長だった(とっても綺麗な)女の子を洋館へと移動させた。何かしらの労働をやらせるつもりだろう。

 ただ、人形ジジイの言葉を信じるならば、その女の子に深刻な危害が及ぶことだけはないと思われる。


 それに、クエストのクリア条件である人質の数は、四人だったはず。

 このまま脱出パートへ移行しても、クエストクリアは可能だ。


 それならば、その最後の一人は何者なのか。

 エキスパート向けの追加クエスト。ボーナスゲーム。あるいはモンスターが仕掛けたトラップ。


「危険な匂いしかしないな……」


「たぶん、あの子、エルフ族だと思う……耳が……」


「助けに行きます!」


 アグリはエルフ族との相性は悪くない。否、むしろ良好な方と呼べる。

 プレイヤーギルドのシーラさんは、これまでアグリから散々セクハラを受けているにもかかわらず、未だ「アグリ君」と慕ってくれている。

 ご近所さんのダークエルフのエッちゃんも、アグリの性癖を毛嫌いするどころか、先日は農作業(害獣退治)まで手伝ってくれた。


 ここ連日、プレイヤーやカミラさん(NPC)に邪険にされ続けているアグリにとって、エルフ族は心のオアシス。一人も減らしてはならない。


「白菜のようなとっても綺麗なおねいちゃんを見殺しにするなどとんでもない! ゲーマーの腕の見せ所だ!」


  ☁


 謎の建築物、洋館への潜入を決意したアグリ。どう考えてもトラブルの予感しかしない。果たして生きて帰って来れるのか!

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