シナリオ28
「なんで村の倉庫なのかな?」
『村の倉庫』は廃棄農村の南部にある。
しかも、ゴブリン兵しか配置されていない村の出入口のすぐ近く。
悪漢どもがどこに人質を隠そうと知ったことではない、というのが普通の人の意見であろうが、ここはゲーム世界。ゲームならではの理由が存在する。
クリア可能なことが大前提で作ってあるため、突拍子もない場所であってはならない。
例えば、少人数パーティでは絶対突破できない
続編が存在してはならない理由はないが、あまり長くなりすぎてもクエストの存在意義が薄れかねない。四コマ漫画、もしくは短編小説程度の内容にまとめるのが通例だ。
特にクエストは、不特定多数のプレイヤーが挑戦するため、外してはならない鉄則というものがある。
その一つがクリアまでの目安時間。長すぎるのは良くない。
かといって、あまりに短すぎてもダメ。
今回のクエストに当てはめると、村の南部から侵入したプレイヤーが、偶然村の入口で人質を発見、そのまま脱出。という安易なループ(攻略法)が成立してしまいかねない。
ゴブリン主体の番兵や小隊など(アグリ以外では)相手にならない。ノーミスクリア前提の美味しいクエストへと成り下がってしまう。
報酬や経験値を渇望する飢えたプレイヤーたちが殺到するだろう。
ゲームクリエイターもせっかく用意したシナリオやトラップが台無しになることを恐れ、このような奇策を用いることはまずない。
そういった理由から、クエストクリア条件はある程度到達困難な場所に配置しなければならないのだ。
「君はその村の倉庫には一度入っているんだよね? 人質が囚われている場所に入るには扉の鍵とか必要だったの?」
「えっと……」
実に答え難い質問だった。
『村の倉庫』には、施錠された扉はおろか番兵さえも配置されていなかった。勤労意欲が社畜レベルにまで低下した『ヘルハウンド』が一匹寝ていただけ。
それなのにアグリが人質に気付けなかった理由は、パブの看板――にゃん娘の等身大パネルに気を取られていたから。
「きっとオラが入った後に連れ込まれたんだべ?」
「なんで急に百姓風NPC口調に変わるの? 何か隠してない?」
シルヴィのジト目がジロリとアグリへと向けられた。
こうなっては蛇に睨まれた蛙も同然。
(せっかくのお宝……にゃん娘のパネルが没収されるかも……?)
そんな不安に
古井戸で言葉を交わしたあの『ゴブリンチーフ(中間管理職)』である。
『オーガチーフ(シャチョー)』の家で発生したボヤ騒ぎの最中、読書――『ゴブリンでも理解できる人語表現1500』に熱心に視線を送っていた。
おそらく、上位種になるためのテキストだろう。
「ゴブリンだ!」
「ちょっと、君っ、なんで急に叫ぶの!」
いくら著しく勤労意欲が低下したゴブリンとはいえ、事案が発生しては仕事に戻らなくてはならない。
恨みがましい視線をアグリたちに送った後、ピィーと笛を鳴らした。
笛の音を聞きつけたゴブリンがワラワラと集まって来る。
「シルヴィさん、ゴブリンの
シルヴィへの憂慮がないわけではないが、これもクエストのため。ペナルティが大きなRPGでは、何よりも結果が優先される。シルヴィほどのゲーマーならば、この程度のうらぎり行為は容認してくれるだろう。
実際、十や二十のゴブリンなど全く相手にならないほどのステータスを有していることだし。
(パネルのことが知られたら俺の方がヤバいかも……!)
「絶対後で追及するからね!」
そんなシルヴィのセリフを背中で聞きながら、アグリは一人逃げ出した。
☼
ゴブリンたちの視線が、派手なプレイヤー――シルヴィへと集まる中、アグリは村を一気に走り抜け、再び『村の倉庫』へたどり着いていた。
扉の前には、イヌ系モンスター『ヘルハウンド×1』がぬくぬくと寝ていた。
オーガはボヤ騒ぎで奔走中、ゴブリンはシルヴィが引き付けている。
しかし、このイヌだけは鎖でつながれているため、身動きが取れない。
(誰かこのイヌも一緒に連れて行けよ! 通れないじゃないか!)と嘆いたものの、
このヘルハウンドは倉庫の中の人質を守っている、と。
『普通はそのように考えます。あのパネルをお宝と考えるのもあなただけです』
(知ってたし!)と、ピコピコの辛辣なツッコミに歯噛みするアグリ。
アグリにシルヴィを待つ時間などない。
この状況が続けば、人質の安全さえも
ボヤ騒ぎを収めたオーガたちが、人質確保に駆けつけても不思議ではないほどの時間が経過しているのだ。
シルヴィがゴブリンに負けるとは思わないが、なにせ数が違う。取りこぼした数匹がこの倉庫の見回りに現れたら、アグリのステータスでは護り切れない。
『あなたがエロパネル惜しさにシルヴィを
(マ、マズいぞ……)
愚痴を言い続けても
しかし、『ヘルハウンド』はピクリとも動かない。
尖った耳先をキョロキョロと左右に動かすだけ。
一応、「お腹空いてない?」と聞いてみたが、ガン無視された。
戦闘可能な距離まで近づくと、視界上部に濃緑色のモンスター名が表示された。
『ヘルハウンド×1』と。
戦闘職でない『農夫』アグリに、モンスターのHP詳細(最大HPや残りHPなど)は見破れない。ただし、モンスター名の色である程度までは推し量ることが出来る。
あくまでおおよその数値だが、赤色で残り10%、黄色で残り50%、濃緑色は満タン、つまりHP100%を意味する。
どうやら、アグリが与えたお肉を食べて『完全回復』したらしい。
アグリはさらに近づいてみた。
先ほど与えた『ニードルホッグの肉(1kg)』の恩恵で、ヘルハウンドがアグリに危害を与えないと信じて。
『リアルクエスト』のようなデスペナルティの大きなRPGで、このような賭けに出ることなどまずない。つまり、根拠が伴っているということ。
それは『好感度』。
一般に、ギャルゲーやエロゲに用いられるフラグ管理用の特殊パラメータであるが、この『リアルクエスト』にも隠しパラメータとして存在する。
『好感度』の数値が上がれば、プレイヤー間の装備やゲームマネーの貸し借りが可能になり、身バレ防止機能の制限も好感度レベルに応じて解除されるようになる。
プレイヤーとNPC、プレイヤーとモンスターの間にもこの好感度は存在し、好感度が上がることによって、呼び方が愛称へと変わったり、状況次第で仲間になることもあるという。
アグリの頭上の『ドラゴニュート』――羽トカゲも同じ理由で仲間になった。
羽トカゲとは、二度の
そして何より、かつて同じ社畜だった羽トカゲが、このイヌに対し、警戒する様子を全く見せない。
だから、いきなりガブリと噛みついて来ることはないと予想したのだ。
アグリの推測が正しかったのか、それとも単にヘルハウンドのやる気がなかったのかは定かではないが、意外なほどあっけなく倉庫前を通過し、扉へと行き着くことが出来た。
☼
遂に人質救出へ。アグリは子供たちのヒーローに成れるのか?
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