シナリオ12
アグリは村中央の古井戸の横に「よっこらしょ」と腰を据え、アイテムストレージから『おにぎり』を一つ取り出し、むしゃむしゃと
先ほど羽トカゲから受けたダメージを回復させる必要があったのだ。
一般人ならば、「なんでこんな臭い場所で食事を?」と思わなくもないだろうが、アグリの元キャラである山鳥タクミは元リアル農民だ。この程度の悪臭は
山鳥タクミの実家では、毎年数トンの有機肥料を牧場から買い入れ、畑で使用していた。
有機肥料は牛の糞を発酵させて作った
そんな経験があるから臭い匂いに耐性がある、という訳でもないのだが、臭いと味覚を分離させるパッシブスキルくらいは習得していた。
ただし、羽トカゲまで巻き込むのも気が引けたため、古井戸から離れた場所――農家の屋根の上へ退避してもらった。
「シルヴィとの約束とはいえ、暇だな……」
この村で一番目立つ古井戸で立っていれば、ゴブリン兵が自然と集まって来ると考えていたが、上手い具合に運ばない。
巡回中のゴブリン兵がアグリの立っている場所――古井戸の方向を確認している様子はあったが、駆けつけるどころか警戒する気配さえもない。
「やっぱり、踊るが正解だった?」
とはいえ、プレイヤーの選択肢には従わねばならないし、アグリだってこんな場所で踊りたくもない。
しばらく村の様子をボ~っと眺めていると、一匹のゴブリンがテケテケとアグリに歩み寄ってきた。
「キャキャッキャー! ゴロゴロキー!(再び出会えて嬉しいぞ! 同志よ!)」
遂にアグリがゴブリン語を理解し始めた、というわけではなく、ピコピコが同時通訳を買って出てくれた。後々尋ねられるのが面倒だっただけだろう。
「おまえ、ゲートの門番か? 俺を捕らえに来たのか?」
「キャピ? コッパケロケログースカ? パッパグルグルゲー(捕らえるだと? 俺は二十時間ぶりの休憩を貰ったんだぜ? 勤務時間外にそんな面倒事に首を突っ込むつもりはないな)」
「二十時間ぶりだと? 完全に社畜じゃねぇか……」
「コッペ、ポヨポヨ!(お前ほどじゃないさ!)」
番兵ゴブリンとの日常会話に興じていると、身の丈3mはありそうな巨大なモンスター――オーガがドスドスと足音を立てて近づいて来た。
(ヤバッ……オーガまで出て来た……!)
思いもよらない事態に完全に油断していた。
気付けばオーガの間合いに入ってしまっていた。
これでは戦うことも逃げることも出来ない。
「グォー、お前は何者だ?」
(俺は……)と返答に困窮していると、同志――番兵ゴブリンが代わりに答えてくれた。
「コッペ、ゴロゴロキー。センム!(こいつは同志です。センム!)」
どうやらこのオーガは、ゴブリンたちから「センム」と呼ばれている個体のようだ。『オーガ(センム)』というモンスターテロップが、少し遅れて表示された。
「グガァー、同志だと……コイツは今サボっていただろ。こんな使えない奴はこの組織には必要ない! 村から叩き出せ!」
「この俺を、使えないだと……?」
センムの「使えない奴」というセリフが、山鳥タクミの記憶を刺激した。
元中卒労働者である山鳥タクミには、様々な労働経験がある。その大半がブラック企業と呼ばれる場所で培われたものだった。
セクハラ、パワハラ、サービス残業、恫喝、果ては労働基準監督署に雇用状況を虚偽報告するような会社ばかりに勤めていた。
だから、多少の悪口や悪態、ハラスメントの
しかし、そんな中で一つだけ許せないものがあった。
それが、「使えない」という評価(言葉)だった。
労働の対価も満足に支払わない上に、偉そうに社畜を見下す上司がとても嫌いだったのだ。
「俺は……なんだって出来る! お前らなんかに負けないぞ!」
「グハハハ、脆弱なヤーサイの分際で、虚勢だけは立派だな!」
「くっ、虚勢なんかじゃない……」
センムの威圧に負けそうなアグリを救ったのは、またしても番兵ゴブリンだった。
「センム、コッペ、フニャラパラッパー(センム、こいつの踊りは見事でした)」
「グホッ、ヤーサイの分際で踊れるのか?」
どう考えてもバッドルートのフラグを引き当てたとしか思えない質問だった。
しかし、売り言葉に買い言葉、アグリも引き下がるわけにはいかない。
「ヤーサイにも意地がある。俺はどんな難局だって乗り越えて来た!」
(*ヤーサイ=農民。モンスター語)
「グガガ、ならば、ヨーカンへ行け!」
オーガから渡されたのは一枚のチラシ広告。『村の倉庫』で大量に見たものと同じものだった。ご丁寧に「ヨーカン(洋館)」までの簡易マップが記されてあった。
「ヨーカンへはオレが話を通しておくグォ。ヤーサイの意地とやらを見せてみろ!」
アグリは『ご優待券』を手に入れた。
☁
正規ルート? トラップ? アグリの冒険は続く。
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