シナリオ8


(仕方ないか……大抵こんな場所にレアアイテムも潜んでいるし……)


 アグリは朽ちかけた家畜小屋を覗き込む。

 すると、やはり(うわぁ、見なきゃよかったよ……)という光景が、暗がりの中で展開されていた。


 お食事中だった。

 生きているか死んでいるかさえも不明な羽の生えたトカゲを、ゴブリンが生でかじっていた。

 SEはゴブリンの咀嚼音そしゃくおんだった。

 お食事に夢中なのか、アグリの接近に気づく様子はない。一心不乱にむさぼり続けていた。


 ざっと屋内を見回したが、アイテムも宝箱のようなものも見あたらない。


(無駄足だったか……)


 実は、『アグリ』の元キャラである『山鳥タクミ』は、ホラー系ゲームには腰が重いかった。

『バイ〇ハザード』のようなアクション要素もなく、ただひたすら恐怖心だけをあおるアドベンチャーゲーム――『かま〇たちの○』『ファ〇コン探○倶楽部』などは苦手なのだ。

 先に進めばグロ展開しかないと分かり切っているのに、進まないとシナリオも進まない。「また選択肢……ラッキースケベもないのに、もうイヤっ!」という気分に陥るのだ。


 かといって、見てしまった以上は放置も出来ない。

 山鳥タクミは後に引きずるタイプ――後々、夢に出てきそうで気分が悪い。

 観なければ素通りも出来たが……。


「お前のような存在は生理的に無理!」


 条件反射だった。装備中の『熊手』を突き刺した。


『CRITICAL HIT!』の赤文字と同時に、ゴブリンの首がガラスの花瓶のごとく砕け散った。


(俺の方がグロい?)と思いつつも、気分だけはスッキリしていた。後顧こうこうれえを断ち切った、とでも言うのか。


(この感覚がホラー系の醍醐味だいごみなんだろうな……)


 そんな理解不能な感覚に身震いするアグリだった。


  ☁


 改めて薄暗い家畜小屋に目を配ると、やはりただのトカゲではなくトカゲ系モンスターだった。

 ただ、どの個体も瀕死状態なのか、身動き一つしない。体は傷だらけの上にガリガリにせ細っていた。


(なんで上位モンスターが、ゴブリンの家畜なんかに成り下がっているんだ……)


 そういぶかしんだのも束の間、だと思い至った。


 山鳥タクミは大学生かつプロゲーマーであるが、それ以前は中卒労働者だった。

 過酷な環境下での労働経験はあるし、実際、ブラック企業と呼ばれる会社にも勤めていた。

 だから、高学歴の新卒社会人がやくざ同然の組織に使い捨てにされる光景など、当たり前のように見てきた。

 好待遇、実績重視の給与査定、成長著しいベンチャー企業、次世代産業をうたった求人情報にだまされ、ひと度入社すればサービス残業やパワハラの連続。骨の髄までしゃぶりつくされる。

「お前が辞めたら他の社員にどれほど迷惑が……」「お前を育てるための研修費をどれだけ使ったと思っている! 退社するなら金返せ!」と辞意さえ受け入れられず、病気かノイローゼになるまで使い潰されるのだ。


(昔、バイト先で過労死したチーフも有名国立大出だったな……)

(一度も現場に顔を見せることがなかった幹部が葬式だけは来たし……)

(あれって絶対マスコミ対策だよな……)


 などといった山鳥タクミの過去が走馬灯のように浮かぶと、たとえ相手がモンスターといえど、情が湧くというもの。


  ☂


ピコピコ:アグリは迷っています。プレイヤーが次の行動を判断してください。


「捨てネコにエサをやるような行為は主義に反する。現代は競争化社会、弱肉強食だ!」

 そのまま立ち去る。

【シナリオ6へ】


「もしかすると、アグリの経験値の足しになるかもしれない。っちまえ!」

 でも、反撃は怖いのでモンスターをもう少し観察する。

【このまま読み進む】


「いやいや、無理だって! そんな生き馬の目を抜くような生き方は無理! 種族なんて関係ない! オラは博愛主義者だ!」

 モンスターに救いの手を差し伸べる。

【このまま読み進む】


  ☁


 アグリは、抜き足差し足、モンスターへと近づいた。

 そして、目を凝らして観察する。

 家畜小屋には五匹のトカゲ系モンスターがいたが、まだ息がありそうなのは三匹だけだった。生きているものもHPバーが赤点滅(瀕死)の上に、強固な鎖で繋がれていた。

 これなら『レベル一』アグリでもなんら不安はない。


 手が届きそうな距離まで近づくと、アグリの視界上部にモンスター表示――『ドラゴニュート×3』と表示された。

 どうやら戦闘も可能なようだ。


「ドラゴニュートだと……?」


 アグリは過去に一度、『ドラゴニュート』とエンカウントした経験があった。

 強力な火炎ブレス攻撃を持つドラゴニュートは、先の戦争イベントでも敵軍の主力兵――魔王軍の主力兵器『ジャガーノート』の砲台役を務めていた。

 そのジャガーノートの活躍で自軍『ロットネスト王国軍』の前線は崩壊。アグリが所属していた『モヒカン小隊』も、散り散りとなった。


 しかし、ただの憎き相手では終わらなかった。

 アグリと小隊長『モヒカン』がジャガーノートの破壊に成功すると、ドラゴニュートは指揮官『オーガ』に反旗をひるがえしたのである。

 アグリへのヘイトもそっちのけで、指揮官オーガを攻撃した。

 そして、アグリの危機までも救ったのだ。

 いくらドラゴニュートがオーガと同じ魔王軍所属と言えども、あまりの待遇の悪さに不満が募っていたのだと思われる。つまり社畜の下剋上。

(*戦争イベントの詳細はHELLO, GEMERSレベル23~28をご覧ください)


(どうしよう……一度は共闘した仲だし……)


(このまま討伐しても経験値が貰えない可能性はあるな……)


 アバターはAIによって管理されている。

 寄生や養殖、借り物の最強装備でパワーレベリングといった姑息こそくな手段を用いてのレベルアップはアバターに内蔵されたAIが許容しない。

 瀕死のモンスターにとどめを刺すだけでは、経験値が入らない可能性が高い。


  ☁


ピコピコ:アグリの次の行動を選んでください。


 ドラゴニュートの息の根を止める。

「経験値は無理でも、ドロップアイテムが出るかも?」

【シナリオ6へ】


 ドラゴニュートに『ニードルエルクの肉(三キロ)』を分け与える。

「こんなブラックな世界で生き延びるには、モンスターとも手を取り合って生きていくんだ!」

【シナリオ9へ】

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