シナリオ7


 何の前触れもなく、アグリの意識は覚醒を始めた。


「ここはどこだ……?」


 見覚えのない天井だった。

 神殿とも教会と呼べるような建築様式。どこからか荘厳そうごんなパイプオルガンの音色(BGM)まで聞こえて来る。

 自動ログアウトした様子はないので、アグリの意識はまだゲーム世界にあるのだろう。


 は覚えていた。

 アグリはモンスターの姑息こそくなトラップにはまり、死んだのだ。

 その事実だけは、しっかりと記憶に留められていた。


「ちくしょう……」


 悔しくないわけがない。

 山鳥タクミは、元トッププロゲーマー。MMORPGの世界における称号こそ持たないが、ノーミスクリアは必然だった。

 それがあのような古典的なトラップ――落とし穴で死んでしまうなんて……。


「ようやく目覚めましたな……勇者アグリよ」


 そんな声が体を横たえていた寝台の隣から聞こえた。


「あんたは……?」


 神官らしき外套マントを羽織った壮年の男性が立っていた。

 その隣には、その彼の秘書とおぼしきうら若いエルフ族の女性の姿も見受けられる。

 しかし、なぜかそのエルフ族の女性は、眉をひそめ、白い視線をへと投げかけていた。

 アグリの農民装備があまりに酷いからか。


「俺は……死んだのですね……」


 若い女性からうとまれるのは慣れている。

 むしろ、山鳥タクミに近づく若い女性は、『ヘンタイ』とか、『イタい』とか、『痴女』とか、世間から非難されている女性ばかり。

 最近など完全に開き直り、自分へ白い視線を投げかけて来る女性に対して、「あなたの感性はおそらく正しい」とめてやりたいくらいだ。


「そうです。あなたは死にました。現在、あなたは魂だけを呼び起こされた状態です。しかし、この世界のために戦った勇者は何度でも蘇る……多少の代償さえ支払えば……」


 VRMMORPGでの死亡経験はないが、理解だけはできた。その代償とはデスペナルティであるということに。


「あなたは、現在、死んだ状態にあります。生き返ることを望みますか?」


 死んでいる人間に生き返る意思があるか否かを尋ねる。何とも言えないとてもシュールな質問にも思えたが、それがゲームシステムならば受け入れねばならない。


「俺は……何を代償に支払えば良いのでしょうか?」


 アグリは『レベル一・農夫』。所持金『7ガルズ』。所有アイテムも『農具』や畑で採れた『野菜』、農民スキルで無限ポップする『おにぎり』だけ。命の代償となりそうな物は何一つない。


「あなたの検屍けんしはすでに終えています。ペロちゃん、生き返るための代償リストを読んで差し上げなさい」


「はい? 私がですか?」


「だって、それが君の仕事でしょう?」


「この人の持ち物だけはイヤ! セクハラで訴えますよ!」


 何やら、神官とうら若いエルフ族の女性(以下ペロちゃん)との間で、激しい言い合いが始まった。

「セクハラ」とか「パワハラ」とか、「王室労働基準監督室に訴える!」といった物騒な言葉まで飛び交う始末。


「まあまあ、ここは穏便に……」


 二人の間の険悪な雰囲気をとりなそうとするアグリに対し、ペロちゃんの白い視線が再び向けられた。「お前が原因だろ!」と言わんばかりに。


(なぜ俺?)と首を傾げた直後に気付く。


 アグリは寝台の上で、『ちょっとエッチな等身大パネル・レアアイテムB』を胸に抱いていた。(*現在のアグリは魂です。幽体離脱するように死体を俯瞰ふかんして眺めることが可能です)


 これにはさすがのアグリもビックリ。

 ペロちゃんから白い眼を向けられていた理由も、このエログッズが原因だろう。


 かく言うアグリも、路上に成人男性が風俗店の等身大パネルやエロゲの抱き枕を抱えて倒れていたら、きっと躊躇ちゅうちょする。

 見捨てることはないと思うが、救急車を呼ぶ前に警察へ通報する。

「ヘンタイが路上で寝てます」と。


 とはいえ、アグリにだって言い分はある。

 アイテムをゲットした直後に死んでしまったため、アイテムストレージへしまい忘れたのだ。


「ペロちゃん、早くなさい。このままだと彼はゾンビ化してしまう」


「マ、マジですか! その代償を早く教えて!」


 ペロちゃんも観念したのか、リストを読み上げ始める。エルフ族の特徴的な白い顔と長い耳を真っ赤に染めながら。


「ヘンタイ勇者アグリ、あなたの持ち物で換金できそうなアイテムは……ククリナイフ、黄金のすき、木綿の……ふっ、ふんどし、それから今回のクエストでゲットした……エ、エロ、グッズ……」


「ペロちゃん、どうしたのです! 最後までしっかり読み上げなさい! この神殿に響き渡るほどの大きな声で! それが君の仕事ですよ!」


(その命令はアウト! セクハラ強要だろ!)


 シーラさんを例に挙げるまでもなく、このゲーム世界のエルフ族は純真な心を持つ。下ネタやエロトークが大の苦手なのだ。


「使用済みの木綿のふんどし一枚! ネコ族キャバクラ店のセクシーコスチューム看板一ケ! ボンテージオークのヌードグラビア一冊!」

(*ちょっとエッチな本・レアアイテムAを入手しなかった読者様はスルーしてください)


「「おおっ~!」」


 神官とアグリは思わず声をそろえ、パチパチと拍手までしてしまった。

 人間やる気になればなんだって出来る。ペロちゃんは人族ではなくエルフ族であるが。


 ペロちゃんの追加説明によると、農具や農民装備の大半は農業ギルドからの無料支給品であるため道義上の理由から換金不可。

 ククリナイフや黄金のすきも売りに出すと『レアアイテム』表示が消えてしまうため、よほどのことがない限り、売りには出せないという。

「基本、プレイヤーにリアルクエスト復帰の意志がある場合は、レアアイテムの売却は認められません」とのこと。

 ロットネスト王国の戦力ダウンを危惧きぐしての措置だそうだ。


「クエストでゲットしたエログッズは売り物として理解できるとしても……なぜ、俺の木綿のふんどしは換金可能なのです? アレも初期装備、無料支給品ですよね?」


「ええっ! それは……そんなことまで説明するなんて……!」


 言葉を詰まらせるペロちゃん、とうとうフロアに屈服し、動かなくなってしまった。そしてポツリと一言。

「もうこの仕事辞めたい……」と。


「勇者アグリよ……その質問はNPC女性に対するセクハラですよ。自重してください。まあ、私もノーマルなおとことしてその疑問も理解できなくはありません。実は需要があるのですよ……ただし、転売する時は、勇者アグリの顔写真をセッ……」


「それ以上、説明しなくていいから! 俺のふんどしは絶対に売りませんからね! 顔写真まで一緒とか、死んだ方がマシだって!」


「あなたはもう死んでます」


「そういう意味じゃないって!」


 そして、心の底からペロちゃんにびた。

「変な質問をしてごめんなさい」と。


「ところで……これらのエログッズには、隠された希少価値があるのですね?」


「いやいや、そこまでだいそれた価値などありませんよ。そのパネルに記されている、にゃんにゃんストリート三番館から盗難届が出ているのです。返却すれば謝礼がいただけますので、その謝礼をあなたの蘇生費用に充てるのです」


(お前ら本当にNPCかよ!)(公共料金の取り立ての方がまだ可愛げがあるぞ!)と思ったのは言うまでもない。


「まあ、あなたの命がそれだけ安いということです。具体的には、イヌネコの去勢手術と同じくらいの料金で生き返らせることが可能です」


「その最後の例え言う必要ある? 気分的にも超ビミョーだよ!」


 神官の歯に衣着きぬきせぬ物言いに憤然としたが、確かにアグリは『レベル一・農夫』。命の代償はとても安そうだ。

 某名作RPGの世界でも、たとえ王子や王女、勇者という身分であっても、レベルが低ければ10Gや20Gという安値で蘇生できるのが通例だ。

「俺の命ってこんぼうの半分以下かよ!」と嘆いたゲーマーもきっと多いはず。


「そういえば……なぜ、俺を勇者と呼ぶのです? 果敢に緊急クエストに挑み、勇猛に死んだことで農夫から勇者にランクアップされたとか?」


「確かにあなたは勇猛に死にました。しかし、その程度の武勇伝で勇者を名乗れるほどこのゲーム世界は甘くありません」


「では、なぜ?」


「それらエログッズのために命をけるような人物を、私は勇者以外の言葉で言い表すことは出来ない……」


「ヘンタイ勇者!」


 とペロちゃんからは罵声が……。


(もう嫌っ! このゲーム辞めるっ!)


  ☂


【GAME OVER】 無気力死亡ルートA

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