シナリオ6
アグリが家畜小屋を通過し、その隣の建物――村の倉庫の裏を通り抜けようとした時、ある存在に気づいた。
(番犬かよ……面妖な……)
ホラー系、特に脱出系ゲームでは、定番と言えば定番か。
不審者が近づけば、ワンワンと吠えたてる。匂いや足音に反応する生物系パッシブレーダーとでも言うのか。
この手の存在を放置しておくと、後々、難儀することになる。追跡能力が高く、足も速い。
アグリが人質を連れて脱出することを前提にするならば、ゴブリンやオーガ以上の脅威になりかねない。
(しかし、俺の役目は
そもそもアグリが戦って勝てるようなモンスターでもないだろう。
目を凝らして観察すると、『ヘルハウンド×1』というモンスター表示が出た。
ファンタジーゲームではお馴染みのイヌ系モンスター。得意攻撃は火を吐くこと。
「無理だって……勝てるわけがない……」
嘆息と同時に愚痴までこぼれ出る。
となると、『逃げる』以外の選択肢はないのだが、大抵、匂いとか足音でバレる。これはファンタジーゲーム以外のフィクションでもお約束だ。
ただ、ありきたり過ぎてつまらない。だからゲームクリエイターも何らかの攻略法を準備する。『お肉』とか……。
そして、アグリも高級肉『ニードルエルクの肉』を持っている。
「死に確の役目で消費アイテムなんて使えるかよ……」
悩んだ挙句、ヘルハウンドを無視して進むことに。
しかし、アグリがヘルハウンドの視界内に足を踏み入れた直後、二つの赤い瞳がギロリと向けられた。
(や、やっぱり気づいてますよね……)
ヘルハウンドはその場から一歩も動かない。
しかし、アグリもまた動けない。特殊攻撃を食らったわけではない。蛇に睨まれた蛙とでもいうのか。レベル差による
アグリのゲーム勘がビンビンに危険を告げるのだ。
「お前はもう死んでいる」と。
「そ、そうだ! コレはいかが?」
アグリはアイテムストレージから『おにぎり』を一つ取り出し、ヘルハウンドの鼻先へ放った。
ヘルハウンドは鼻先をクンクンと寄せただけで、『おにぎり』に無関心。
再び地面に寝そべってしまった。つまらなそうに。
アグリはその光景を見てすべてを悟った。
「おまえも社畜なんだな……」と。
よくよく見ると、首には黒い大きなイガイガのカラー(首輪)が装備され、太い鎖に繋がれていた。体もあばら骨が浮き出るほど
きっとオーガやゴブリンから満足な報酬(食事)を与えられずに働き続けているのだろう。
ただ、肉食だから『おにぎり』は食べなかった。もしくは格上モンスターとしてのプライドが邪魔したのか。
かくして、難局を乗り越えたアグリであったが、それはまだ
次なるトラップが待ち構えていた。
否、トラップかどうか定かではなかった。一見すると、ご褒美に見えなくもなかったのだから。
ちょっと小奇麗に整理された倉庫の奥に、にゃん
(*にゃん娘=ネコ族の若い女性。アグリの大好物)
「にゃん
アグリが興奮するのも無理はない。
アバター『アグリ』の性格(性癖)の元である山鳥タクミが、半生を捧げた格闘ゲーム『ファントムセイバー』に登場する『キャットウーマン・ファリス』と瓜二つだったのだから。
決して、にゃん娘のちょっとエッチなコスチュームに
「なんで……こんなところに……」
アグリはフラフラと、まるでにゃん娘に魅了されたかのように倉庫に足を踏み入れる。
「俺は……夢を見ているのか……」
大切な持ちキャラがこのような廃村の倉庫に埋もれて朽ち果てて行くなど看過できるはずもなかった。
にゃん娘に完全に魅了されてしまったアグリは、いかなる操作も受け付けない。言動を制御するAI(ピコピコ)の言葉さえも耳に入らない。
魅了状態に陥った時は、横っ面を叩いてくれる仲間がいれば良いが、アグリはソロプレイヤー。このゲーム世界にネトゲ友達など一人もいない。
パーティメンバーであるシルヴィとも、(仮)の上、作戦上の都合で別行動なのが致命傷となった。
フラフラと歩み続けるアグリ。無防備に近づいているというのに、ピクリとも身動きしない『ファリス』を
『ファリス』に手も届こうかという距離に達した時だった。
倉庫の外から「ワォ~ン、ワンワン!」というヘルハウンドの鳴き声が耳に飛び込んできた。
「な、なんだ! 敵か?」
アグリに対する攻撃とも警戒とも思えない鳴き声。
だが、アグリを目覚めさせるという意味では、十分だった。
「こ、これは……俺のにゃん娘……ファリスなんかじゃない!」
パネルだった。
『キャットウーマン・ファリス』とそっくりのコスチュームを着たネコ族の女性の等身大パネル。
「こんなの俺のにゃん娘じゃない! コスプレ写真だ!」
『ええ、そうでしょうとも……誰が見ても、これはただの看板です』
パネルの下部には、『にゃんにゃんストリート三番館・あなただけのにゃんにゃんイベント連日開催中! 新人にゃん娘入りました!』としっかり記載されていた。
興奮のあまり、アグリは見落としていたのだ。
『それで、そのパネルをどうするつもりですか? 軽いのでアイテムストレージには収納可能ですが……よもや……』
アグリは『ちょっとエッチな等身大パネル・レアアイテムB』を手に入れた。
『そんな風俗店の看板を取得してどうするつもりですか……粗大ゴミですよ……』
「俺のにゃん娘とそっくりのパネルを粗大ゴミとか言うなよ! それに、盗難品かもしれないだろ! イヌ族のお巡りさんに届けないと!」
『童謡の世界ではないのですから、イヌ族のお巡りさんなんていませんよ……』
そんな会話を繰り返していると、再びヘルハウンドの「ワンワン……」という鳴き声が耳に届いた。
「さっきから外が騒がしいな……一体なんだ……」
アグリが周囲を警戒した時には遅かった。
足元の床がパックリと開き、アグリの体は暗闇へと吸い込まれたのだ。
「落とし穴かよっ!」
アグリの体は暗闇の底へと叩きつけられ、HPバーが大きく揺れた。
一瞬にしてアバターの視界は赤いエフェクトに覆われる。
「こ、こいつは……致命傷か……」
『ええ、もう助かりませんね……ここには毒の罠も仕掛けられてあります……アグリのステータスではもって数十秒かと……』
「そうか……俺もとうとう死ぬのか……最後に教えてくれ……あのイヌは……ヘルハウンドはなんて言ってたんだ……」
『タケノコおにぎり、うまいワン。倉庫には落とし穴があるから注意するワン、と言っていたようです。あのモンスターがトラップを作動させたわけではないようです』
「そうか……喜んでくれて良かった……これで俺も戦士として死ねる……」
『あなたは誰とも戦っていません』
☂
ピコピコ:農夫アグリは死にました。
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