シナリオ5


 村の垣根の周囲をぐるっと探索すると、大人一人がなんとか四つんいで通過できそうな《ほころび》を見つけた。


(少しカッコ悪いが、通過後のルートが断然有利になるからな……)とは、決して逃げ口上ではない。


 垣根をハイハイで通過し、納屋が立ち並ぶ狭い通路へと出た。

 その通路を北へと進むと、家畜小屋がある。

 家畜小屋裏の裏には狭い路地があり、さらに北へ進めば、村の中央――古い井戸がある場所まで到達できる。

 そこまでは村を取り囲む山の稜線から確認できていた。


(井戸まで戦闘なしでたどり着ければ上等だな……)


 村の中心で騒ぎ立てれば、侵入者(アグリ)の存在が村中に広まるのは一瞬だ。村中のゴブリンがワラワラと「なんだなんだ」と集まって来るだろう。

 井戸の北部は、ゴブリンの他に巨大なオーガも加わる。潜入難易度は格段に跳ね上がり、今のアグリのステータスではかなり荷が重い。


 アグリはシルヴィに提案したように、人質の確保まで実行可能と考えていなかった。

 そうとでも言わなければ、シルヴィは納得しなかっただろう。


 これはデスペナ覚悟のなのだ。


  ☁


(あまりぐずぐずしていられないな……)


 シルヴィよりもアグリのスタート場所の方が圧倒的に近い。

 しかし、二人のステータス差――移動スピードを加味すると、既に待機地点に到着していても不思議ではない。

 アグリが人質確保に手をこまねいていると、しびれを切らしてシルヴィが突撃してくる可能性がある。


(いや……可能性じゃないな。なら絶対そうなる)


 だからこそ、この作戦は本当の意味で賭けだった。

 シルヴィが樹海のぬし『ゴライアスワートホッグ』との闘いのような自己犠牲心(社畜精神)で戦うつもりならば、アグリの立てた作戦など従わないだろう。


 アグリは納屋や樹木の陰に身を潜めつつ、村中央の井戸を目指した。

 ゴブリンは大勢いたが、誰一人アグリの存在に気付いた様子はない。


(楽ショーだな……)


 こういった行為は子供の頃から慣れっこだ。

 むしろ、自宅に帰宅する時もわざわざこういった面倒なルートを選んでいた。

 アバター『アグリ』の人格の元となった『山鳥タクミ』は、実家の家業である農業を嫌っていた。

 小学校が終わると、父親から農作業の手伝いを命じられるので、隠れながら帰宅していたのだ。


(ここも楽ショー。大通りからの視線だけに気を配れば……)


 納屋が立ち並ぶエリアを通過し、家畜小屋の集まったエリアへと入った。

 ここにも巡回するゴブリン兵を見かけたが、巡回パターンは山の稜線から観察して完全に見切っていた。


(残るは家畜小屋……ココもただ裏を通過するだけで……)


 しかし、足が不意に止まった。

 家畜小屋の中にいたのだ。

 オーガともゴブリンとも異なる異形のモンスター。

 ただ、死んでるのかピクリとも動かない。


(お、脅かすなよ……)


 廃村の家畜小屋だけに、動物の死体とか残っていても不思議ではない。

 ゾンビ系モンスターとのエンカウントも考えられる。

 そうなると、『レベル一・農夫』では苦戦は必定。


 全く動かないことに安堵しながら、家畜小屋の横を通過した。

 しかし、再び足が止まった。


 今度は音だった。

「くちゃ、くちゃ」と何かをしゃぶるような、むさぼるようなSEが耳に届いたのだ。(*SE=サウンドエフェクト、効果音)


 大抵、この手のSEをゲーム世界で使用する時は、グロ展開が待ち受けている。

 そして、恐怖心や好奇心に負けてのぞいてしまうと、フラグ成立。トラブルまっしぐら。


 かといって、ゲーマーならば危険を承知で踏み込まねばならない時もある。

 危険を回避してばかりでは、アバターも成長しない。


  ☁


ピコピコ:アグリに迷いが生じました。選択肢を選んでください。


 家畜小屋を確認する。

「ホラー展開は大好物!」

【シナリオ8へ】


 無視する。

「無理無理無理……グロいのも怖いのきらいっ! かわいい女の子が登場しないゲームなんてゴミ!」

【シナリオ6へ】

(*カッコ内のセリフはAIによる行動予測です。確定ではありません)

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