第720話:打ち砕く意志(7/7)

『ムラタ君、リノ嬢……感謝するよ。これは、いくさが変わる!』


 フェクトールの、高揚する心がびりびりと伝わってくる、そんな叫び声だった。


月耀げつよう騎士団、散開!』


 謀ったかのような──実際にそうだったのかもしれない──号令と、即座にパレードの行列が網を広げるかのように展開されてゆく。


『あの時、騎士といえば威風堂々と突撃させることこそが本領だと思い込んでいた私だが、それによってザステック大隊を失いそうになったこと、そして君が指揮を執った第四四二戦闘隊のやり方から、突撃が全ての騎士団はもはや使えないのだと痛感してね』


 おそらく、リノの視界を利用しているのだろう。フェクトールは小グループに分けた騎士たちに、どこに、何がいるのか、次々に指示を出していく。


 自身を囮とし、そこにめがけて襲ってくる奴らと、さらに時間差を置いて動き始めた奴らを、騎士団の面々は、次々と捉えていく。怒声と悲鳴が交錯し、フェクトールを呪うような叫びが上がる。


 ただ、このパレードを穢さないようにするためだろうか。騎士団の者たちは、あくまでも、連接棍フレイル砂を詰めた革袋ブラックジャックのような鈍器、あるいは盾殴りシールドバッシュで無力化していく。

 なんだか、機動隊に制圧されていく過激派、といったようなありさまだった。


 もちろん、殴られた方はたまったものではないようだった。次々に動けなくなって、悶絶しながら地面に転がされる輩が増えていく。おそらく、強烈な打撃による骨折などのせいだろう。人間は別に両断されなくとも、足の小指一本折れただけで動けなくなるものだから。


『なぜ分かった、だと? むしろ、なぜこちらが分からないと思っていたのだね?』


 フェクトールは、捕らえられ路面に転がされた男を見下ろす。


 リノの位置からでは、フェクトールの姿は人差し指の爪の先程度の大きさにしか見えない。だが、その声から、ひどく怒りを感じ取ることができる。


 その時だった。

 近くの家の中から、女が一人、飛び出してきたのだ。


「……フェクトールっ! 右だっ!」


 俺は思わず叫ぶ。フェクトールが右を向こうとしたときだった。

 女が何かを叫びながら、何かを投げつける!

 そばにいた騎士が止めようとしたがもう遅かった。


 殴りつけられた女が、その直前に投げつけた、なにか。それが、妙にゆっくりと、フェクトールの元に飛ぶ。


 石か?

 それとも?


 フェクトールのかたわらにいた騎士が、素早く射線上に割って入ると、盾を構えてはじき返す。


 その瞬間だった。

 目を灼く赤い閃光。


 飛び散る火花と、なぎ倒される人々と、そして遅れて届く爆音と……!


 火薬の爆発とはどこか違う、奇妙な「爆発」だった。

 なんというか、火の持つエネルギーが一気に膨張したかのような、赤い光の粒子が飛び散るような、そんな爆発だった。赤い光の粒子が炸裂して飛び散り、その飛びった先でさらに連鎖的に炸裂し、赤い光が飛び散ってゆく。


 人々が赤い光の炸裂によってなぎ倒されたり、飛び散った光に焼かれたりして、巻き込まれた人々──倒れている鉄血党の連中と思われる奴らの服やら外套やらに着火し、奴らが炎に包まれ転げまわるのが見える。

 騎士たちの赤いマントにも引火したようだが、彼らは素早くマントを外して事なきを得ているようだった。


 投げつけた女も、無事ではすまなかった。

 すさまじい勢いで燃え上がる、長い髪。顔を押さえて地面を転げまわる姿に、ワンテンポ遅れて響いてきた絶叫。思わず目を背けようとしたけれど、目の前に映る映像は消えてくれない。リノが、俺の指示を忠実に守って、目をそらさずにじっと見つめているからだろう。


 女が引き起こした、その惨劇の一部始終を。


 爆発の連鎖は収まっていたが、あれが液体燃素ヒドロジストンというものの爆発なのだろう。裏切者のフェルテルが言っていた「壁に囲まれた狭い場所ではとんでもないことになる」とはどういうことなのか、よく分かった。


 爆発の連鎖が連鎖を呼び、恐ろしいことになる──昨夜の、家の一階を吹き飛ばした事故は、おそらくそれで、恐ろしい威力を生み出してしまったのだ。


「……そうだ! おい、フェクトール! 無事か!」


 遠目では倒れているように見えるが、どんなダメージを負っているのかが分からない。彼はあくまでもリノの視点を共有しているのと、俺のチャンネルに割り込みをかける形で音声だけを共有しているだけに過ぎないのだ。彼が今、生きているのか死んでいるのかすら分からない。


 おい、お前!

 天から二物も三物も四物も与えられた、天のひいきの引き倒しみたいなクソ野郎!

 お前だよフェクトール! 死んでたら返事しやがれ! 生きてても返事しやがれ!

 ミネッタもミネッタに産ませた赤ん坊も、お前が幸せにするって言っただろうが!

 おい返事しろって言ってんだろ、新年早々酔っぱらって道で寝るな、無責任男め!


『だ、だんなさま? ちょっとその、言い過ぎかなーって、ボク思うの……』

「いいんだよ、本当のことなんだから! おいフェクトール! いつまでも死んだふりしてねえで、いい加減に──」


 言いかけた時だった。

 何名かの騎士たちに囲まれていたフェクトールが、ゆっくりと体を起こしたようだった。

 ──よかった! 生きていた、あんちくしょうめ!


『……やれやれ、私はこれでも貴族なのだよ? 不敬罪で、無礼討ちにされてもおかしくないって、分かっているのかい?』

「うるせえ、人類皆平等だっ! この世は老いも若きも男も女も……じゃない、人種信条性別社会的身分または門地により……ええとなんだっけ、とにかく差別されないんだよっ! そんなことよりとっとと立て! あんたが指示を出さなきゃ、そこの惨状が何ともならないんだよっ!」




 さすがに彼も指揮官だけあって、目を覚ましたあとは状況を把握したのか、こちらが特に何かを助言するまでもなかった。一応、状況は説明したが、原因究明よりもまずは爆弾テロによる負傷者の回収と、健在な者たちによるテロリストたちの捕縛を進めた。


 そのあと、自分が投げつけた液体燃素ヒドロジストンの手榴弾で自爆する羽目になった女も含め、その場にいたテロリストたちは全員が捕まった。そのため、リノには警戒をさせつつも、連中の声が聞こえるところまで移動をしてもらった。


 鉄血党員たちは、事前に計画が漏れていたかのようなフェクトールの動きに、お互いがお互いを口汚く罵り合っていた。もっとも、奴らはリノという優秀な斥候が高みから監視していたことなんて、気づくことすらできなかっただろうからな。情報を制する者は、いつの世も強いんだよ。


 それにしても、本当に醜い連中だ。特に液体燃素ヒドロジストンを投げつけて、結局フェクトールの暗殺に失敗した女性に対しては、自分たちも巻き添えを食らったということもあって、その言葉の卑しさは別格だったようだった。


 この世界の言葉についてはまだまだ不慣れな俺のために、リノが一生懸命伝えてくれていたのだが、俺は途中でやめさせた。聞くのも堪えがたいのに、それをわざわざ言わせるなんて、リノが可哀想だったからだ。


 どんな打算によって結ばれた連中なのかは知らない。だが、互いに責任をなすりつけ合い、憎しみ合うのは、本当に醜いと思った。


 そして、そんな連中の起こした騒動を、少なくとも死者を出さずに打ち砕いたフェクトールの騎士団に、あらためて凄みを感じたのだった。




 想定外のハプニング──と言っていいのか、それとも織り込み済みのイベントだったのか。鉄血党のテロリストどもは、なぜか・・・周到に用意されていた縄で縛り上げられて、そのまま議会庁舎前まで連行されていった。


 騎士たちのほうにも負傷者は多かったが、その誰もが、使命を果たしたという誇りに満ちた顔をしている。彼らは群衆の拍手喝采を浴びながら、庁舎前にずらりと整列した。


『少々連中も過激だったが、これくらいのほうが娯楽になるのだよ。君は知らないようだが、王都でも地方でも、犯罪者の公開処刑は娯楽なのだからね』


 そんな娯楽、いらない!


『さて、そろそろ仕上げだ。君の、一つ目の出番だぞ』


 そんなにあっさり切り替えるなよ!

 そう心の中で文句を言いながら、俺は塔にこもるメンバーに呼びかける。昨夜の騒ぎによって睡眠時間はほとんどなかったが、昨日までに修理して調整した鐘は、きっと良い音を響かせるはずだ。


 朗々と新年の挨拶を語るフェクトールの言葉をよく聞き、彼の姿をリノの目を通して確かめながら、メンバーにそろそろだと告げる。


『それでは、オシュトブルグの市民諸君! 早速に恐ろしい試練を、我々は皆と共に乗り越えることができた! 今年もいろいろあろうが、我々は、皆と共にどんな試練をも乗り越えてみせよう!』


 ──いまだ! 鐘を鳴らす仕組みは大掛かりなだけあって、チェーンを引き始めてから、鳴り出すまでに若干のタイムラグがある。しゃべり終わってからチェーンを引き始めては、間抜けな間が発生してしまうのだ。


「よし、鳴らせ!」


 合図を送るタイミングは完璧……の、はずだった。

 隅のほうから歩いてくる女! おい、なんだアレ!

 このタイミングで花を渡すなんて聞いてないぞっ!


 おかげでフェクトールの『この新年を、皆で祝おうではないか!』のセリフが完全につぶれて、女が花束を渡した瞬間に鐘が打ち鳴らされ始めてしまったじゃないか!


 しかし、今さら止めることもできない。


 カローン、カロカローン

 カローン、カロカローン


 鐘の音のすさまじい反響に、頭が痛くなる。それはリノも同じだったようで、どうも遠耳の耳飾りを慌てて外してしまったらしく、目の前のフェクトールたちの映像が、大きく乱れて消えてしまった。


 職人たちは、打ち合わせ通りに鐘を打ち鳴らすことができて歓声を上げている。確かにうまく、俺の言ったタイミング通りにならせてくれた。その点は完璧だった、まさに職人の仕事だった。


 それにしてもなんだったんだ、あの女! あのおかげで、綿密な打ち合わせと、俺たちの完璧な仕事が台無しになってしまったじゃないか!


 映像が乱れて途切れる前、フェクトールと抱き合っていたように見えたのが、一層腹が立つ!

 フェクトールの奴め! そんなに女にモテる様子を見せつけたいか! 女とイチャイチャするなら、せめてこっちの仕事が終わってからにしろ!



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