第719話:打ち砕く意志(6/7)
ドンドン、ドンッ!
昨夜の大騒ぎなど素知らぬ様子で、パレード開始を知らせる花火が打ち上げられた。俺たち鐘塔詰めのメンバーには見ることができないものの、第三番大路──街道に面する、もっとも大きく人通りも多いこの街のメインストリートを、城内街三番門前広場から、城内街のほぼ中央に位置する議会庁舎に向けて練り歩いてゆく手筈になっている。今は、ずらりと並んだ騎士たちのお披露目みたいな時だろう。
新年のパレードだ。といっても、俺は初めて見る。去年の新年には、そんなことにうつつを抜かしているような余裕はなかった気がする。
……いや、今年もそんな余裕、無かったけどさ。まさかパレードの締めくくりに鐘を打ち鳴らす役目として、庶民の建築士でしかない俺が配置されるなんて、誰が想像するんだよ!
フェクトールが貴族らしからぬ義理堅さをもっているってのは分かったけど、俺を当事者に組み込んで「お礼だよ」って、どう考えても罰ゲームだよ。
と、そのときだ。
まるで屋根の上からドローンを使って、三番門前広場に集う騎士たちの様子を見下ろしたかのような半透明の映像が、自分の視界に割り込むように広がった。
『だんなさま、見える?』
「ああ、よく見えるし、よく聞こえるよ」
いよいよリノが、「遠耳の耳飾り」を身に着けたようだ。パレードの道の脇に立ち並ぶ家から下を見下ろすリノの視界が、俺にも伝わってくる。道の両端に街の人間が立ち並び、窓からも見下ろしている人々がいて、大変な賑わいようだ。
そして、新年の朝日を受けて光り輝く、さまざまに意匠を凝らした鎧を身につけ、フェクトール公の軍服と同じ鮮やかな赤いマントを翻しながら馬に乗る騎士たち。
その騎士たちのそばに控えるようにして、槍を持って整然と胸を張って並んでいるのは従兵たちだ。彼らの槍の刃の付け根にはやはり赤い布がひらめき、フェクトール公の騎士団であることを主張しているようだ。
そして、
「リノ、ありがとう。今日はリノの目が、とても大事な役割を果たす。頼んだよ?」
『うん! ボク、だんなさまの──街のみんなのお役に立つよ!』
「そうだな……」
言いかけて、いい子だと続けようとして、そして、気が付いた。
「……リノ、今、『街のみんなの』……って、言ったか?」
『うん、言ったよ? ……だんなさま、ボク、なにか、いけないこと言った……?』
不安げな声に、俺は胸が締め付けられる思いだった。
変な誤解をさせてしまった、申し訳ない、と心の中で謝っておく。
「いいや。リノが、『街のみんな』のために『お役に立つよ』って言ったのが、うれしくてな」
『うれしい? どうして?』
「リノが、俺たち家族だけじゃなくて、外の人たちのために役に立ちたいって言ってくれたからさ」
いつも、『だんなさまのお役に立つよ!』が口癖だったリノ。それが、俺以外の人のために働きたいと言い出してくれるなんて。彼女の成長が感じられて、胸が熱くなる。
「リノ、さっきも説明したが、前にゲシュツァー氏の家に乗り込んだ時と同じだ。リノが見たり聞いたりしたことを、冒険者さんの水晶玉を通して、フェクトール公にも繋げている」
『うん! 分かった!』
リノは、元気な返事をしてみせた。
まるで耳元で炸裂したかのような、元気な声だ。これを聞いているフェクトールはどんな気持ちなのだろう。
「なにも起こらないのが一番だが、万が一のときには、リノの目が大変な力になる。パレードについて動いているとか、列に飛び込もうとしているとか、変な箱が置いてあるとか、とにかく何か気になることがあったら、変に考えないで、すぐに知らせてほしい」
『うん、がんばる!』
リノと俺が耳に着けている「遠耳の耳飾り」は、俺とリノとの間隔を繋ぐ魔装具だ。相性が良ければいいほど、リノが見たものが半透明の映像となり、まるでゴーグルに映し出したかのように視界に広がる。相性が良ければそのぶん、視覚や聴覚など、様々な感覚を、より鮮明に共有できるようになるのだ。
ただし、触覚や痛覚なども共有してしまうため、片方が大きな怪我を負ってしまったりすると、その痛みをも共有してしまう。
俺とリノのように、感覚共有の度合いが極めて高い場合、それだけ鮮明な感覚を共有できるが、リノの身に命に関わるような重大な何かがあった場合、下手をすると俺も命を落とす危険があるのだ。
便利だが危険でもある、諸刃の剣と言える道具だが、他に、離れた相手と意思疎通をするための手段がないこの世界では、その便利さは何物にも代え難い。
すると、フェクトールの声が響いてきた。
『これは、なかなか扱いが難しいね。ものが重なって見える。私は地上にいるのに、地上にいる私を、私が見下ろしているかのようだ。ムラタくん、よくこんなものを、君は使いこなせているね』
リノが聞いた声が届いたのではない。フェクトールが話しているのだ。うまく接続できているらしい。声は雑音混じりでやや聞き取りにくいが、聞こえないことはない。
「慣れですよ。万が一の時のためです。そのまま耳飾りを着けておいてください。リノが上から見ていますから、不審な人物に気づいたら、ご自身の身を守るように行動をお願いします」
『やれやれ。せいぜい気をつけることにするよ。しかしこれは厳しい、酔ってしまいそうだ』
フェクトールからの通信が切れる。いよいよパレードが始まるようだ。
白銀の鎧に真紅のマントをなびかせるフェクトールが、ゆっくりと馬を前に進めてゆく。
鉄血党の連中の企みがすでに粉砕されていることを祈りながら、俺はリノから送られてくる華やかな行進の様子を見つめていた。
華やかなパレードが続く。道の端にずらりと並ぶ人々は、どの顔も晴れやかで、この街におけるフェクトールの人気を、改めて思い知る。
……あれだけのイケメンで、身長も高く、騎士としてもそれなりに強くて、おまけにサラブレッドの血筋ときたものだ。人気があっても当然だろう。
『だんなさま、あれ、何かな?』
天から二物も三物も四物も与えられた羨ましい奴め、と思いながら様子を見ていると、リノが指を差した。
スマホやタブレットみたいに
『ずっとついてくるみたいなの。なんだかボク、気になって』
「何か仕掛けてくるような様子はなかったか?」
『分かんない。でも、広場からずっとついてきてるの』
仕掛けてはこない、だがずっとついてくる。確かに気になるといえば気になる。
「……だそうだ、フェクトール公。どうする?」
フェクトールも「遠耳の耳飾り」を着けている以上、俺たちの今の会話は当然聞いているだろう。
『ふむ。君たちは気になるんだね』
「そうだな。気になると言えば気になる」
『分かった。対処してみよう』
フェクトールは、そう言って通信を切る。対処って、なにをするのだろう。このパレードを中断するようなことはできるのだろうか。パレードは、予定通りの行進を続ける。しばらくすると、リノの視点が動いた。例の、パレードと並走する奴の方に。
『だんなさま、あれ!』
リノが指を差す方に目を凝らすと、胡麻粒みたいな人の影が、
『やあ、本当にこの「遠耳の耳飾り」というのは便利だね。ちょっと遠目で分かりにくいが、確かに部下が捕らえたようだ』
「やっぱりあれは鉄血党の連中だったのか?」
『それはこれから調べてからだね。しかし、連中も本当に懲りないな』
フェクトールは、自分がテロリストに狙われているようだというのに、実に楽しそうな声で話す。
『楽しそう? そうかい? だとしたら私は、きっとこの状況を、自分が思っている以上に楽しんでいるのだろうね』
冗談じゃない。命を狙われているかもしれない状況を楽しむなんて。以前、奴隷商人の生き残りだかなんだかに狙われた時の、あの、ねじれた刃が腹に食い込んだ時の感触がまざまざとよみがえってきて、背筋に冷たいものが走る。
『私たち貴族は、軍人だからね。それに、連中の尻尾をつかむ絶好の機会だ。私もたぎっているのかもしれない。連中には、私もいろいろと思うところがあるからね。今回の件だけに限らず、ね』
この距離では、フェクトールの様子はわかっても、表情まではわからない。けれど、なんだか獲物を前にした猟師のような、そんな顔をしているような気がする。
『私を餌におびき寄せて一網打尽にできれば、これほど愉快なこともあるまいよ。ムラタ君、君は私の身を守るための提案をしてくれたようだが、これほど素晴らしい機会を私に与えてくれたのだ。私は決して、この機会を逃すまいよ」
そう言って、フェクトールは馬に鞭を入れると、予定にない行動──彼一人だけ、前進を始めたのだ。
パレードの騎士たちは、まるで知っていたかのように道を開け、フェクトールが前進するのを妨げないようにしているかのようだ。
『私は、この機に乗じて私に仇なさんとする身の程知らずどもの企み、全て打ち砕いてみせる。ムラタ君、リノ嬢に、私から目を離さぬように伝えてくれたまえ』
彼が話すことは、当然リノにも伝わっている。にもかかわらず、俺に依頼する形をとった。さすが貴族、相手の指示系統に直接口を出して混乱させないようにする配慮ということか。要は、俺の顔を立ててくれたわけだな。
「……リノ。フェクトール公は、この際にご自身を囮にして街の膿を絞り出すつもりのようだ。フェクトール公から目を離さないように、なるべく広く見渡せる位置に移動できるかい?」
『うん。ボク、お役に立ってみせるよ!』
視界が大きく動き出す。リノが、フェクトールに合わせて先回りを始めたのだ。
もうすぐ大きな十字路に出る。ここでパレードは、議会庁舎に向けて、東に向かって直角に曲がる。そういった場だからだろうか、十字路の周辺には兵士たちが立っていて、群衆は交差点からかなり離れた位置にいた。
そして、ひとがいない広々とした交差点で、フェクトールは、その先頭に躍り出た。旗持ちの騎士を後ろに従えるように、パレードの先頭を征く。
まわりの群衆は、これぞ我が街のフェクトール様よと、ものすごい大歓声だ。
リノが先回りを終え、どこかの神様の教会の尖塔に上って、改めてフェクトールを真ん中に見据えたときだった。
確かに奴は、リノのほうに向かって顔を上げた。
遠くて顔など分からないはずなのに、彼は確かに、微笑んで見せていた。
「……リノ、目をそらすんじゃないぞ!」
『あ……で、でも……!』
「リノの見ているものが、そのままフェクトール公の視界だ! 目をそらすな!」
フェクトールの奴、あらかじめ読んでいたのだろうか。
まるでフェクトールが来るのを待っていたかのように、ざわりと、奴らが動き出したのが、はっきりと見えたのだ。
『ムラタ君、リノ嬢……感謝するよ。これは、
フェクトールの、高揚する心がびりびりと伝わってくる、そんな叫び声だった。
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