第717話:打ち砕く意志(4/7)

「ち、違うんだ! こ、こんな、こんなことになるなんて……!」


 俺とほぼ同い年の、どこか落ち着かない男──フェルテルだった。


「何が『違う』んだ、言ってみろ!」

「こ、ここは自分の家で……!」

「はあ? ここがお前の家だと?」

「そ、そこの一階の部屋……!」


 マレットさんは彼の肩を押さえながら、家を見た。一階部分が二階部分の重みで押しつぶされた、この家が、フェルテルの住んでいた、家?


「お前、なに言ってやがる! お前の家族なら、もう北の別棟べつむねにいるじゃねえか! じゃあ、あの……死体はだれだってんだ!」


 一瞬言い淀んだバリオンだったが、その言葉こそ、俺も聞きたかったことだった。思い出してまた胸が悪くなるが、奥歯を必死に噛みしめて耐える。


「あ、あいつらが勝手なことをして……!」


 言いかけて、しかしその先は口を閉じてしまったフェルテル。


あいつら・・・・? ……おい、てめえ、やっぱり何か知ってるな?」

「し、知らない、本当に、知らないんだ!」


 マレットさんが拳を振り上げる。俺は「マレットさん、待ってください!」と止めると、フェルテルの前にしゃがみこんだ。


「教えてくれ、知らないとはつまり、あいつらが、ここで、お前の指示を待たずに勝手にしでかした内容は把握していない……つまりお前は、この惨事について、関係がないんだな?」

「そ、そそ、そうだ! そうなんだ! あいつらが勝手にやったことで……!」

「そうか、勝手にか。それは災難だったな。しかし、疑うわけじゃないが、なぜあの連中が勝手にやったと言えるんだ? この惨状と、何か関係があるのか?」

「そ、それは、きっとあいつらが、手順通りにしないで……」

「手順通りにしないで勝手なことをあいつらがやったから、こんなことになったっていうのか? ということは、この惨事は、あいつらが手順を守らなかったことが原因で、あんたが悪いわけじゃないんだな」

「そ、そうだ、そうなんだ! 私じゃない!」


 フェルテルは、俺に手を伸ばそうとして、マレットさんたちに押さえつけられた。


「そうだな。あなたじゃない。それはわかるよ。あの勝手なことをした奴らのせいなんだろう? 奴らは、なにをしでかしたんだと思う?」

「そ、そりゃもちろん、薬液を混ぜたに決まってる!」

「薬液……。薬液ってなんだ?」

「そんなことも知らないのか? 液体燃素ヒドロジストンだ、決まっているだろう!」

「……そんなものがあるんだな、さすがだ。ところで、奴らはどうして、あなたの指示を得ないで、そんな勝手なことをしたんだろう?」

「き、決まっている! 奴らは何も分かっていないんだ! この私がいなければ、手順を守らないことがどんなことになるかなんて、分かっていなかったんだ!」

「それはひどい。あなたの言うことを守らずに、奴らは薬液を混ぜて、何をしたんだろう?」

「どうせ、混ぜて運ぼうとしたのさ! 混ぜたあとは、ちょっとした衝撃でも爆発するってのに、本当に馬鹿な奴らさ!」


 俺は目くばせをしてから、フェルテルに手を差し出した。


「優秀なあなたがいなければ、きっととんでもないことになるって、分かり切ったことだったのに……あなたを待たずに、奴らは薬液を運び込んで、どうするつもりだったんだろうな」

「どうせ、自分たちでできると思ったんだろう。たしかに、壁のないところで爆発させれば、そんなに怖いことになんてならないさ。でも私は知ってるんだ、外では大したことなくても、壁に囲まれた狭い場所じゃ、とんでもないことになるって。私は炭鉱で働いていたことがあったから、その恐ろしさを知っていたってのに」

「そうか、あなたは十分に恐ろしさを知っていた。奴らはそれを知らなかった……しかし不思議な話だ。こんなに、複雑そうな手順が必要な特別品を、こんな馬鹿な連中がどうやって準備したんだろう?」

「わ、私に決まっているだろう! こんな奴らに、なにができる!」

「そうか、あなたが準備したのか。あなたは、どこかで素晴らしい学問を修めたのか?」

「王立魔道具研究所の研究員だったんだぞ、これでもな!」

「それは失礼、そんな素晴らしい方だったとは」


 俺は、敬意を表してみせる。フェルテルが、ニヤリと笑みを見せた。俺は知らぬ顔をして続ける。


「しかし、ものを知らないってのは恐ろしいものだな。どこで爆発させるつもりだったんだろうが、爆発させる前に、奴らだって逃げなきゃならなかったはずなのに。どうするつもりだったんだろう?」

「お、屋上から投げ落とすはずになっていたんだ! 三階の上の屋上まで薬液は別々に運んで、そこで混ぜてから投げ落とすはずだったんだ! そんなの分かり切ったことなのに、あいつらは知らなかったんだろう。本当に馬鹿な奴らだ」


 そのときだった。

 声は涼やかながら、感情のこもらない声が、その場に響いた。


「なるほど。それを、貴様が指示するはずだった……だから、家に帰りたがったというのだな?」


 途端に、人垣が割れる。

 赤い軍服、金の飾緒は、彼が軍属であることを表している。マントをなびかせながら、感情のない瞳で、フェルテルを見下ろすその男は──


「ふぇ、フェクトール……様!」

「貴様だな、鉄血党のラッパ野郎ドリコパスフェルテル──」

ドリコパスその名を口にするな!」


 フェルテルが、猛然と食って掛かろうとする。そのため、マレットさんとバリオンが慌てて地面に押さえつけなければならなかった。


「わ、私はもう、足を洗ったんだ! これがうまくいけば、この街を出て、妻と子供と、し、静かに暮らすつもりだったんだっ!」


 彼はしばらくもがいたあと、俺を見上げた。


「な、なあ監督! あんた、話、分かってくれるだろ⁉ 私は関わっちゃいない! け、結果の話だが、私は何も関わっちゃいなかった! あんたに引き留められたおかげで、私は手を下しちゃいなかった! そうだよな!」


 必死に訴えかける彼に、俺は胸が悪くなる。

 手を下しちゃいない──それで、この惨状だ。


「確かに、そうだな。この爆発騒動で、あんたは確かに、ここにはいなかった」

「も、もちろんだ! それに、もしここに戻ってきていたとしても、私はちゃんと薬液を調合して、それであとは、退散するはずで──」

「あんたが調合した薬液を投げ落とせば、恐ろしい爆発が起こったはずだな? 屋内でなかったとしても」


 俺の言葉に、彼は何かを言いかけたが、口をつぐんだ。


「するとつまり、やはりあんな光景が広がることになったわけだな」


 鐘塔の前には、軽い怪我で済んだ者たちが残っている。出血がひどいなどの者たちは、すでにフェクトールの屋敷に運ばれていた。


「だ、だが、それも、巡回衛士たちだけで、こんな、街の──」

「間近で爆発を食らった奴は、そこの一階の、血だまりの中にいた奴らみたいになっていたんだろう?」


 飛び散った血しぶき、散らばった肉片や骨片、まき散らされた臓物ぞうもつとその中身。

 鉄血党のテロリストどもが自爆した、成れの果て。


 フェルテルの言う「ヒドロジストン」が何なのかは分からないが、液状の火薬のようなものだったのではないだろうか。

 今回はたまたま、自爆という形で自分たちの罪をあがなった彼らだが、もしうまくいっていれば、ああなっていたのは、警備をしていた巡回衛士たちだったはずだ。

 ……フェルテルの奴が、何も関わっていない? 馬鹿を言うな!


「ムラタ君。もういいんだよ。ここから先は、我々の領分だ。任せたまえ」


 フェクトールが、俺の隣までやって来る。


「この男がやったこと、たとえ自身の手を汚さなくとも、準備をしたというだけでも十分に罪深い。実行犯は挽き肉になったようだが、生き残りのこの男に聞くことにしよう。なに、口が固ければに聞けばいいだけだからね」


 フェルテルの奴の顔が一気に引きつる。


「ま、まて、待ってくれ! 私は本当に何もやっていない! 薬液を準備するのだって、あいつらに脅されただけで、私は、私は……!」

「そうかい。じゃあ、その調子でいろいろ教えてくれないか? そうだね……夜が明けたら私も忙しくなる。半刻はんこく(およそ十五分)以内に全てしゃべってくれると助かるね。そうすれば──」


 そして、フェクトールは酷薄な笑みを浮かべた。


君の・・妻子・・小さく・・・なる・・ことはなくなるかもしれない・・・・・・よ? 君の口が滑らかに動けば動くほど、ね?」




 フェルテルが泣き叫びながら引きずられていったあと、フェクトールの奴がため息をついた。


「こちらにまで手が伸びていると予想はしていたが、まさかこんな手を使うとはね」

「どういう意味だ?」

「そのままだよ」


 フェクトールの話によると、城内街三番門前広場から出発するパレードの妨害をするつもりだったのか、あれこれ仕掛けがあったというのだ。


「もしかすると今夜のことは、夜の間にこちらで騒動を起こして警備をこちら側に固めさせて、肝心の騎兵行進のほうの警備を手薄にし、妨害の成功を確実にしようとしたのかもしれないね」


 しかし、鉄血党の連中の打った仕掛けは、フェクトールのほうが一枚上手で解除されてしまったということか。


「いや、全てが排除できたとは限らないからね。もうすぐ夜明けだが、気は抜けないよ」

「……こっちに、ああいった奴が紛れているかもしれないっていうのは、最初から分かっていたのか?」

「いや、確証はなかったよ。前にも言った通り、鉄血党員が君たちや君たちの家族を人質にして、何かをやらかすかもしれないとは思っていたけれどね」


 だから一カ所に集めたんだよ、と微笑む。


「そうすれば、対処もしやすいからね」

「……なあ、あの男の家族は、どうなるんだ?」

「鉄血党に関係がある者は、みな厳しく処罰するよ」

「……関係が無かったら?」

「証明は難しいね」

「本当に、家族が何も知らなかったら?」

「証明は難しいね」


 フェクトールは揺るがない。


「それが、無法者と戦うということだよ、ムラタ君」

「でも……!」

「君は甘い。それは美点でもあるし、事実、私もそれで救われてしまった身だが、それですべてが回るわけでもないのだよ」


 フェクトールは、フェルテルが引きずられていった先を見つめながら、言った。


「覚えておきたまえ。敵となった者を、どうあっても打ち砕かねばならぬ意思を持つことも、時には必要なのだということを」



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