第707話:破壊工作の爪痕は

「なんだ、ずいぶんと不満そうな顔をしやがって」

「不満だらけですよ! まったく、いったいどこのどいつだ。捕まったらノギスで目ん玉ほじくり返してやる」


 マレットさんの言葉に、俺はおもわず声を荒げる。

 俺は塔内に設置されている階段──その破壊された痕跡を見て舌打ちをする。本当にクソ野郎どもめ。

 じつは、鎖がとぐろを巻いて落ちていた場所はやたらさび臭かったんだけれど、もう一つ、職人たちが恐れおののいたのが、そこに落ちていたものだ。


「見たときは信じられなかったがな」


 マレットさんも顔をしかめた。

 俺も初めて見たときはぞっとしたものだ。


 鎖の山に埋もれていたのは、人間の腕だったんだ。

 鎖を切断し、クラッチを外して鎖を引きずり下ろすまではよかったのだろう。


 だが、鉄の重量を舐めていただろう連中は、その報いをさっそく受けたというわけだ。すさまじい勢いで落ちてくる鎖にからめとられたのか、それとも鞭のようにしなりながら落ちてくる鎖の直撃を食らったのか。


「まるでバッタの脚をつかんでもいだ・・・かのようだったな」

「やめてください、想像しちゃったじゃないですか」


 マレットさんが顔をしかめて言う言葉に、俺も顔をしかめる。

 そう、鎖の山の下に、腕が落ちていたんだ。もちろん、落ちてくる鎖の勢いに叩き潰されたのだろう。ずたずたになっていたが、綺麗に袖ごと落ちていた。


さび臭いにおいは、腕をもぎ取られたヤツの血のにおいだったのかもしれんな。雪がちらつく季節だから、すぐには腐らないし」

「すると、犯人は寒かったからこそ、命拾いをしたのかもしれませんね」

「まったくだ。これが暑い季節なら、早く腐っていただろうからな。腕一本で済んでいるかもしれんぞ」


 だが、命を拾ったとしても、これから一生、片腕生活だ。同情はするが、だからといって許せるものじゃない。まったく、とんでもない連中だ。


「しかし、本当にとんでもないことをしやがって」


 俺は改めて、破壊された階段を見上げた。

 塔内の階段は、石製と木製の二種類が混在している。今回破壊されたのは石製のものだ。


「やはり、いろいろと『知っている奴』が内部にいるか、もしくは情報を得たんでしょうね」

「あんたもそう思うか」

「ええ。木の階段でなく、石の階段を破壊していますからね」


 壁から生えるようにして作られているこの階段は、頑丈なうえに中心に鉄心が入っているのだが、石ゆえに脆いという特性もある。

 おそらく、杭打ち用の鉄のハンマーでも持ち込んで、壁から遠い端の方をぶっ叩いたんだろう。固定してあるところからより遠いところをぶっ叩けば、根元にすさまじい力がかかる。


 木なら、種類にもよるだろうがハンマーでぶっ叩いたぐらいじゃ折れなかったかもしれない。木はしなやかな素材だからだ。だが石製の階段は、その衝撃に耐えられなかったんだろう。それがまた、腹が立つのだ。いったいどこのどいつだ。


 しかも犯人は、それを床から二十尺(およそ六メートル)ほどの高さのところでやりやがったんだ。しかもその壊した長さが、十五尺(およそ四・五メートル)以上ときたものだ。


 とりあえず別の奴が鎖を切って引きずり下ろすまでに、駆け上がれるだけ上がって、壊せるだけ壊したのだろう。おまけに下りてくる途中で、さらに床から十尺(およそ三メートル)程度のところの階段まで破壊しておく念の入れようだ。


 これが、どこぞの赤い帽子の陽気なイタリアン髭親父なら、ジャンプで飛び越えていただろう。しかし、あいにくこちらはただの生身の人間。そんなジャンプ力なんてない。さすがに助走や着地のための幅が二尺(およそ六十センチ)もない階段で、リノを跳ばすわけにもいかない。


「ほんと、面倒くさいことをやってくれたぜ、まったくよ!」


 マレットさんが頭をばりばりと掻きながらぼやく。

 だが、連中は俺たち職人を舐めていたようだ。本当に、もし外の足場に火をつけられていたらたまったもんじゃなかっただろうが、鎖を切られて階段を破壊されただけなら、なんとでもなる。


「おい、外の足場を解体した資材を持ってこい!」


 マレットさんの言葉に、彼の弟子たちがうなずいて外に出て行く。

 そうだ。なければ造る。

 階段が無ければ上に上れまい──そう思ったんだろうが、甘いんだよ! 俺たちは無いところに物を作るのが信条の建築職人だぞ? 無いものは造ればいいんだよ!


 本当に、外の足場に火をつけられなくて助かった。奴らにも、一抹の良心というものがあったのかもしれない。




 馬鹿正直に階段を作ることもなく、外で既に解体された足場を、階段の高さに合わせて組み立て直す。数本の角材を渡すようにして即席の「橋」をこしらえた俺たちは、すぐさま塔の最上階に上った。


 鐘を鳴らすための複雑な機構は、最下層からチェーンを引っ張ってスプロケットを回すことで、回転運動を鐘を鳴らす動きに連動させている。

 チェーンを引っかけ直せば、あとは何とかなる。


 そう思っていた俺たちは、チェーンがつながっていたはずの動力機まで駆け寄って、そして、絶望した。


 鉄製のスプロケットは、ひしゃげていたのだ。おかしな具合に別の部品に食い込んで、全く動かない。歯もいくつか折れてちぎれ飛んでいる。おそらく、断ち切られて強引に引っ張られることで制御を失ったチェーンが、暴れるように動いたのだ。


 その結果が、これだ。チェーンに巻き込まれるような形でスプロケットが変形。隣の部品に食い込んで動かなくなり、しかし止まらないチェーンがさらに暴れて、スプロケットの歯を引きちぎるようにしてしまったのだろう。


「どうするんです、これ……」

「どうするったってなあ……」


 俺もマレットさんも、頭を抱え込んでしまった。

 くそっ、腕の一本だけで同情してしまった俺が馬鹿だった!




「それで、うまくいきそうなんですか?」

「だめだ、今からあれをどうにかしようなんて。どうにもなりそうにない」


 あの、高さ百尺(およそ三十メートル)場所にある、あの鉄の塊をばらすだけでも一苦労だ。そのうえ、あの巨大なスプロケット──直径が三尺(およそ一メートル)くらいあった──の変形を直し、さらにスプロケットが収められているギアボックスの中身を傷つけないように取り出して、修理? とても無理だ。


「ムラタさん、そういうときこそ、甘い物を召し上がってください。何か、いい知恵が浮かぶかもしれませんよ?」


 そう言って、マイセルが蜂蜜をたっぷり練り込んだバターケーキを焼いてくれた。

 ケーキといっても、この世界のケーキはドライフルーツやナッツ類をふんだんに練り込んで焼いたフルーツケーキみたいなもので、おまけに数カ月熟成させて食べるものだ。熟成させずにすぐ食べるのは、どちらかというとケーキではなく軽食扱いらしい。


 だが、これは菓子作りが得意なマイセルのお手製。もちろん高価な蜂蜜をたっぷり練り込んだそれが、美味しくないわけがない。


「……そうだな」

「はい! 今まで、どんなに困ったことがあっても全部乗り切ってきたムラタさんですから! きっと大丈夫です!」


 その、どこに根拠があるのか分からない自信が羨ましい。

 ……でも、から元気も元気の内。

 一家の主が、いつまでもしょぼくれていては格好がつかないからな。



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