第685話:信用と実績と
「なあ、ムラタ。おめぇ、なんで森に行きたいんだ?」
アイネが、パイプを組み立てながらつぶやいた。
「別に森に行ったところで、おめぇに何か得るものがあるわけでもねぇんだろ?」
「アイネはさ、もし……万が一、自分の本当の親と会えるって分かったら、その居場所も分かったら……どうする?」
「は?」
目が点になったアイネってのは、実に愛嬌のある顔をしていることが分かった。顔中、傷だらけだけど。
「おめぇ、オレを試そうとしてんのか? オレの親父はジルンディール、おふくろはルーヴィ。それ以外の親なんか、いねぇ!」
吠えたアイネに、俺は取り合わずに答えた。
「そうか、お前はそうなんだな。俺がアイネの立場だったら、多分知りたくなると思う」
「おい、そりゃどういう意味だ!」
「自分の由来を知りたいか、ということだ。俺は知りたい。だから、その森に俺に関わる何かがあるなら、知りたい。それだけのことだよ」
「そんなもん、知ってどうなる。おめぇはリトリィを幸せにできりゃそれで満足じゃねえのかよ」
「リトリィを幸せにするのは議論する以前の問題だ。これは俺のけじめなんだ、俺の……故郷への」
いまさら日本に帰ろうなんて思っていない。妻を、子供たちを、日本になど連れて行けるものか。ただ、日本と決別するための、区切りにしたかったんだ。わがままかもしれないが。
「人間、欲張ったってろくなことになりやしねえ。荷物は背中に背負うだけにしとくもんだ、両手にまで無理に持とうとするもんじゃねえ」
「ご忠告ありがとう。だが、それでもやるしかないと思っているからな」
アイネは顔をしかめながら、パイプをもう一本、継ぎ始めた。
「おめぇは頭いいくせに、くだらねぇことにこだわるんだな」
「くだらなくたっていいんだよ。今までずっと、忘れたふりをしてきたんだ。今さら思い出したってことは、『この機会に行ってこい』って神がおっしゃってるんだよ、きっと」
「都合のいい時だけ神を持ち出しやがって。どこの神だ」
「もちろん、我らが
ニヤリと笑って見せた俺に、アイネはさらに渋い顔をしてみせた。
「……おめぇ、ホントに頭の切れる嫌な奴だな!」
「偶然に偶然が重なってるだけだ。そして俺は、この偶然を逃したくないと思っただけだ」
「けっ……よく言うぜ。親父も親父だ。ムラタについて行ってやれなんて」
「頼りにしてる」
「……クソったれめが」
アイネはそう言いながら、パイプを継ぎ終えた。
「……コイツがあれば、薪なしで湯を沸かせるって、本当だろうな?」
「冬の間はぬるま湯程度までしか温まらないだろうが、それでも氷のように冷たい水よりはいいだろう? 熱くなるまで温める薪の量も節約できるし」
「……それは助かるが、おい、ムラタ。なんでおめぇ、こんなモノを、ウチに造りつけようと思ったんだ」
「礼だよ。それ以外にあるか? 俺はこの家に助けられたし、リトリィと出会うことができた。ここが、俺の人生の出発点になったんだ。それに対する礼を形にしたいってだけだ」
「……そうか」
しばらく、二人で黙々と作業を続ける。
「……おい、あとどれだけ継げばいいんだ」
「いっぱい」
「おいふざけんな」
そう言いながら、アイネは次のパイプを継ぎにかかる。一度、俺と共に浄水装置や風力揚水機を完成させているからだろう。ぶつぶつと文句を言いながら、それでも手を止めることはない。
ああ、これが実績と信用って奴だな。
「シシィちゃん、ヒスイちゃん、こっちにおいで!」
うれしそうに手を叩いているのは、
シシィもヒスイも、まだハイハイなんてできない。だから結局、モーナが赤ん坊たちのほうに歩み寄ることになる。赤ん坊たちの仕草を見ては「かわいい!」と無邪気に喜び、「ねえ、おかーさん! モーナもね、妹が欲しい!」とメイレンさんにおねだりをする。困ったように、「神さまの
たしかに、メイレンさんは今年で二十五、六歳になるはず。二十歳を過ぎたらほぼ妊娠しない、と言われている
だが、なにせ俺はメイレンさんよりもさらに年上のフェルミに、子供を産ませた男! さらに二十歳を過ぎたリトリィとも、子供に恵まれた! 信用と実績のムラタ設計事務所でございます!
「……本当だろうな?」
「絶対に、とは言わないが、確率を上げることができる、とまでは言える。少なくとも、リトリィとはそれで子供ができたんだからな」
メイレンさんにじゃれるモーナちゃんを横目に見ながら、フラフィーが鎖を編みつつ半信半疑といった様子で聞き返してきた。
「いや、あのリトリィを孕ませたおめぇだ。根拠のないことを言ってるわけじゃないだろうってのは分かるんだがな。そんな簡単な方法でいいのか?」
俺は苦笑いしながら、一緒に鎖を編み続ける。
「これが広く知られたら、きっとヒトはあっというまに
「もしうまくいったら、オレが広めるかもしれねえぜ?」
「偏屈な山の鍛冶屋は、口も堅いって信じてるよ」
俺の言葉に、フラフィーも苦笑いを浮かべる。
「たとえ俺が言わなくても、メイレンが言うかもしれねえぜ? 女の『秘密の話』ほどあてにならねえ秘密なんてモノはねえ、ってのが親父の教えだ」
だからメイレンには鍛冶屋の基本のキも教えてねえ、とフラフィー。
「これは、どうでもいい話なんだけどな?」
俺は、留め損ねた輪を外しながら、誰にともなく続けてみせた。
「
「ああ、言っていたな」
「その状態のリトリィは、とにかく体がだるくてしんどいそうなんだ」
「それもさっき、言っていたぜ」
「で、その状態で俺に抱かれると、普段は生ぬるく感じる俺のモノが、やたら熱く感じるんだってさ」
「……熱く、感じる?」
「
「……だから、なんだ?」
「……リトリィが、その状態を、やけに気に入っちゃってさ」
「気に入った? なにをだ」
「お腹の中で熱いものに掻き回される感覚が、だってさ」
フラフィーが、顔に手のひらを当ててうめく。
「……妹の夫婦生活の、生々しい話を聞くってのは、なんかこう、……胸にくるものがあるなあ」
「どうせメイレンさんとリトリィで、俺たち旦那との夜の生活について、生々しい情報交換をしてると思うぞ。特にリトリィは、聞かれたら素直に何でもしゃべってしまう性質だしな」
「……いや、たしかにアイツはそういう奴だが、それにしたって、恥じらいってもんんが……」
「街で、顧客相手に、俺との赤裸々な夫婦生活を、全部あますことなくしゃべった」
「おぅふ……」
フラフィーが天井を仰ぐ。
「なんだ……。じゃあメイレンもそれに合わせて、オレの左曲がりとかそーいうようなことも、全部しゃべってんのかな……」
ああ、リトリィはしゃべる。それも信用と実績って奴だな!
だがフラフィー、あんたの「左曲がり」とかそーいうのも聞きたくなかったよ。
「……まあ、なんでもいい。ムラタ、そっちでできた鎖も寄こせ。
「ああ、ありがとう。頼むよ」
すこしずつ、森に入る準備ができていく。
俺は、この世界における俺のルーツを知るのだ。
──もうすこしだ。
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