第668話:成した仕事を正統評価
「オレはバーティツだ! ムラタ、よろしく頼む!」
バーティツに、操作を簡単に説明された俺は、ドラム缶のようなタンクの上に突き出ている棒を、二人で息を合わせて交互に下げるようにして動かし始めた。なかなか力のいる仕事だった。
ほどなくしてリノの目を通してつながっている視界の向こうで、
本当は四階からできるといいのだろうけれど、おそらくホースの長さが足りないのだろう。そのホースも、あちこちから水が漏れている。もしかしたら、それが噴出する水の勢いのなさにつながっているのかもしれない。だけど、この水漏れだらけのホースであっても、無いよりはましなのだ。
「手桶を拝借してきた! この近くの井戸から水を汲んでくる!」
さきほど、家の中に飛び込んだ巡回衛士たちが、たくさんの手桶をぶら下げて出て来た。さっそく野次馬たちにそれを持たせ、近くの井戸まで並ぶと、バケツリレーの要領で水を汲んではタンクの方に運んでくる。
そうか、タンクの中に詰めてきた水だけじゃとても足りないから、タンクの中に水を継ぎ足しつつ消火作業を進めるのか。
「消火? そんなことできるわけないだろう!」
バーティツはあきれたような顔で続けた。「こんな水だけで火が消えたら苦労はない! これは延焼を食い止めるためにやるんだ!」
うっ……非力だ、非力すぎる。でも、無いよりましと思わないとな。……でなきゃやってられない!
ほどなくして、井戸からバケツリレーの水がタンクに注ぎ込まれるようになった。リレーの最後を担当するのはリトリィ。金の毛並みをなびかせて、鬼気迫る勢いで、手桶の水をタンクの中に流し込む。
リノは放水に当たっている
でもって俺とバーティツは、ひたすらポンプのハンドルを上げ下げするのに必死だ。いつ終わるとも知れない作業だが、とりあえず隣の家の中身があらかた燃え落ちてしまうまで、この作業を終わらせることはできないだろう。
派手さはないひたすら地味な役割だが、俺たちがポンプを動かさなきゃ延焼を食い止めることができないんだ。
なにせ、こっちに燃え移ったら、ほんの少し先にあるのはゴーティアス婦人の屋敷。せっかく俺が婦人の思い出の壁を二階から一階に移したっていうのに、その工事が無駄になってしまう!
ただでさえ俺の命の恩人であり、先日は妻の出産に立ち会ってくれた産婆でもある婦人だ。ここでふんばらなきゃ、どこで恩を返すっていうんだ!
結局、火は屋敷の屋根をも呑み込み、盛大な火柱となってあちこちに火の粉をまき散らした。だが、なんとか延焼を食い止めることができた。狭い路地で隣家と隣接する北側以外はかろうじてそこそこの広さがあった道路と、屋根が崩れるたびにはじけ飛ぶ燃える木片などを、その屋根に飛び移っては蹴り落としていったリノのおかげだ。
リノが無我夢中で蹴り落とすたびに、下では誰かが痛い目に合っていたが、そんなことは些細な問題だ。もちろん、その「誰か」の一人に俺が含まれていたのは言うまでもない。
でも、やり遂げたんだ。
もっとも、俺が何かを成し遂げることができたってわけじゃない。
三階という高さ的に不利な位置から、隣家からの炎に炙られながらも諦めることなく放水を続けた
リノが周辺の家の屋根を縦横無尽に飛び回って、延焼の原因となりかねない焼けた木片などを片っ端から蹴落としてくれた功績も大きいだろう。彼女は屋根から屋根へ跳び回っていたのだが、炎を上げる木片を蹴り落とした足は、素足だったのだ。
「えへへ、ボク、がんばったよ? だんなさま、ボク、お役に立てた?」
すすまみれになり、足にやけどを負い、それでも最後まで家々を飛び回ったリノを、俺は抱きしめずにいられなかった。目から涙がこぼれるのを止められなかった。
俺にできたことといえば、自分の狭い体験で「ろくでもない小役人」と思い込んでいた
延焼防止に貢献した家族を思い、誇りに思えば思うほど、自分の不甲斐なさに苦い笑みが込み上げてくる。今日はまた一つ、自分の心の狭さ、ちっぽけさを思い知らされた気分だ。
そう嗤ったら、リトリィに本気で叱られた。
「だんなさまがいなければ、そもそもあのわるいひとたちを見つけることもできなかったのですし、お水だってちゃんと出たか、わかりません! わたしはだんなさまがバーティツさんをお手伝いなさったから、お水を運ぶお手伝いをしただけです! リノちゃんだって同じです!」
「い、いや、でも……」
「でも、じゃありません! あなたの悪いくせです、ご自身をいやしめないでください! だんなさまが動かれたから、わたしたちもだんなさまのためにって動いたんです! ぜんぶぜんぶ、だんなさまのおかげなんですっ!」
しまいには俺の肩をゆすぶりながら号泣するものだから、なんとも居心地が悪かった。
さらに巡回衛士の一人から、「お前さん、四番方面防衛隊の第
「聞いたことがある! 救出に来たあんたらに、『なんだ、ケモノ部隊か』と軽口を叩いたバウンズ十騎長に向かって、『俺たちはオシュトブルク市民兵、第
なんで知ってるんだ、と思わず聞き返したら、「いや、その武勇伝は『民兵といえどもその勇気と
ああ、本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。いや本当に。
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