第658話:可能性の話
珍しく起きてくるのが遅かったリノは、目をこすりながら井戸までやってきた。ふらふらしながらラジオ体操とストレッチを終えた彼女のワンピースをひょいと脱がせて、すっぽんぽんにした上で汲みたての井戸水をぶっかける。
「きゃうっ!」
やっと目が覚めたのか、可愛らしい悲鳴を上げて跳び跳ねるのが実に愛らしい。
「だんなさまのいじわるっ!」
そう言ってほっぺたをふくらませる仕草もまた、愛おしい。
「目が覚めたか?」
「ぼ、ボク、ちゃんと目、覚めてたもん!」
「そうかそうか、それは悪かった」
ちっとも悪びれてみせずに笑うと、「ううーっ、だんなさまのいじわるっ!」と飛びついてくる。
「ボク、起きてたもん! 本当に起きてたもん!」
「分かった分かった」
笑いながらさらに水をかけてやると、リノはきゃあきゃあ騒ぎながら、けれど逃げようともせず、俺にしがみつき続けた。
「……でもな、リノ。正直に言って欲しい。朝、寝覚めはどうだった?」
「ボク、起きてたもん!」
ついに涙目になってしまったリノの頭をなでてやると、しゃがみこんで目線を合わせる。
「リノ、俺は別にリノを責めているわけじゃないんだ。昨日の夜、
リノは不思議そうに俺を見返す。
「……お寝坊したこと、怒ったりからかったりしてるんじゃないの?」
「どうして俺がそんなことをする必要があるんだ。俺にとってリノは大事な大事な、将来のお嫁さんだぞ?」
俺の言葉に、リノはぱっと顔をほころばせる。
「えへへ、だんなさま、ボクのこと、大事?」
「大事に決まっているだろう」
頭をなでてやると、耳をぴこぴこ揺らしながら飛びついてきた。
「えへへ、ボクもね、ボクもね、だんなさまのこと、だーい好きで、大事って思ってるよ!」
「そうだな……。だから聞きたいんだ。体に、いつもと違う様子はないか?」
改めて聞き直すと、今度は素直に答えてくれた。
その後、同じように昨夜に
リトリィとリノは、同じような症状を訴えた。すなわち、朝の「寝起きの悪さ」と「まとわりつく眠気」と「妙なけだるさ」。
今日のリノは起きるのが遅く、朝のモーニングルーチン中も眠そうにしていたが、それはリトリィも同じだったようだ。
やっぱり、
「……あの」
食事が終わったあとで、書斎にやってきたのはリトリィだった。
「どうした?」
「あの……オバゥギナのお料理のことなんですけれど……」
ああ、さっき体調のことで聞いたから、そのことでまだ言い足りないことがあったのだろう。そう思って、改めて彼女に向き直る。
「うん、どうしたんだい?」
「……さっき、あのようなことをお聞きになられていたものですから……。ひょっとして、その……これからはもう、食べてはいけない、とおっしゃるのですか?」
なにか、思いつめたような顔をしている。
……そうか。あれはマイセルの好物だったっけ。俺がリトリィたちのことを考えて食卓に出すのを控えよう、なんて言ったら、マイセルの夏の楽しみが一つ、減ってしまうということか。
リトリィはマイセルのことを妹のように可愛がっている。もし俺がオバゥギナ料理の禁止を言い出すのなら、マイセルのためにも、考え直すよう訴えに来たのだろう。
立ち上がって、彼女を抱きしめる。
「安心してくれ。
「そ、そうですか……! よかった……!」
ひどく安堵してみせるので、あらためて、その理由を聞いてみることにした。
聞いて、驚いた。
「……お食事をいただいたあと、ひと
リトリィの話によると、ペリシャさんがオバゥギナ料理を好んだのは、ある効果によるものだったそうだ。
「だんなさまには、ご婦人もお話していないと思いますけれど……その……」
リトリィは、耳の先まで真っ赤に染めながら、か細い声で、続けた。
「あ、あなたの、
……ああ、昨夜はたしかにそんなことを言って、ずいぶんと乱れていたことを思い出す。
「お、
恥じらってみせているが、妙に熱っぽく、そして艶っぽい目で、リトリィは体を寄せてきた。
「まだ、体が重くて、だるいのですけれど……。いまなら、また昨日の夜みたいに、あなたを熱く感じられるでしょうか……?」
「……リトリィ?」
「たしかめさせてください……。ペリシャさまがおっしゃっていたこと……『オバゥギナ料理を食べた夜は、だんなさまを熱く感じられる』というお言葉が、ほんとうかどうかを……!」
藍月の夜でもないのに、リトリィのとろんとした目は実に煽情的で、そして彼女のしなやかな指は、俺の愚息を服の上からそっとなで上げる。
効果は抜群だった。
「ふふ……
もう、我慢なんてしていられなかった。
彼女を書斎のデスクにうつ伏せにさせると、すでに蕩け潤い蜜をとろりと垂れ流していたそこを、一気に刺し貫いた。
必死にエプロンのすそを噛みしめるようにして、歯を食いしばって声を漏らすまいとする彼女が愛おしくて、俺は何度、彼女の羞恥心を煽るような言葉を投げかけたことだろう。
リトリィの、ぽっかりと開いた秘所から泡立つ白濁液がとろりとあふれ出すのを見ながら、俺は額の汗をぬぐった。
昨夜、予想した通りだった。
彼女の体温は今も確かに下がっているようだった。そのため、相対的に俺のものが熱く感じられたのだろう。俺が彼女の胎内を熱いと感じてきたぶん、彼女はきっと、俺のものを生ぬるいと感じてきたに違いない。
おそらく、
その結果が、これだ。
「……やっぱり、
いつもは生ぬるく感じていたものが、いつもと比べて相対的に温かく感じられたのではないか。それが、彼女にとっては「熱い」と感じられた原因なんだろう。
もちろん、これはあくまでも俺の予想であって、それが真実だとは限らない。けれど──
「ペリシャさまのお子さまは、みんな夏にできたと、うかがっています。
「……かもしれないな」
首だけこちらに向け、うっとりとした様子で、熱い吐息を漏らし続けるリトリィ。
少なくとも、
さらに言うと、男のキンタマが体外にぶら下がっているのは、熱に弱い精子を保護するだめだと聞いたことがある。もしそれが本当なら、今後も
ペリシャさんの子供ができた季節は夏ばかりというのも、もしかしたら
もちろん、明らかな証拠も確実性もない。だが、ほかに手がないなら、それがたとえ水面に浮かぶ藁だとしても、すがるしかないじゃないか。
「……あなた?」
「リトリィ、もう一度だけ──」
彼女の腰をつかんだ俺にリトリィは目を細めると、しっぽを持ち上げて俺を誘ってみせた。
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