第613話:コストの問題
「そもそも、どうしてシャワー室なんて作ろうと思ったんですか?」
くりくりとした目でそう聞かれて、俺は苦笑する。
「いや、だって子供が生まれたら、温かいお湯で体を洗ってやりたいじゃないか」
それに、俺はもうこの冬でリノと一緒に毎日やってたから慣れちゃったけど、やっぱり冷水で水浴びというのは、一種の覚悟が必要だ。これから子育てで大変になる奥さんを労うなら、やっぱり入浴タイム!
本当は、なみなみと湯を張った風呂につかりたいところだけど、百リットル以上もの水を溜めるって、本当に大変なんだよ。井戸から汲み上げて部屋に運び込むことを延々と繰り返さなければならない、超重労働。だからシャワー。
山の小屋に作ったような風車で汲み上げることができればいいけれど、あそこは山の、いつも風が吹き抜ける場所だからできたわけで。街の中は、水を汲み上げるだけの力を期待できる風がいつも吹いているわけじゃない。残念だけど、それが現実だ。
そう。そもそも、水を汲むこと自体が大変なんだよ。朝、フェルミが噛みついてきたのはそれだったんだ。
「だって、私もマイセルも、こんなお腹っスからね」
そう言って、フェルミがお腹をなでさすってみせる。
そうだ。マイセルもフェルミも、あとひと月ほどで出産するんだ。
「大事な大事な子を抱えるお腹もちだっていうのに、重いものを運べって言ってるようなものっスからね? ご主人が仕込んだんスよ? 忘れたんスか?」
「あんまりこんなこと、ムラタさんに言いたくないですけど、お水のような重いもの、今はお姉さまが全部運んでくれてるんですよ?」
フェルミとマイセルの双方から言われて、改めて朝の浮かれた頭を一発張り倒してやりたくなる。ほんとーにすまん。
「ふふ、いいんですよ。わたしのときには、わたしもお世話になるんですから。かわりばんこです、気にしないでくださいね」
そう言って微笑むリトリィ。ああ、君は本当に女神だよ!
「だんなさま? また、おやんちゃさんがお元気になられたようですよ?」
リトリィ、ステイ! どこに手を伸ばして言ってんの!
もう少し、もう少し待って?
「あ、私はさっきの分でもういいですから」
「ご主人、あとは全部リトリィ姉さまにぶち込んじゃってくださいよ。私らはもう寝ますんで」
「ふふ、だんなさま、ご心配なさらず。次はわたしが上で動いてさしあげますから」
いや、あの、もう一周したんだよ?
リトリィは特別に、二回頑張ったんだよ?
もう少し待ってくれるとうれしいなあ、なんて……。
「ご主人。夜はまだまだこれからっスよ?」
「お姉さまからの期待の証だと思えば、あと二回や三回くらい、平気ですよね?」
「ふふ、おふたりとも、ありがとうございます。だんなさま、お腰の上、失礼いたしますね?」
複数の美女から同時に求められるってのは、男の誰もが思い描く夢かもしれない。だが、それを曲がりなりにも実現してしまった身としては、夢は夢にとどめておいた方がいい──つくづくそう思う。
ただでさえリトリィという情の深い女性が毎日何度も求めてくるというのに、三人の妻みんなと毎日愛し合うなんて不可能だ!
愛情深いのはうれしいが、その愛を維持するのにかなりのコストがかかるのはほんとに大変だ、維持費の重みを感じるよ!
「温水シャワー? そりゃ、そんなものがあったらうれしいけどさ」
道具を片付けながら、リファルが言った。
「暖かい季節なら仕事帰りの水浴びってのもいいもんだが、冬にそれは厳しいからな」
「恋人と過ごしたあとの朝、体を流すのにもいいぞ? なあ、コイシュナさんとの熱い夜を過ごしたリファルくん? 昨夜はお楽しみでしたね?」
「うるせえよ、何だその言い回しは」
「たしか、彼女の信じる神様って、婚前交渉は禁止だったよな?」
たしか、
「ダムハイト院長に言ったらどうなるかな?」
コイシュナさんは、孤児院『
十五歳を成人と扱い、男性ならばその年から、女性なら相手がいればもっと早くても結婚できるこの世界において、イアファーヴァとかいう神の戒律はかなり厳しい。だって、この世界、というかこの地方の結婚の風習って、結婚する前に三つの儀式があるんだが、その一つが「三夜の
もちろん、双方が同じベッドに、結婚を前提として入るんだ。そりゃもう、熱い夜を過ごすに決まっている。
それなのに、俺なんてマイセルとは三夜とも清い夜を過ごしちゃったものだから、義父たるマレットさんから『なんで娘を抱かなかった?』と、ものすごい顔で詰め寄られてしまったものだった。
そんな倫理観が基本なのに、イアファーヴァの神だけが厳しいのだ。不満に思って、こっそりヤりたくもなるだろう。
ところが、リファルはあきれたように言った。
「何言ってんだ。結婚前提なら、当然いいに決まってるだろ」
「あれ……? そうだったか?」
聞いていた話と違うぞ? そう首をかしげ、そして驚いた。
「結婚前提⁉ お前、いつの間に⁉ 聞いてないぞ、そんなこと!」
「なんだそれ、なんでてめえに結婚する報告をいちいちしなきゃならねえんだ」
リファルは口をとがらせる。
「まあ、結婚式には一応、呼んでやるつもりだったけどよ」
「それは当たり前だろ! なんたって親友なんだからな!」
「誰が親友だ、誰が」
「つれないこと言うなって」
いつものノリで互いにかわしつつ、でも先程の驚きの事実を確認する。
「ほんとに結婚するのか?」
「何言ってんだ。俺に向けて結婚の素晴らしさを延々とのろけ続けたのは、お前だろ」
「いや、すこーし早くないかなと」
「いいんだよ、お互い、もう決めたんだ」
「親族への挨拶は?」
「これからだが、まあ特に問題は感じないな」
「くそぅ、親父さんのゲンコツで一発ぶっ飛ばされてこい」
「なんだそれは。そんなことになるはずがないだろ」
くそう、うらやましいやつだ。俺なんて、義父にも義弟にもぶん殴られまくってたのに。
「そんなことより、さっきの温水シャワーの話だけどな?」
「温水シャワー?」
「お前が話を振ってきたんだろ」
リファルがあきれてみせながら、道具袋を担ぐ。
「オレはさっきも言った通り、悪くねえとは思うけどさ。やっぱり
「いや、
「何言ってやがる。お前、朝からあったかいモノ食ってるんだろ? そんなカネ持ちにとっちゃ大したことないんだろうが、オレみたいな貧乏職人にゃ、ムリだな」
「俺は金持ちなんかじゃ……」
「オレに言わせりゃ、十分カネ持ちだよ」
そう言って、リファルは笑った。
「オレは、まず一人のオンナを幸せにしてやらなきゃならねえんだ。カネ食い虫に投資してる余裕はねえ。どうにかしたいなら、カネ持ちの誰かを募るんだな。ホラ、お前、ナリクァン夫人のお気に入りだろ?」
「いや、そういう問題じゃなくてな?」
「どのみち、
「そんなことはない、つもりだが」
けれど、リファルは結局、俺のアイデアに同意してはくれなかった。便利さは認めてくれたが、
もっと、根本的にやり方を変えないと駄目なようだ。もっと低コストに、湯を沸かすなら……?
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