第595話:俺が始めた戦いだから

 もやもやを抱えながら、ナリクァン邸を解散してから十数日が経った。

 初めの数日間は、焦っても意味がないと自分に言い聞かせても気になって仕方のない日々が続いた。


 だけど、探偵でもない俺がうまく立ち回ることができるはずもない。それでも俺は何かしらの手掛かりは得られないかと、チビ三人を連れて、一度、例の孤児院に行ってみることにした。

 そもそも、前回、チビたちの教育をお願いしたいと言っておいて、十日以上もほったらかしているのは、不自然な気がしたというのもあった。


 で、リトリィに「この子たちに何かあったらどうするんですかっ!」と、ものすごい勢いでめちゃくちゃ叱られた。


「い、いや、チビたちも協力してくれるって……」

「三人ですよ! 三人! だんなさまの目が一瞬でもはずれてしまったとき、なにがおこるかわからない場所になんて、つれて行こうというのがまちがっていますっ!」


 こりゃだめか、と思ったら、要は「わたしもつれてって」という意味だった。で、リトリィとチビ三人を連れて、リトリィの要望通りナリクァンさんのところに相談に行ったら、これまためっちゃくちゃ叱られた。


「準備も無しに素人が首を突っ込んで、どうにかなる問題だと思っているのがおかしいのです!」


 至極全くその通り。リトリィに対しても、「夫の暴走を止めるのが妻の役割だと、あれほど言ったでしょうに!」と容赦ない。


「ムラタさん。あなたの読みは、いまのところ、当たっています。それは間違いのないところです。その現場も、すでに確認済みです」


 だったら──言いかけた俺を、夫人は反論で引っ叩いた。


「ですが、まだ足りないのです! 決定的な証拠を押さえなければ、その場を言い逃れられてしまうだけです! 気がはやるのは分かりますが、わきまえなさい!」


 別室に連れて行かれておもちゃとお菓子でご満悦のチビ三人に対して、ぺっちゃんこにしおれた俺たち夫婦二人は、「夫人怖い」とつぶやきながら帰宅したというオチがついた。


 ──だから、準備をしたんだ。


「自分も、その現場を見ながら見過ごしてしまった一人ですからね。力を貸してくれとおっしゃるなら、いくらでも」──第四四二戦闘隊のメンバーに、ウカートの伝手を使って。


「子供が虐げられるのは、いつの世も、どの世界でも変わらんということか。いいだろう。この老骨がまだまだ役に立つと言うなら、力を貸そうじゃないか」──ピカピカに磨き上げられた九九式短小銃を壁から下ろしながら、瀧井さんが。


「行き場のないチビを拾って職人に仕立てるのは、大工だってやっている。だがな、女の子に手を出すなら、そいつは嫁にとるべきだ。囲って慰み者にするなんざ、ひとのやることじゃねえ!」──バキボキと指を鳴らしながら、マレットさんがお弟子さんや知り合いの大工をありったけかき集めると約束して。


「その話は、私も聞いたことがある。奴隷商人を追っていたときに、別件でな。奴隷商人とは違ったからそっちは打ち切られたが、少しだけ待ってくれ。あのときに集めた資料が残っているはずだ」──リトリィが奴隷商人にさらわれたとき、相談に乗ってくれた門衛騎士のフロインドが、手近な騎士たちに声をかけながら。


「カネさえ出せば、『良心的暴力装置』たるオレたちもずいぶんと暴れてみせるぜ? ただし大義名分は、そっちでなんとかしとけよ?」──冒険者ギルドのギルド支部長が。


 そして──


「なに、気にしなくていい。君が来なければ、私も我が子を、それと気づかぬうちに放り込んでいたかもしれないのだからね。他人事ではない。──それはそれとして、どうだい、我が子の愛らしさは。母親そっくりのこの耳が、特に愛らしくてね。実は……」


 ──考えうる最大限のコネをかき集めた俺が持参した、箔押しの封書の、その封蝋の家紋を見たナリクァン夫人は絶句し、頭を抱えた。隣に控える執事さんも、言葉を失っている。


「やってくれますわね……!」

「『何の準備もなしに』とのお叱りをいただきましたので、とりあえず声をかける程度の準備はしてきました」

「声をかける範囲が広すぎますわよ! あなたはいったい、この街で何をやらかそうというのですか!」


 夫人の金切り声に、俺はにっこりと微笑んだ。


「親との縁を失った子供たちが幸せになるための、楽園を作りたいのです」


 俺の言葉に、二の句が継げず口をぱくぱくさせているナリクァン夫人なんて絵面、今後二度と見られないだろう。


 ──だけど、これで、ナリクァン夫人はついに納得してくれた。

 というより、夫人が着々と進めてきた準備が、俺の持ってきた『大義名分』によって強引に整ってしまった、と言った方がいいのかもしれない。


 いずれにせよ、俺がこの世界にやってきて、そして根を下ろすことになったこの街で築いてきたものを、ありったけかき集めたんだ。

 たった一人の少年、たった一人の少女のために。


 ──いや、その二人を起点に、親の愛を失った子供たちが幸せをつかむことができる場を、少しでも整えることができたら。


 それはきっと、リノたちのような子供を少しでも減らすことになり、間接的には俺の元に生まれてきてくれる子供たちの未来を、より明るいものにしてくれるはずだ。




 『子供への投資は街への投資』──ゲシュツァー氏が語ったこと。

 彼はそれを、どれだけの本気度で語ったのだろうか。


 その言葉、ぜひとも本物にさせてもらう!

 俺が封書をもってナリクァン夫人邸に赴いてから三日。


 準備は整った。

 『彼』の動向も把握済みだ。


『だんなさま、いま、入って行ったよ』


 リノの言葉が、耳飾りを通して聞こえてくる。

 リノの五感からの情報は、非常に珍しい「探知の法術」の使い手である冒険者のイズニアが傍受し、宝珠に記録しながら、それを複数の「遠耳の耳飾り」に拡散する。


 リノは俺たち実行部隊の目であり、耳だ。直接やり取りできるのは、リノの着けている耳飾りとペアリングが成立している俺だけだが、リノが見て、聞いて、感じたものは、すべての「遠耳の耳飾り」装着者に共有される。


 要は、動画配信者たるリノ、サーバーのイズニア、そして視聴者の俺たちというわけだ。

 イズニアの力量と、彼女の法術を支えるために必要な魔力を供給するための魔煌レディアント銀の数の関係で、同時視聴者自体はそれほど多くないが、しかしより多くの人間が情報を共有できるのはとても重要なことだ。


「本当に、恐ろしい仕組みを考え出したものだこと。まったく、あなたはこの街に来る前に、一体なにをしてきたのかしらね」


 ナリクァン夫人は、そう言って苦笑いをした。


「さあ、お行きなさいムラタさん。あなたが始めた戦いです。子供たちの楽園を築くのでしょう?」


 ……言われるまでもない。

 けれど、俺が号令をかけていいものなのか。

 ここへきてビビッているわけじゃないけれど、もっと威厳のあるひとが……。


『俺たちはあんたのことを信じてここに集まったんだ。あんたが子供たちのために街を変えるんだろう? だったらあんたが言わずに誰が言うんだよ。俺の娘をくれてやった男ぶり、見せてみろ』


 遠耳の耳飾りから、マレットさんの声が聞こえる。


『ムラタさんのおかげで、ザステック大隊を救うことができた、その名誉を自分たちは得ることができました。自分は──自分たちは、ムラタさんを信じます。さあ、始めましょう』


 マレットさんの言葉に同意するように、ウカートの声が聞こえてくる。

 俺はただ、リノと直接つながり、ほかの「遠耳の耳飾り」装着者と、声だけのやりとりができる──ただそれだけの電波塔みたいなポジションというだけ。


 だけど、ナリクァン夫人が言う通り、たしかにこの戦いは、俺が始めたものだとするなら、だれが責任を取るでもないのだろう。


 ……だったら。


「……目的は、あくまでも『違法な労働環境』からの、子供たちの解放です。可能な限り戦いは避け、証拠を押さえること、子供たちの解放を第一に考えて行動してください」


 目的を確認し、そして、俺は、言った。


「作戦開始!」

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