第566話:リファルの思惑は
「お前、ガキが好きなのか?」
リファルに問われてつんのめる。結婚記念日から数日後、夫婦と家族の愛を確かめ合ったあとで、まさかこんな問いをぶつけられるとは。
「おいそりゃどういう意味だ」
「どういう意味って、そのままじゃねえか」
いいや違う!
子供好きで子煩悩だという意味か?
それとも
「いや……なんだその『ろりこん』って。そんな意味不明なことじゃなくて、ホラお前、妙にガキの世話を焼きたがるじゃねえか。お前ンとこの三人チビとか、孤児院のこととか」
「ああ、そういう意味か。紛らわしいんだよお前の言い方は!」
「ナニとどう紛らわしいってんだお前は。……それとも、お前、マジでソッチの意味のガキ好きなのか?」
馬鹿野郎!
だいたい、俺の好みは
「あーもうそれ以上は言うな。聞く必要もねえし聞きたくもねえ」
「まあ聞けよ、今朝はな? リトリィの奴、俺の服を繕ってくれたマイセルの頭を撫でたらさ、『わたしもこちらのほつれを直しておきました。なでてください』って、しっぽをぱたぱたふりながら頭を差し出してきて、それがまた可愛くて──」
「分かったから黙ってろ。お前のノロケを聞き始めたら日が暮れる」
「そんなつれないことを言うなって。ああ、そういえば昨日は──」
「誰かこのノロケバカを黙らせろ!」
「……朝っぱらから他人の嫁自慢聞かされて、いい気分になれるわけねえだろ」
「何言ってるんだ、リトリィは最高の嫁なんだぞ」
「その最高の嫁は、オレのモノじゃねえんだよ!」
リファルが手にした角材で、俺の頭をぶん殴る。
樫の木の骨に革を貼り付けた
「まったく。──コイシュナさんのコトだよ」
リファルは、昼食のスープをすすりながら言った。
隣で嬉しそうに昼食のパニーニを頬張るリノを見遣りながら、俺も同じ昼飯をかじる。
「ああ、あの孤児院の。あのひとがどうしたんだ?」
「……この前、その……メシに誘ったんだよ」
「ほう、メシに」
リノの耳がピクリと動いて、俺と一緒にリファルの方を見る。
「そしたらさ、子供たちの世話があるからっつって、……断られちまった」
「玉砕か。それは残念だったな」
「なんでそんなに嬉しそうなんだテメェは」
「嬉しがってなんかいないぞ、誤解だ」
「じゃあなんだその顔は」
「リファルがフラれて飯が美味い」
「ぶっとばすぞテメェ」
角材で殴ってきてから『ぶっとばす』はないだろう。因果が逆だ。
それにしてもリファルの奴、本気だったんだな。
でも、俺に手を出すとろくなことにならないぞ?
「あ゛~~~~ッ! いてェよおいチビ! コラ、手を噛むんじゃねえ!」
「だんなさまを叩いたお前のこと、ボク許さない!」
……ほらな? 優秀な護衛がいるからさ、俺。
「あんないい子だぞ? 真面目でよく働くし、優しいし、ちょっと不器用なところもあってさ。ほっとけるかよ」
歯形がくっきりと残る手のひらをさすりながら、リファルが恨めし気な顔で言う。リノは、つーんとそっぽを向いてみせて、謝る気はゼロだ。まあ、よくやった。あとでほめてやろう。
それはともかく、リファルは結構綿密に計算してデートに誘ったみたいで、そのためなかなかにショックだったようだ。
イアファーヴァ神の教えでは七日周期で「安息日」なる日があって、その日は一応休みを取れるそうだ。これは神殿関係者も同じらしい。
だからその日を狙って誘ったらしいのだが、コイシュナさんは「お仕事ではなく、好きでやっていることですから」と、リファルのデートの誘いを断ったのだという。
「ヴェスさんが来る日も計算してだぜ? 絶対イケるって思ったのよ……」
ヴェスさん──ナリクァン夫人が派遣してくれている子守女中か。確かに子守りのプロである彼女に任せられるなら、デートで半日程度開けたところで問題はないだろうに。
「子供が好きだし、天職だと思っているから、休みをもらおうとは思っていないんだとさ。お前、ガキが好きみたいだけど、その気持ちって分かるか?」
うーむ。色恋沙汰に無縁だった俺に相談をしている時点で、リファルの命運もすでに尽きていると思うんだが。
なんというか、仕事を口実に、リファルなどてんで相手にしていない、という受け取り方もできるぞ?
「お前、ここぞとばかりにオレを陥れようとしていないか……?」
「そうじゃない。考えてもみろ。好きな相手からデートを誘いがあったら、たとえ短くとも時間を作って、その誘いを受けるんじゃないか?」
「ただ忙しいだけかもしれないだろ?」
「いや……最後まで、希望を捨てちゃいかん、とは思うんだけどな? もうあきらめたら? すでに試合終了だよ」
「うるせえよ!」
だが、残酷な現実を突きつけて終わり、というのも笑いが少ない──もとい、薄情な気もする。トモダチとして、少しは可能性とやらを考えてみよう。うちの女性陣を参考にして。
まずはリトリィ。
彼女はとにかく素直だ。俺に対して、誠実であろうとしてくれる。聞けばちゃんと答えてくれるのだ。
──いいことも、悪いことも。俺を信じてくれているからこそ。
……うん、違う意味で当てにならない。コイシュナさんがそもそも、リトリィ並みにリファルのことを信頼しているかっていうと、あり得ないと断言できるからだ。リトリィの俺に対する信頼は、並大抵のものじゃない。それだけは自信がある。
マイセルは俺個人への信頼というより、「リトリィの信頼を勝ち得た俺」という存在への信頼のような気がする。へっぽこなところもあるけれど、それを割り引いてもなおリトリィが信頼を寄せる人間、それに付き合うといった感じか。
結婚した当初はかなり心酔してくれていたみたいだったけど、この一年でけっこうメッキがはがれたというか、ありのままの俺を知ることで、評価を下方修正しつつもそんな俺を愛してくれるようになった、という状態の気がする。
リノは……考える間でもないな。無邪気に俺の愛を信じてくれている。
とすると、フェルミか。
ずっと「男」をやってきた彼女は、俺に対してよく茶化したり冗談めかしたことを言ったりすることが多い。だからといって、俺のことを軽んじていたりしているわけではないようだ。
その言動が、彼女の照れ隠しの仕草だったとしたらどうだろうか。考えてみたら、二人きりのときには普段と違って情熱的に迫ってくることが多い。言葉遣いも、「~っス」という口癖が鳴りを潜め、より女性的になる。
とすると、やっぱり彼女は、人前で女性らしく振舞うことに照れがあるのかもしれない。普段の軽い言動は、照れ隠しのためのポーズなのだろう。
コイシュナさんが照れ隠し、というのはちょっと考えにくいだろう。だが、まだ知り合ってそれほど時間も経っておらず、リファルのことをまだ十分に理解していないと判断して、返答を留保する意味で断った、というパターンも考えられなくはない。
「……やっぱりそう思うか? そうだよな、まだ知り合って日が浅いからな。急にメシに誘ったのが悪かったのかもしれないよな?」
「いや、飯こそ大正義だろう。変に肩肘張ったような場所に誘うとかでなければな。うん、やっぱり単純に嫌われてるんじゃないか?」
「テメェはオレを励ましたいのかけなしたいのか、どっちなんだよッ!」
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