第562話:デートへGo!withファミリー(8/9)

「孤児院を……経営?」

「はい。わたくしどもは救児院きゅうじいんを名乗っていますが」


 ゲシュツァー氏が、微笑みを浮かべて言った。


「未来ある子供が、親の都合で満足な生活ができないというのは、長い目で見れば街の損失ですからな。親から相談を受けた子供をわたくしどもが引き取っているのですよ」

「親から相談を受けて……ですか?」

「左様です。また、子供が欲しくても子供に恵まれなかった、あるいは子供たちが一人立ちをして自分たちに余裕ができた──そういったご家庭に、我が院の子を紹介したりもしております」


 彼は誇らしげに、噴水前に並ぶ子供たちを指した。


「見てください、あの子供達を。素晴らしいと思いませんか?」


 確かに、仲間が募金を募っている間、他の子供たちは 身動き一つしない。みんな胸を張って誇らしげに微笑みを浮かべたまま、直立不動だ。

 まるで、日本の公共放送局の合唱コンクールに出場する生徒達のように。


「もちろん、あのような姿は一朝一夕にできるようになるものではありません。宝石は磨いてこそ宝石。原石のまま放置していては、光り輝くことなどありません」


 確かに、俺の知るもう一つの孤児院──「恩寵の家」の子供たちは、あんなに品の良い姿を保ってなどいられないだろう、などと思ってしまう。


「礼儀を教え込み、技術を磨かせれば、彼らには素晴らしい未来が待っているはずなのです。私はそれを信じ、彼らに教育を施し、街の未来に役立つひとづくりをしているのですよ」

「街の未来に役立つ、ひとづくり……?」

「例えばそうですね……ムラタさん。あなたは大変に素晴らしいとく家だ。見ず知らずの子供、それも路上で生活する孤児を引き取って育てるなど、なかなかできることではありません」


 そう言って、ゲシュツァー氏はヒッグスとニューのほうに目を向ける。


「ところで、どうでしょう、教育については。わたくしの見立てでは、あなたが引き取った三人の子供も、素晴らしい素質を決めているはず。そうですね、三人ともとても賢そうな目をしている。わけてもヒッグス君やニューちゃんの二人は、磨けばとても素晴らしい才能を開花させることでしょう」


 ニューが、ヒッグスの後ろに隠れるような仕草をした。ヒッグスは、そんなニューを背に庇うように半歩、前に出る。

 ゲシュツァー氏は、そんな二人に少し、目を細めた。


「いかがでしょうか。わたくしに任せていただければ――」


 そこまで言いかけたゲシュツァー氏は、しかしそれ以上言わなかった。

 フェルミが、手にしていた飴を投げつけたからである。

 俺の手から突然ひったくった飴を。


 ――っておいっ⁉ 俺の飴が! 俺のリトリィがぁああっ⁉


「おっと、ご主人。手が滑ってしまったよ。お客人に迷惑をかけてはいけないね」

「手が滑ったじゃねえよ! 俺のリトリィ! まだ一口もなめてなかったのに!」

「いいじゃないか。姉さまをかたどった飴なら、魔除け厄除けにも十分だろう?」


 そう言って、フェルミは不敵に笑った。ゲシュツァー氏に向けて。


「……これは、つい出過ぎた真似をしてしまいましたな。申し訳ありません」


 彼は飴を投げつけられたというのに、温和な笑みを浮かべて詫びた。俺はフェルミの無作法を咎めると、改めてゲシュツァー氏に向き直って詫びた。


「い、いや、私の方こそ失礼しました。……おっしゃる通りで、私も教育という点に関しては彼らに十分なことをしてやれていないのかもしれません。特にニューなど、あの口調をなかなか直せていませんからね」

「おお、でしたら――」


 ゲシュツァー氏が顔を輝かせる。しかし俺は、不安げに俺を見上げるヒッグスたちを見遣りながら続けた。


「ですが、やはり私が彼らを一人前にする、と決めたものですから。それに、彼らにはのびのびと自分らしさを大切にして育ってくれるのが、一番大事だと思っていますので」


 噴水の前で、寄付に対する感謝の言葉を、一息も乱さずに全員で言ってのける子供たちを見ながら、俺は答えた。


 あの一糸乱れぬ動き、息のそろった言葉を発することができる子供たちは、確かにすごい。あれだけの動きをするには、かなりの訓練を積ませたことだろう。それ自体には敬意を示したい。


 だが、ヒッグスとニューとリノにああなってほしいかと聞かれたら、それは悩んでしまうのだ。

 大工を目指すヒッグス、建築士に憧れるリノ、そして料理上手なお嫁さんになりたいニュー。自分で道を選び、それに向かおうとしている子供たちに、あのような道はもう、不要なのではないだろうか。


「……さすがムラタさんですな」


 ゲシュツァー氏は微笑みながら首を振り、そして右手を挙げてみせた。


「わたくしの方こそ、ぶしつけな提案をしようとしてしまったこと、改めておわび申し上げます。ただ──」


 そう言って、彼は帽子のつばを直してみせた。


「──ただ、躾や教育の面でご相談がございましたら、いつでもおっしゃってください。ご相談に乗りますよ」


 彼は慇懃に礼をしてから、噴水前の子供たちに向かって歩いてゆく。

 彼に気づいたのだろう、子供たちの列の端にいた、アコーディオン状の楽器を演奏していた男が何かを言うと、子供たちは一斉にゲシュツァー氏のほうに向き直った。


 皆が一斉に笑顔になり、一斉に右手を上げ、一斉に礼の言葉を述べる。一糸乱れぬ動きで。


 ゲシュツァー氏も笑みを浮かべて彼らの礼に応えると、端にいる背の曲がった男に何かを言う。

 男は何度も頭を下げてからひどく不格好な走り方で、広場にいた猿属人アーフェリングの写真屋に向かった。どうやら、写真を撮るらしい。


 背の曲がった男が甲高い声でなにか叫ぶと、写真屋は何度も頭を下げながらカメラを担ぎ、噴水のほうに歩き始めた。肩に下げた道具一式は、どうやらかなり重いらしい。

 あの箱の中に何が入っているかは知らないが、俺が以前、写影機を使ったときに利用した銀板などがたくさん詰まっているとすれば、そりゃ重いだろうな。


「いいなあ……。なあおっちゃん! どーしても、お──アタシたちも撮ってもらっちゃだめか……です?」


 ニューが羨ましそうにその様子を見ながらつぶやく。言葉遣いを俺が困ったと言ったからだろうか、なぜか言葉を訂正しながら。


「ニュー、おっちゃんに迷惑かけんなって。リトリィ姉ちゃんがいらないって言ったら、おっちゃんじゃどうしようもないんだからな」


 ヒッグス、気を遣ってくれてありがとう。でもそれ、つまりリトリィが俺を尻に敷いているって言ってるようなもので、彼女の名誉のためによろしくないからな? あと、俺の精神衛生上の問題も。


「ホントのコトじゃん」


 いや、ホントのコトっておいっ!


 そう突っ込みかけた俺は、思わずそれを引っ込めてしまった。ヒッグスが、急に厳しい目をしたからだ。


「……おっちゃん、ごめん、オレ、今から悪い子に戻るからさ。──説教はあとで聞くから、今は勘弁してくれ」


 ヒッグスが、酷く緊張した面持ちで身構える。

 見ると、ニューもリノも、同じ様子だった。


「……どうした、お前たち」

「おっちゃん。おっちゃんは、オレたちに真っ当に生きて、幸せになってほしくて、オレたちを拾ってくれたよな?」

「……あ、ああ、その通りだ。でもそれが──」

「オレ、おっちゃんに拾われて、今スゲー幸せなんだ。おっちゃんと、姉ちゃんたちのおかげで、あったかいメシ食って、あったかい寝床で寝れるんだ。だから、おっちゃんたちが言う、真っ当な生き方をしたいんだ。でも、そうじゃないやつらって、いっぱいいるんだ」


 彼らの視線の先には、猿属人アーフェリングの写真屋が、カメラを組み上げて写真を撮ろうとしている。その先にはゲシュツァー氏と、その孤児院──救児院の子供たち。


「……ヒッグス、なにを──?」

「オレは、オレたちが世話になったひとが困るようなことがあったら、できるかぎり守るんだ。それは路上で生きてきたオレたちの、意地なんだ」

「世話になったひと? ヒッグス、お前──」


 俺の言葉は、最後まで発せられなかった。


「ニュー! リノ! 俺が先に行く、走れ!」


 ヒッグスが走り出しながら叫んだ瞬間だった。

 それまでどこにいたのか、猿属人アーフェリングの写真屋が床に置いた鞄を、酷い身なりの数人の子供たちがかっさらってゆく!


「あっ……泥棒小僧ども!」


 写真屋が慌てて振り返ったときにはもう遅かった。鞄を抱えた子供たちは、人ごみのなかに身をひるがえし──


「うわっ⁉」

「て、てめぇなんなんだよっ!」


 少年と思しき複数の悲鳴が上がる。


「てめえら、運が悪かったな。オレは世話になったひとが困るようなことを見逃すほど、落ちぶれちゃいねえんだよ!」


 慌てて追いかけた先では、薄汚れた少年たちが倒れている中で一人、立っているヒッグスがいた。ゲシュツァー氏の厚意で借りた赤い軍服調の服が、午後の陽射しの中で、神々しいまでに映える。

 そして、明るい黄色の、フリフリなドレスを着ていてもさすがに身軽なリノが、最後の一人を蹴り飛ばすところだった。

 少し遅れて、それでもドレスを着ているとは思えない勢いで駆け寄ったニューが、地面に転がった写真屋の鞄にしがみつく。


「……ほら、とっとと行けよ。てめえらが盗んだものはオレが取り返した。あとはてめえらが間抜けに捕まらなきゃ話はおしまいだ。──はやく、とっととどっかに行けって!」


 少年たちは立ち上がったが、俺が駆け付けたのを見て不利を悟ったんだろう。蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「この性悪小僧たちめ!」


 追いついた写真屋が、鞄の前でへなへなと座り込む。


「ああ、よかった……! 午前中に撮った写影しゃえい板が盗られたなんてことになったら、どうなっていたか……!」


 写真屋は鞄を肩にかけると、「本当に申し訳ない、いくら感謝しても足りない」と、何度も礼を言う。


「……別に。だって、アンタには、オレもおっちゃんも世話になったし」


 ヒッグスが目をそらしながら、鼻をこすってみせた。


「……ヒッグス、知り合いなのか?」


 話が見えずに俺が聞くと、ヒッグスは目を丸くした。


「おっちゃんの知り合いだろ?」

「俺の知り合い?」


 思わず聞き返すと、当の猿属人アーフェリングの写真屋が、俺の顔を見て驚いてみせた。


「ムラタさん! ムラタさんじゃないか!」


 言われて、俺の方こそ驚く。三番街に知り合いなぞいないはずだ──そう思ったら、猿属人アーフェリングの男が苦笑いしながら教えてくれた。


「なんだ、短い間だったとはいえ、つれないなあ。ほら、四四二隊の──」


 言われて、やっと思い出す。そう、四四二隊の猿属人アーフェリングといえば!


「ウカート! お前、写真屋だったのか!」

「お前こそ見違えたぞ、なんだそのお貴族さまみたいな服は。それに、その……キレイどころを大勢連れて!」


 写真屋の男は、門外街防衛戦で、共に戦った戦友──猿属人アーフェリングのウカートだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る