第561話:デートへGo!withファミリー(7/9)

「お姉様、見てください! ほら、とっても可愛らしいレース!」


 マイセルが、実に嬉しそうに紙袋の中から取り出しては、リトリィに見せる。


「フェルミさんもいろいろ素敵なものを見つけたんですよ!」


 誇らしげな彼女の手には、様々なレース生地があった。可愛らしいもの、繊細なもの、華やかなもの──大きさも形もさまざまだ。長いこと、フェルミと一緒に楽しげに見せ合いながら選んでいたから、いま手にしているものも、彼女たちなりの選りすぐりのものなんだろう。


「フェルミもレース生地に興味があるのか?」


 言ってしまってから、はっとする。失礼なことを聞いてしまった。けれどフェルミは、特に気にしていない様子で答えた。


「興味がないわけじゃないスよ。私はつけないスけどね。そうスねえ、ニューとかリノとかマイセルとか……もちろん姉さまとか。他の人を飾るのに選んだんスよ」


 そう言って視線をそらす。だが、今着ているドレスは落ち着いた色調の緑のドレスで、フリルはほとんどないがゆったりとしたドレープが、「大人の女性」といった雰囲気をかもしだしている。

 たっぷりのフリルとリボンで、愛らしさに全振りしたような薄桃色のマイセルのドレスとは、実に対照的だ。


「そんなこと言わずに、フェルミもどう? これなんてとっても可愛いし。……あ、こっちなんて大人っぽい感じだから、フェルミにぴったりかも!」

「私には似合わないって、マイセルにこそ――」


 そこで遠慮し合うことなんてないのに。微笑ましい思いで眺めていたところに割り込んできたのがニューとリノだ。


「マイセル姉ちゃん、フェルミ姉ちゃん! 見てくれよ!」

「見て見て! あのお兄ちゃん、すごいんだよ! これ、飴なの! ボク、びっくりしちゃった!」


 ニューとリノの手にそれぞれ握られているのは、飴細工だった。


 ニューの手に握られているのは二つ。

 串の先にずんぐりとした黄色いダチョウのような鳥──騎鳥シェーンをかたどったものと、りんごのような形をした果物をかたどったものだ。


 リノが握っているのは、白い生地をベースにし、腰に巻いた青のショールが生み出す繊細なドレープを再現した美しいドレスを身にまとい、犬の顔をした女性をかたどった飴──どう見てもリトリィだった。


「えへへ、リトリィ姉ちゃんを作ってもらったの!」


 得意げなリノに戦慄する。

 いったい、いつの間にこんなものを?

 恐るべし飴細工職人の兄ちゃん!


「ちょっと待っていてくれ、ダース単位でまとめ買いしてくる」

「まとめ買いって、何言ってんスか?」

「何を言っているんだ。あの飴細工職人の兄ちゃんに、今後いつ会えるか分からないんだぞ」

「どうどう、とりあえず落ち着けってご主人」

「止めるなフェルミ、俺はあの飴遣いをいっそ雇い入れるくらいのつもりで──」

 

 結局、全員からいさめられて、涙を呑んで一本だけ買うことにした。

 ところがこの飴細工職人の兄ちゃん、商売がうまいんだ。


「いかァっすか? なンなら皆さんの飴、作りますけどォ?」


 そう言いながら、あっという間にリノの飴を作ってしまい、リノに渡す。

 嬉しそうに受け取っちゃったリノに、返しなさいなんて言えるわけないだろう!


 見事にしてやられた思いで財布を開く間に、今度はニューの飴、そしてヒッグスの飴を作って、それぞれ渡してしまう。特徴をよくとらえた飴細工を手渡されたチビたちは、それぞれに歓声を上げて受け取っちゃうものだから、財布のひもを緩めざるを得ない。


 でもってだ。


「……白いフリフリエプロンだけをつけた感じで、──頬を染めて、腰をこう、突き出す感じでだな? あと、しっぽは――」

「……ダンナも好き者っすねェ」


 にやりと笑う飴細工職人の兄ちゃん。


「もちろんできますよ? ただし少ぉしだけ──」

「二倍──いや、三倍払う」

「まいどありィ!」


 このノリのよさと、満ち溢れる自信。この男ならきっとやり遂げるだろう。通常の三倍の値段ごとき、必要経費と割り切らざるを得ない。


「なにが、まいどありなんですか?」


 隣で、妙に威圧感のある笑顔で立っているリトリィ。

 ……いつの間に⁉

 ひきつった笑顔で固まる、俺と、飴細工職人の兄ちゃん。


 涙を呑んで、リトリィ飴をメイドさんタイプに変更せざるを得ない俺だった。




「はああぁぁああぁあああぁぁぁ……」


 大道芸人のナイフによるジャグリングを見て悲鳴やら歓声やらを上げてるリトリィたちを見ながら、俺は果てしないため息をついていた。


「あぁぁああぁぁあぁ、もったいないッ!」


 手元の飴を全く舐めることができない。

 当たり前だ。こんな芸術のようなリトリィを街中でしゃぶるなんて。

 いや、今すぐ本物のリトリィをしゃぶりたい欲望はこの際、脇に置いておくとしてもだ。


「だから落ち着けって、ご主人」


 隣で、寸毫も躊躇することなく、自分をかたどった飴をガリボリと噛み砕いているフェルミが、俺の手元の飴を見ながらあきれたように言う。


「食い物なんだから、いつかは食べるものだし、そのつもりで買ったんでしょ? 今さら何を言ってるんスか」

「で、でも見ろよ! こんなに綺麗なんだぞ! こんなに綺麗なリトリィをこんな街中でしゃぶるなんて、俺にはとてもできない!」


「じゃ、他の子にでもあげちゃったらどうスか?」

「馬鹿言え、誰かにやるくらいなら俺が食べる!」

「じゃ、さっさと食べればいいんじゃないスか?」

「さっさと食えないからこうして悩んでるんだ!」

「……本当に難儀なひとっスね、私のご主人って」


 あきれつつ笑ってみせるフェルミに、俺は不貞腐れる。

 だってリトリィだぞ? まだ十分に愛でてもいないうちになめてしまうなんて、もったいないじゃないか!


「そういうトコが難儀なひとって言ってるんスよ」


 苦笑いするフェルミだが、「なんでこんなひとに惚れちゃったかなあ」というぼやき、しっかり聞いたからな、可愛い奴め!


 それにしても、さっきから俺のことを「ご主人」と呼ぶのは何なんだ? 聞いてみると、フェルミはあっけらかんと言い放った。


「個性の主張っスね」

「……わけがわからないよ?」

「だって、お姉様とリノは『旦那様』でしょ? で、マイセルが『ムラタさん』。だったら私はどう呼ぼうかって考えて。で、こうなったんスよ」


 『で、こうなったんスよ』じゃないだろ。敬意を込めている振りをして、呼び捨てにされているみたいだ。

 するとフェルミは、おかしそうに笑った。


「え? だって相手、ムラタさんっスよ? いまさら『ご主人様♥』とか、そーいうの、ありえなくないスか?」


 おいっ! そりゃどーいう意味だっ!


 などと、フェルミとくだらないやり取りをしていたときだった。

 何やら歌声が聞こえてきたのだ。

 透明感のある、高く澄んだ歌声。どうも、少年や少女の混声合唱団が、この広場のどこかで歌を歌っているらしい。

 リトリィたちも気づいたようで、笑顔でこちらにやってきた。


「だんなさま、噴水のほうのようですよ? 行ってみましょう」


 リトリィに誘われて、みんなで一緒に、先ほどの噴水のところまで戻る。

 噴水の前には、揃いの服を着た少年少女達が並んで歌を歌っているところだった。子供たちのそばでは、アコーディオンのような楽器を鳴らしている、背の曲がった男がいる。


 歌の内容は神を賛美する歌のようだが、いかにも子供らしい、透き通るような歌声に、俺は中学時代に全校で競った合唱祭を思い出す。

 この世界──というか、この街には小・中学校なんてないから、どこかのコーラス団か何かがやっているのだろうか?


 歌は、神々の奇蹟や恩寵を称えるものがほとんどだったが、この世界に来てから「歌」というのものに触れたのは久しぶりだったから、妙に感慨深く感じた。


 合唱が終わり、周りと同じように俺も手を叩いて称える。すると、代表らしき子供が大袈裟な仕草で礼を述べている間に、帽子を脱いだ子供が二人出てきて、その帽子を観客に差し出した。


「……なんだ、あれ?」

「寄付をもとめているんです。だんなさま、とってもすてきな歌声でしたし、いくらか包みましょう?」


 リトリィに教えられて、俺は財布からいくつかの銅貨を取り出すと、やって来た少女の帽子に入れた。少女は笑みを浮かべると、「あなたに神々の恵みがありますように」と手のひらをこちらに向ける礼をする。


「ああ。素敵な歌声を利かせてくれて、ありがとう。君たちにも、神々の恵みがありますように」


 そう言って礼を述べると、少女はすこし驚いたような仕草をした。そしてとても嬉しそうに笑顔を輝かせると、改めて感謝の言葉を述べた。


「……なんであんな、驚かれたんだ?」


 ほかの客のほうに歩いて行った少女の後ろ姿を見ながら首をかしげると、マイセルが微笑みながら教えてくれた。


「だって、私たちは寄付をする側ですよ? ムラタさんったら、『聞かせてくれてありがとう』だなんて」

「……いや、素敵な体験を提供してくれたんだ、ありがとう、だろ?」

「マイセルの言う通りスよ。ご主人、本当にお人好しなんだから」


 フェルミも苦笑しながら、「でも、そんなご主人が、私は好きですよ」とそっと耳打ちをしてくるものだから、本当にコイツはからかい上手だと思う。


「お人好しでもなんでもいいさ。いい歌声を聴かせてもらった礼を言いたかったんだから」


 誰にともなくそう言うと、不意に後ろから声を掛けられた。


「お声を掛けてくださり、ありがとうございます。ヴァシィも喜んだことでしょう」


 驚いて振り返ると、そこに立っていたのはゲシュツァー氏だった。


「……見ていたんですか?」

「ええ。ムラタさん、やはりあなたは変わったひとだ。──変わったひとだが、実に好ましい」


 面と向かって言われて、なんだか気恥ずかしくなる。


「ええと、あの子はヴァシィというのですか? ゲシュツァーさんは、あの子たちを知っているんですか?」

「知っているも何も」


 ゲシュツァー氏は、実に誇らしげに答えた。


「私の経営する孤児院──『神の慈悲は其を信じる者へ』の子供たちですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る