第560話:デートへGo!withファミリー(6/9)

 十五体もの神像と、それを囲む噴水。

 噴水を眺める人、噴水の縁に腰掛けて休む人、噴水に溜まっている水を掛け合って遊ぶ子供、噴水の絵を描く人、そしてそう言った人々にモノを売りつける人。


 噴水を囲むように、実に多くの人々が行き交い、そうした人々を相手に、多くの屋台が立ち並ぶ。

 四番大路の城門前広場のような賑わしさだ。


『結婚記念日をお楽しみなさるのでしたら、ぜひ三番街の中央広場をご覧になってはいかがでしょうか。ムラタさんにとっても、きっと興味深いものが見られますよ』


 三番街に住むゲシュツァー氏がすすめるだけのことはある。こういう場所は、様子を眺めているだけでもなんだか気分が高揚してくる。


「噴水は、古き神々であるダース神族十五柱を表しています」


 マイセルが、噴水を指差しながら教えてくれた。


「中央の三本のうち、左右並び立つ噴水は、世界を混沌から分離して天と地を作り出した、あめなるいと高き男神と地なるいと広き女神を指します」

「その神様の名前は?」

「創世の神様ですよ? お名前をみだりに呼ぶのは失礼に当たりますので、お名前は呼びません」

「神像はあるのにか?」

「言葉は力ですから」


 なるほど。日本でも言霊ことだま信仰──言葉には力が宿る、という考え方があるし、そういうものなのかもしれない。とりあえず納得しておく。


 その二本の噴水の間、やや手前にあるもう一つの噴水が、二柱の神が天と地を生み出したあとで最後に生み出した、ザイケルハイトという神様を表しているのだという。

 このザイケルハイトという神は、最初の二柱の神の仕事を引き継ぎ、最初に作り出したのが男神ザイネフと、女神レテュンレイベ。結婚式の時に、俺たちが宣誓を捧げた神様だ。


「ザイネフ様とレテュンレイベ様は、ザイケルハイト様をお助けして、残りの十の神々を生み出します。私たちが信仰を奉ずるキーファウンタ様も、その十の神様のなかのひと柱なんですよ!」


 古き神族──ダース神族と呼ばれる神々は、その後、互いに協力したり、時に争ったりしながら、この世界を今の形に作り上げていくという流れなのが、この世界の神話らしい。


「じゃあ、イアファーヴァって神様はどれなんだ?」


 孤児院──ダムハイト氏が信じる神様は、どれなんだろう。マイセルに聞いてみると、「あの中にはありません、新しい神様なので」と言われてしまった。


「それに、イアファーヴァ様をかたどったものを作るのは、戒律で禁止されてるそうですよ? 理由はよく分からないですけど」


 なるほど。神様にもいろいろあるってことだろう。

 それにしても、十五体もの神像が立ち並び、十五の噴水が水を吹き上げているというのは、じつに絵になる。


 これが異世界ニホンなら、噴水の前にみんなで並んで記念写真、といったところだろう。実際、身なりの良い男性が、女性とともに噴水の前に立ち、ステッキ片手にポーズをとっている。


 その二人に対して、いかにもな三脚つきの木箱を抱えた猿属人アーフェリングと思われる獣人の男が、眼鏡を押し上げながらなにか注文を付けている。これから写真を撮るところのようだ。


 だが、この世界の写真は、実用にえるようになってから、まだあまり時間が経っていないらしい。個人が気軽に機材を持ち歩けるようなものでも、まして気軽に撮れるものでもないようだ。


 撮影するときには数分間、動きを止めていなきゃならないし、撮影料も一回につき銀貨一枚とか、非常に高価なんだそうだ。


 実は出かける前に、記念写真を撮りに写真館に寄らないかとリトリィに相談してみたんだが、彼女は笑って首を振った。


『そんなことにそんなたくさんのお金をつかうくらいなら、そのぶん、上等の布を買います。あなたにあたたかいものを縫ってさしあげますから』


 あっさりと断られてしまった。いまの綺麗な君を残しておけば、何十年後かのいい思い出になる、とも言ったんだけど、これまた笑って断られたんだ。


『そのときには、そのときのわたしを愛してください。わたしは、ずっとあなたのおそばにいます。あなたとともに老いた、ありのままのわたしを愛してください』


 結婚一年目、その記念の日──それを形で残そうと思ったんだけど、リトリィがそう言うならしかたがない。その分、美味しいものでも食べようかと思っていた。

 ……まさか、川に落ちることになるとは思わなかったけれど。


「はい、そのままそのまま! ああ奥様! こっちですこっち! この丸いガラス板を見てください!」


 写真屋が、手をひらひらさせてレンズのほうに注目させようとしている。

 この日当たりなら、おそらく五分足らずの間、じっとしていればいいのだろう。


 リノたちも、猿属人アーフェリングの男が構える頭より大きい程度の四角い箱が、以前、俺が『幸せの鐘塔』の上で使った写影機──カメラだと気づいたようだ。興味深げに近寄って眺めている。


「おっちゃん! あれ、このまえ塔の上で使った奴と、同じだろ?」


 ニューが、少々興奮気味に俺の服のすそをつかんで訴えてきた。


「そうだな、同じようなものだな」

「またやるのか?」

「いや、今日は……」

「今日もやろうよ! こんなキレイな服、着せてもらったんだ! いいだろ?」

「いや、だから──」

「リノも似姿、欲しいよな! せっかく可愛いカッコしてんだし!」

「写真は高価で……」

「おっちゃん、フェルミ姉ちゃんがあんなに女の子らしいカッコしてるなんて見たことないだろ! やろうよ!」


 力説し続けるニューだが、さすがにそれだけの理由で銀貨一枚を投入するわけにはいかない。写真一枚にかかる銀貨一枚とは、ひと一人が一カ月、贅沢しなければ食っていける程度の金額なのだから。


「えーっ、ダメなのか?」

「無茶を言わないでくれ、記念の写真を撮りたい気持ちは、俺もよく分かるぞ?」

「なんだよ、ケチだなおっちゃんは」


 なんとでも言え。リトリィが節約を口にしたってことは、きっと家計を預かる彼女が、支出を引き締める必要性を感じているってことなんだからな。


 ニューが未練がましく、写真屋の方を何度も振り返る。

 確かに、家に飾ってある銀板写真。あの写真を、今度は綺麗な衣装を着ている今の姿で欲しい、というのは、俺自身の望みでもある。

 だけど、高いんだよね、ほんとに。


「……そんなことより、ニュー。お腹が空いていないか?」


 そんなわけで、俺は別の作戦に打って出る。広場を囲むようにしている様々な飲食店のうち、店の前にテーブルを並べているカフェらしき店を指差してみせた。


「もう昼だし、あそこで食事にしないか? なあ、みんな」


 本当は屋台でちょいちょいつまんで食べたいところだが、フリルとひだドレープたっぷりのドレスで串焼き肉でも食われたりしたら。……もしタレをこぼしでもしたら、たまったもんじゃない。


 ここはひとつ、ティーカップを傾けながら、ハムとチーズと葉野菜を挟んで塩を振っただけのような、シンプルなパニーニあたりをおしゃれに食って欲しいものだ。


 ニューはまだ不満げだったが、ヒッグスとリノが歓声を上げたため、それ以上は何も言わなかった。




「ふふ、こうしていつもとちがういちをまわっているだけでも、楽しいですね」


 リトリィが、左腕にぴったり寄り添うようにして微笑みながら、俺を見上げる。

 ニューとリノが、興味を持った屋台に駆け寄っては、その商品を食い入るように見つめ、その後ろでヒッグスが渋い顔をしている。

 さらにその後ろでは、マイセルがにこにこしながらついて回ってくれている。


 これがいつものチビ三人組なら、店主から邪険にされ追い払われるところなのだろうが、服装がいかにも高級なものだからだろうか。店主も、その保護者──つまり俺たちに対して、妙に愛想を振りまいている。

 

 それにしても、このボリュームのありすぎるドレスを着た女性が、成人女性だけで三人。さらに未成年の少女が二人。衣装に着られていると言った方がいい少年が一人で、ついでにアラサーのおっさんも一人。


 ……そうだよな、どうやったって目を引くに決まっている。屋台の主たちも、俺の周りにいる美女集団と俺とを何度も見比べ、ひきつった愛想笑いを浮かべるのだ。


 ──ああ、言いたいことは分かるよ! 『なんでこんな冴えない野郎に、こんなに女がぶら下がっているんだ?』ってことだろ!


 さっき昼食をとったカフェでも、似たような反応だったよ! リトリィたちのドレスのボリュームはかなりのものだから、店の中は遠慮して、テラス席で食事をとったんだ。まあ、春だし、ぽかぽかした陽気のもとで食事ってのもいいと思ってさ。


 そしたら、通りすがる人々みんな、俺たちをちらちら見ながら通り過ぎていくんだよ。必ず、俺と、女性陣とを、何度も見比べながら。肩をすくめる奴なんかはまだいいほうで、あからさまに舌打ちしていく男たちもいた。


「なんだか気分がいいスね」


 フェルミがニヤニヤしながら言う。


「どういう意味だ?」

「自分の主人が嫉妬されてるってのが分かるからっスよ」


 フェルミの言葉に、マイセルもいたずらっぽく笑う。


「私達は、ムラタさんの素敵なところを知っている──だからおそばにいるのに、それを分かっていない男のひとって、意外と多いみたいですよね」

「そういうことね」


 そう言って、二人で顔を見合わせてくすくすと笑うマイセルとフェルミ。いつの間にか、けっこう仲良くなっていたみたいだ。


「──あ、マイセル、あの端切れ屋、ちょっと見てみない? 可愛いレース生地があるみたい」

「私もさっきから気になってました! ……ムラタさん、ちょっと見てきていいですか?」

「……ああ、しばらくチビたちは動きそうにないから、いいよ。行っておいで」


 俺の了解を得て、フェルミとマイセルは、共に嬉しそうに、そろって屋台をのぞきに行く。姉妹にも、少しだけ年の離れた友達のようにも見える。

 そういえば、マイセルも最初、フェルミのことをライバル視していたっけ。それが今では、『姉のリトリィ』に『友達のフェルミ』といった様子だ。


 ……で、俺が了解を出した理由たるニューとリノはといえば。


「あ、今度は分かった! 騎鳥シェーンだろ!」

「すごーい! 飴のおにーちゃん、かっこいい!」


 とある屋台を前に、目をキラキラさせながら歓声を上げている。

 それは、飴細工職人の技が生み出す数々の飴細工。


 何かの果物、馬車、毛長牛、騎鳥、これは……大道芸人だろうか?


 ダイナミックな動きから生み出される色とりどりの飴細工が出来上がっていくのを、実に楽しそうに眺めている。

 おそらく、このまま当分動かないに違いない。


 ……飴細工師のにーちゃん、きっとサービスしてみせてくれてるんだろう。せめて俺たち全員分──七個は飴を買ってやらないと、気の毒になってくるほどの派手なパフォーマンスだ。


「ふふ、みんながたのしそうにしているのをみている──それだけでも、とってもたのしいですね」


 リトリィが俺を見上げて微笑む、その姿がとても愛おしくて。

 往来の中だけれど、彼女の薄い唇を、そっと貰い受けた。

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