第563話:デートへGo!withファミリー(9/9)

 結婚記念日のこのお出かけの日に、第四四二戦闘隊で戦った仲間と、こんな形で出くわすなんて。懐かしさを覚えながら改めて右手を挙げて挨拶をすると、ウカートは手を重ねてきた。


 やはり命を懸けて共に戦った仲間というのは、仲間のレベルというか、重みが違う。アメリカ映画などでは、戦場から帰還した登場人物が、かつての戦友に対して良くも悪くも強い仲間意識を見せるシーンがあるけれど、こういうことなんだと今さら理解できてしまった。


「ウカート、久しぶりだな。元気そうじゃないか」

「久しぶりだですって? 別にそんなに日は経ってないでしょうに、大げさな」


 俺の方も改めてウカートの右手に手を重ねて笑った。


「大げさなもんか。あの時は本当に死ぬかと思ったんだからな、その時の仲間が元気にやってるって分かるだけも嬉しいよ」

「なに言ってるんですムラタ君、君は顔も見忘れていたくせに」

「それを言うならウカート、お前だって同じじゃないのか? さっきからここで写真を撮っている姿、何度か見たけど、お前の方こそ声を掛けてこなかったじゃないか」

「奥さん奥さんって情けなく騒いでたひとが、まさかこんな綺麗どころをずらりと並べるようなひとだとは思わなかったんですよ」


 それを言われるとなにも言い返せない。俺自身、どうしてこうなったって思っているくらいだから。だが、それはともかくとしてだ。あの時の戦友が元気にやっているというのを見られただけでも嬉しいものだ。


「ああ、君はあのときに大怪我をしていた子ですね。すっかり元気になったみたいですし、それにとても可愛らしくなりましたね」

「うん! おじちゃんも元気でよかった!」


 ウカートに褒められて、嬉しそうに礼を言ったリノの頭をくしゃくしゃっと撫でる。リノがくすぐったそうに見上げたのに対して微笑んでみせると、リノはこれまた嬉しそうに耳をぴこぴこと動かした。


「それにしても、写真屋をやってるなんて知らなかったな。……というか、あの時の仲間が、ひとりひとりどんな仕事をしてるなんて、結局聞きもしなかったな、俺は」

「……まあ仕方がありませんよ。あの時は生き残ることが全てでしたからね。それにしても……」


 ウカートはうなずいたあと、すこし言いにくそうに続けた。


「それはともかく、君、娘さんがまだ小さいからって、そう軽々しく、人前で頭を撫でていていいのですか? 娘さんの躾の問題もあるでしょう?」


 なんの問題があるのか首をかしげ、そして気が付いた。ああ、そうか。女の子の髪を触るのはマナー違反だったか。人前で変な誤解を招くようなことはやめておくべきだった。ある種の癖になっていた、気を付けないと。


「……それよりウカート。仕事中だったな、ごめん、邪魔をした」


 こちらに、背の曲がった男が駆け寄ってくるのを見て、俺が話を切り上げようとしたのと、男が叫んだのが、ほとんど同時だった。


「おいっ! 写影屋! クソガキどもは追っ払ったんだろう! こっちは待っているんだぞ!」


 やたらと甲高い声で叫んだ男にひとまず頭を下げてから、ウカートに声を掛ける。


「ウカート! すまなかった、仕事中に声を掛けてしまって邪魔をしてしまって。俺のせいで客を待たせてしまったみたいだ、悪かった」


 男が、こちらをじろりとにらみつける。

 おお、怖い。背中が曲がっているので、おそらく俺と同等程度の背丈ながら視線が低いが、ぎょろ目の上目遣いはかなり威圧感がある。


「オシュトブルク市民兵第四四二戦闘隊の一員として、門外街防衛戦を共に戦った懐かしさでつい、声を掛けてしまった。また今度、剣や弓の腕試しを存分にしようじゃないか。それではごきげんよう」


 大げさに礼をしてみせると、男が急に後ずさりをしたから面白い。やはり軍務経験者っていうのは、命をチップにひと働きするだけあって、それなりの扱いを受けるものなのかもしれない。

 ……ただのハッタリだけどな!


「……ほう、やはり軍務経験者でしたか」


 声を掛けられて、俺はハッとする。

 いつの間にか、ゲシュツァー氏も近くまで来ていた。

 ……いや、ちょっと待って? ただのハッタリだから。あまり突っ込んだこと聞かないでくれると俺、とっても助かります。


 とまあ、内心冷や汗を垂れ流していたが、ゲシュツァー氏は何やら満足気にうなずいてみせただけで、男を軽く叱責して戻って行った。


「……実際、あの子供たちを立ったまま待たせているからな。行って来いよ」

「わ、分かりました。ムラタ君、時間はまだ、ありますか? もしよければ──」




 写真の撮影が終わったあと、孤児院の少年たちは一糸乱れぬ見事な動きで広場を後にしてゆく。ゲシュツァー氏は満足気にうなずきながらそれを見送ったあと、「よい休日を」と俺たちに挨拶をして広場を去って行った。


「……ムラタさん、彼と知り合いだったんですか?」


 カメラの機材をこちらに運んで来ながら、ウカートが尋ねてきた。


「いや、知り合いだったというより、今日知り合った」

「ムラタさんは、彼が何をしているひとか、ご存じなんですか?」

「孤児院──彼は救児きゅうじ院と言っていたか。それを経営していると言っていたが?」

「いや、それだけじゃないですよ。ナリクァン商会ほどではありませんが、彼も比較的大きな商店を構えています。あとは──いくつかの工場も」


 ──工場! まあ、おそらく工場制手工業なんだろうけれど、なんだか一気に近代に飛んだ気がする。ギルドがせめぎ合うこの街で、工場。一体、どんな雰囲気なんだろう。少し気になる。


「いずれにしても、ムラタさんは上手いこと人脈を作りますね。しがない写影家としては、うらやましい限りですよ」


 そう言いながら、てきぱきとカメラを組み上げていく。


「……俺と話していていいのか? 次のお客さんがいるんだろう?」

「なにを言っているんですか。さあ、並んでください。撮影しますから!」

「……いやいやいや、そんな金はないから!」

「なにを馬鹿なことを。この子たちに助けてもらった恩を、まだ返してしませんよ? 無料でとは言えませんが、感光材のお代だけで」


 そう言って提示された額は、「三分の一以下じゃないですか!」とマイセルを驚かせ、フェルミがその口を横から押さえることになるほどに安価だった。これは頼むしかない!


 そんなわけで、塔の上で撮った写真とは違い、こんな機会は一生に何度もないだろうと思う身なりで、俺たちは、人生で最初の結婚記念日の晴れ姿を写し取ってもらったのだった。




 後日届いた写真は彩色写影と呼ばれるもので、白黒の姿を写し取った銀板に、薄く絵の具で色を付けたものだった。

 もちろん、細部まできめ細かく塗るようなものではなく、ウカートの記憶を頼りに「なんとなく」で塗られた色だったから、カラー写真にはほど遠い。


 けれど、俺たち家族の姿が、出発の一周年を記念する大切な日の記憶が、こうして褪せることなく残ってゆくことになる彩色写真に仕立ててくれて、しかも追加費用無しで装飾までしてくれたウカートには、どれほど感謝してもし足りない。


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