第556話:デートへGo!withファミリー(2/9)

「どうです? 三番大路のシェクラの並木。四番大路に負けない美しさでしょ」


 フェルミが言う通りだ。

 三番門前広場――南門から伸びる三番大路は、四番大路と同じく、シェクラの並木が美しい。

 フェルミの話だと、一番大路に次いで二番目に整備されたのに「三番」なのは、整備された時期と命名の時期が異なるからという。


「昔はただ『北大路』『南大路』って呼ばれてたらしいんスけど、のちに西方面と東方面にも門も作られて。で、その時に北の一番大路から東、南、西の順に名前を付けられたって話っスよ」

「そのまま東西南北の門と大路で良かったんじゃないのか?」

「さあ。当時、名前を決めたお貴族サマに言ったらどうです?」


 くすくすと笑うフェルミ。歴史的な経緯がそういうものだっていうのなら、俺がどうこう言えるものでもないけれど。


「だから、門の近くの古い町並みは、みんな石造りです。石造りだけでなく、レンガの家もとっても多いですね。ただ、私たちが住んでいる四番街とちがって、三番街はそれが門前広場周りだけでなく、大路の先までずっと続くってことでしょうか」


 マイセルが、弾んだ声で教えてくれた。


「だから、三番大路は赤茶色のレンガの街です。木骨造もっこつぞうが多い四番街とはまた違った、レンガの微妙な色加減の調和が綺麗な街並みですよ!」


 ああ、それは分かる。「幸せの鐘塔」の上から何度も見たからな。だが、実際にこのエリアに来て歩くのは初めてだから、妙に胸が高鳴る。


 もう一つ特徴的なのは、そう――


「だんなさま、だんなさま! 見て見て、でっかい水たまり!」


 リノがしっぽをまっすぐ立てて、大はしゃぎだ。


「池、だな。しかし、どこまで続くんだ?」

「分かんない! おっきーい!」


 そう言ってしっぽを立てたまま、ぐるぐるそこらを走り回る。


「りっ……リノちゃん! 下着、下着は⁉」

「脱いだよ!」

「いつの間に⁉」

「忘れた!」


 マイセルの悲鳴と、全く悪びれることなく即答したリノ、そしてぷるんと揺れる可愛らしいおしり。


 ――またやりやがった、この娘は。

 せっかくリトリィが、いつかお出かけをするとき用にと、背中の青いリボンが可愛らしいワンピースを仕立ててくれたというのに、このざまだ。


「リノ。この悪い娘め」

「だ、だんなさま……? だって、現場じゃないんだから、その……いらないかなーって、ボク……」

「いらないわけがないだろう」


 わざとちょっと怖い顔をしてみせると、途端にしっぽが垂れ下がり、耳もしおれてゆく。


「せっかくマイセルがはかせてくれたっていうのに、また可愛いおしりが丸見えだ。まったく……」


 もう少しお説教してやろうかと思ったが、上目遣いに心細そうな顔をするものだから、つい、


「……あまりしっぽを上げないようにな?」


 そう言って、脳天わしゃわしゃの刑にするだけに留める。

 だがリノは、わしゃわしゃされながらくすぐったそうに耳をぴこぴこさせてみせると「うん!」と大きくうなずき――


「……まあ、そうなるな」


 やっぱりしっぽを跳ね上げてくるりと背を向け、池に駆け出した。つられてヒッグスもニューも駆け出すのが微笑ましい。

 ……ただし、リノだけはやっぱりおしり丸出しで。


「……ムラタさん、あの子、全然聞いてないんですけど?」

「ごめん」

「……ほんとに、ムラタさんはあの子に甘いんだから。優しさはムラタさんの美徳ですけど、甘いのは違いますよ?」


 ため息と共に苦笑いで俺を見上げるマイセルに、俺はまたしても「ごめん」としか言えない。


「その『お優しいダンナさま』がみんなをぞろぞろ連れてウチに来たときには、さすがにびっくりしたっスけどね」

「なに言ってるんだ、家族なんだから当然だろう」

「……オレ、結婚なんてしてないんスけど?」

「いずれするんだ。俺の妻になったらこういう行事に強制参加だ、覚悟しておけ」

「なにが覚悟っスか。『急に家族を増やしたものだから税金がたいへんだ』なんて、覚悟の足りないことを言ってオロオロしてたって、マイセルから聞いたっスよ」


 ま、マイセル! そういう情報漏洩はいかんですよ!

 うろたえる俺に、フェルミはニヤリと口の端を歪めてみせた。


「奥様方がちゃあんとそのへんをしっかり支払ってくれてるって知らずに、一人で大騒ぎしているムラタさん。ああ、可愛いスねえ」


 ……うっさいわ!




 池は街の憩いの場として活用されているようで、池の周りの石畳では、それなりに多くの人々が行き来していた。


「やっぱり緑が多いっていうのは気持ちがいいですね」


 リトリィのしっぽが大きく揺れている。俺と街で生活するようになるまでは山の中で生活していただけあって、池を囲む木立ちは、彼女にとって癒しとなるらしい。

 ずっと落ち着かない様子でそわそわしていた――藍月らんげつの日に不用意にキスをしてしまった俺のせいらしい――彼女だが、水辺と緑で気が紛れてくれたら何よりだ。


「あっ! ねえ兄ちゃん、あっちで何かはねた!」

「コイか何かだろ? ……お、おい、ニュー! 急に引っ張んなって」


 ニューが、ヒッグスの手を取って池に駆けてゆく。もちろんリノも一緒だ。


「おい、あまり離れるんじゃないぞ?」

「はーい!」


 返事は素直だが、本当にこちらの言うことを聞いているかどうかなんて、怪しいものだ。そしてそれが、子供というものだろう。


「ふふ、リノちゃんのああいうすがたを見るのって、こちらも楽しくなってきます」

「お姉さま、別にいいんスけど……あのチビたち、ほっといたらあのまま迷子になっちゃいません?」


 フェルミの言葉に、リトリィは微笑んだ。


「だいじょうぶだと思います。あの子たち、見た目はおさないですけど、あの子たちなりに苦労して生きてきたのですから。ちゃんとわきまえていますとも」


 リトリィが「ほら」と示す先では、池につながる水路の橋の上にしゃがみこみ、下の水面を見下ろすニューとヒッグス、そしてこちらをちらちら見ながら何やら言っているリノ。

 うちのチビたちだけでなく、よその子もいるようだ。似たような背格好なので、おそらく姉妹なのだろう。場所を取り合ったりすることなく、チビ同士、仲良く楽しそうに水面を指差して身を乗り出している。


 ……ああ、うん、微笑ましいね。

 微笑ましいんだけど……リトリィには悪いが、ほどよく不安だ!


「ああして、見知らぬ子ともなかよくできているのですから……」


 リトリィの微笑みが、若干、ひきつってきた。

 いや当然だろう、やめろニュー。欄干のないその橋から手を伸ばすんじゃない。

 ヒッグスも兄貴なら止めろよ。よそさまのチビが真似したらどーすんだ、てかみんなで水面を覗き込み始めたみたいだぞ、やめろって。


 不安を感じて足早に彼らのもとに行くと、身なりのいい紳士がそばにいた。どうやら姉妹の父親らしい。帽子をとって挨拶されたので、こちらも挨拶を返す。


「可愛らしいお嬢さんですね」


 声をかけると、その父親らしき男は誇らしげに笑ってみせた。


「ええ、まったく。本当に可愛い盛りです」

「娘さんがお二人ですか。将来が楽しみですね」

「いやいや、大変です。女の子と言えどもやんちゃ盛りでして。そちらは男の子と女の子のお二人……あ、いや――」


 追いついたリトリィとマイセルを見て、察するなにかがあったのだろうか。一瞬だけ口ごもったようだが、すぐに柔和な笑顔を浮かべた。


「――男の子と女の子、どちらも揃ったきょうだいですか。いやはやうらやましい。その若さで大したものだ」


 そう言って、マイセルの方を向いて挨拶をしてみせる。マイセルも腰を落として挨拶を返してみせると、紳士は意外そうに嘆息してみせた。


「これは――お若いのに美しい礼儀をわきまえた奥様をおもちですな。失礼ですが、出会いはどこか、社交の場で?」


 社交辞令でも、妻がほめられるというのは照れくさくも嬉しい。


「いえ、そういうわけではないのですが」

「ご謙遜を」


 紳士はそう言って首を振ってみせた。


「嘆かわしいことに、昨今、こと市井の女どもは自由な生き方、とやらで礼儀をないがしろにする風潮が見られます。よき家庭はよき妻を得るところからと言いますし、ご主人の目の確かさを見た思いですな。年の離れた下の子を得るのも、そのような妻だからこそついつい愛でてしまう証。ご夫婦仲のよろしさの印かと」


 そう言って、分かりますよとばかりにうなずいてみせる紳士に、俺は彼が誤解をしているのだと気が付いた。


「いえ、妻が身籠っているのは私の初めての子です。夏には生まれるでしょう。今からとても楽しみなんですよ」


 俺の言葉に、紳士は眉を上げる。


「おや……? では、そちらの子は――」

「この子たちは私の子供ではありません。ちょっと訳ありでして、私が引き取ったんですよ」

「なんと――」


 紳士は目を見開いた。


「それはつまり、養子ですか?」

「ええと……まあ、似たようなものです。でも、とてもいい子たちですよ。よく働きますし、優しくて、そして将来の夢も持っています。この子たちの成長も、楽しみのひとつなんですよ」


 紳士の反応に、もしかしたら養子というものはあまり良い印象を持たれていないのかもしれない――そう感じた俺は、笑顔をつくって彼らの擁護をすることにした。

 ところが、紳士の反応は違った。


「これは驚きました。お若いのになかなかご立派な」


 そう言って、深々と礼をしてみせる。

「失礼ながらわたくし、ご主人は二十代なかばに行くか行かないか、といったお歳と見立てておりましたが、それでこの年頃のお子様、というのは、いささかお若いご結婚をなすったのだと思っておりました」


 ――二十代なかばに行くか行かないか。

 なるほど、日本人は若く見られるなんて聞いたことがあるけれど、その法則、こちらでも当てはめられてしまっていたぞ、俺!


「ですが、養子とあらば話は別。いや、わたくしも職業柄、ゆえあって養子をお迎えする親御さまを見てまいりましたが、そのお歳でその志をもつ方はなかなかお見受けいたしませぬ」


 そう言って、紳士はリノ、そしてリトリィに目を向けた。


「そうであるならば、わたくしもその博愛の心を理解できますぞ。いや、すばらしい、すばらしい」


 紳士はそう言って手を叩く。小さな女の子たちも、そんな父親につられてか、拍手をし始めた。……そんな大袈裟に言われても。


「博愛だなんて、そんなたいそうなものじゃありません」

「おやおや、これは異なことを。血のつながらぬ少年少女を引き取る、高潔なる覚悟をもつ方が。ですが、そうしたおごらぬ精神、ご謙遜の姿がまた素晴らしい」


 昼間、それも自然公園の往来で、人に見られながら、見も知らぬ紳士からほめあげられる。

 ……正直、かなり恥ずかしい。


 チビたちもマイセルも、そんな俺を、我が事のように嬉しそうに見上げた。

 対してリトリィは、なぜかやや毛を膨らませ、いつになく耳を立てて身を固くしていた。

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