第554話:相聞夜に偲ぶ愛(3/3)
月も中天を迎えるころには、チビたちも寝入ってしまった。俺たちの馴れ初めや初めてキスした時のエピソードに目をきらきらと輝かせて聞き入っていたニューとリノも、睡魔には敵わなかったようだ。いつもよりずっと夜更かしをしていたから、明日は寝坊するかもしれない。
「ふふ、こどもって、かわいいですね」
リノのつやつやしたほっぺをつつきながら、リトリィが毛布を掛ける。暖炉の火があたたかいからだろうか、毛布を蹴散らかしてしまうのだ。そのくせ、しばらくすると寒そうに丸くなるのだから、子供というのは面白い。
リトリィの慈母のような微笑みを眺めながらカップを持ち上げた俺は、中身が空だと気づく。
「ムラタさん、お酒、
「ああ、マイセルありがとう」
「だんなさま、なにかつまむもの、おつくりしましょうか?」
「リトリィの手間じゃなければ、お願いできるかい?」
なにくれとなく世話を焼いてくれる二人だが、断ると寂しそうな顔をするので、開き直って彼女たちのしたいようにしてもらっている。
「それにしても、ほんとうに一年間、いろいろあったな」
ソファーに身を沈めるようにしながらつぶやくと、マイセルが隣から肩に頭を預けてきた。
「……本当に、そうですね」
「結婚する前も色々あったけれど、結婚してからも、助けられてばっかりだった」
「そんなこと、ないですよ」
はにかんでみせるマイセルだが、本当に彼女には助られた。
冒険者ギルドの使い方を教えてくれたのも彼女だったし、リトリィを助けるために貴族の館に突撃したあのときだって、最終的な決め手となるナリクァン夫人の援助を引き出してくれたのはマイセルだった。
ゴーティアス婦人の寝室へのこだわりの謎が解けたのも、マイセルのおかげだ。
「そ、そんなこと、ないですもん。私はそんな……」
「いや、マイセルのおかげで俺たちはこうして夫婦としてやってこれたんだ。ありがとう」
まっすぐに彼女を見つめて礼を言うと、彼女は頬を真っ赤に染めて妙な踊りでも踊るかのようにわたわたとし始めた。テーブルのカップに手を伸ばすと、俺のカップをつかむと、そのまま一気にあおってしまった。
「わ、わたしは、その……! だ、大好きなムラタさんのために、なんとかしようって思ってただけで、そ、そんなに感謝されることなんて――」
「なに言ってるんだ」
俺は苦笑しながら、そっと彼女を抱き寄せた。
彼女が、身を固くしたのが分かる。いつも愛し合っている仲だというのに。
俺は思わずこぼれてしまった笑みをそのままに、そっと耳元にささやいた。
「今日だってリトリィのことを考えて、俺を叱ってくれた。いつもマイセルには助けられている。俺たちがこうして一緒に暮らしていけているのは、君のおかげだと思っている」
「でも、でも、わたし、ムラタさんに、ひどいこと――」
「ひどいものか。君に叱ってもらえてよかった。そうでなきゃ、君の想いも、リトリィの想いにも、気づかなかったような俺なんだから」
彼女の肩に回した右腕にあらためて力を込めつつ、左手で、彼女のお腹をそっと撫でる。
彼女の、丸く膨らんだお腹――その奥には、彼女が大切に守り育ててくれている、もう一つの命があるんだ。
「――そんな俺を選んで、俺の子を身籠ってくれたマイセルだ。君が俺にしてくれることに、酷いことなんてなんにもない。いつもありがとう。愛している」
「む、む、む、ムラタ、さん――!」
マイセルが一瞬身を離し、俺を見て、なぜか慌てて目を閉じて、そしてまた、俺の胸に顔を押し付ける。
もう一度、「愛してる」とささやくと、びくりと体を震わせた。俺の胸に顔をこすりつけるように押し付ける。
こうして感謝の気持ちをじかに言うっていうのは少々気恥ずかしいが、言われた彼女も、気恥ずかしかったりするだろうか。首筋まで真っ赤になった彼女だが、全身で体を火照らせているようで、そこまでなんだか可愛らしい。
でも、結婚一年目になるんだ。ベッドではないところで、こうやって気持ちを伝えるのも、悪くない――
そう思ったら、マイセルが急にくたっとなってしまった。
「お、おい、……マイセル?」
俺は慌てて身を離すと、マイセルがとろんとした目で、なにかほにゃほにゃ言っている。翻訳首輪でも訳されないのだから、本当に意味がないか、あるいは支離滅裂なのか。
――あ、そういえば。
さっき、彼女が飲み干したコップは、俺のために彼女が果実酒を注いでくれたもの。
そして、アルコールに弱いマイセルは、お酒が入るとすぐに寝てしまう――!
「ふにゅぅぅ……」
俺のコップに半分以上残っていた酒を口にしてしまったせいなのだろう。マイセルは、すっかりのぼせ上がるように目を回していた。
「だんなさま、マイセルちゃん、おつまみするものを……って、あら?」
そこへやって来たのがリトリィ。マイセルが真っ赤な顔で、ソファーにしどけないありさまで伸びているのを見て、いろいろと察したらしい。
「あなた、マイセルちゃんたら、お酒を飲んじゃったんですか?」
「いや、俺のコップの中身を間違えて飲んじゃったみたいでさ。多分、本人も飲むつもりはなかったんだろうけど……」
「あらあら。可愛らしい子ですね」
リトリィが苦笑して、マイセルにそっと口づけをする。
マイセルは感触でリトリィだと気づいたのか、「えへへ……」と締まらない笑みを浮かべて、そしてまたすう、すう、と可愛らしい寝息を立て始めた。
「マイセルちゃんが寝ちゃったら、お話すること、もうなくなっちゃいますね」
「そんなことないだろ。俺はまだ言い足りないくらいだ」
「ふふ、いつもいっぱい愛してくださっているあなたが、言い足りないことなんてあるんですか?」
言われて、今さら彼女に何を言ったって、普段の言葉の焼き直しになしかならないのかもしれないと気づく。う~む、これはしまった。
……いや、違うぞ! 焼き直しだってなんだっていい。言われて嬉しい言葉は何度言われても嬉しいって、以前、リトリィ自身が言っていたじゃないか!
そう意気込んで臨んだが、あっさりとリトリィに返り討ちにされた。
「ふふ、どこが魅力的か、ですか? それはもちろん――」
一人で延々と、じつに嬉しそうに語り続けるリトリィ。そういえばそうだった。リトリィって女の子は、まるでどこかにメモしているかのように、事細かに俺のことを覚えているんだ。
俺がどれだけリトリィについて言葉を尽くして魅力を伝えようとしても、十倍くらいの質と量で制圧をしてくるんだ、彼女は。
「ふふ、今夜はいっぱい話せて、楽しかったですよ?」
お飲み物をお持ちしますね――空になったトレイを手に立ち上がった彼女が、しっぽを大きく振ってみせた。
今さら気づいた。彼女、いつの間に脱いでいたんだろう。エプロンの下には、何も着けていなかった。
チビたちが起きている時には、確かにちゃんと服を着ていたはずなのに。
金の毛並みが、しっぽの裏側――内股のふっかふかの白い毛並みが、妙に鮮やかに目に飛び込んでくる。
いたずらっぽく微笑んでみせたリトリィがキッチンの奥に消える。
気が付くと、いつのまにやら俺もキッチンに吸い寄せられていた。
「……だめ、ですよ……?」
彼女を背後から抱きしめる。こんなにふかふかな彼女の、その三角の耳の付け根に鼻を押し付けるように。
「もう……。
小さく笑ってみせた彼女は、キッチン台に両手をつくと、くいっと持ち上げた腰を、俺に押し付けてきた。
「声、抑えることなんて、できませんからね? おちびちゃんたちが起きてしまったら、ちゃんと言い訳、考えてくださいね……?」
とろんとした目、その瞳は、いつもの透き通るような青紫ではない。若干赤みがかった紫だ。藍月の夜を控えた彼女の体が、子作りを求めていることを否応なしに表している。
彼女の開いた口から、だらりと下がる舌。それを後ろからぱくりとくわえる。
彼女の熱い吐息が、鼻をくすぐる。
「あ……む――」
たちまち彼女の舌が、俺の口内を蹂躙し始める。ふかふかのしっぽも、俺の腹から胸にかけてばさばさと俺をくすぐるかのようだ。俺から攻めたはずなのに、すぐに攻守逆転されてしまった気分だ。
なんの、負けるものか。
胸からたわわにぶら下がる、手に余るその果実をつかむと、その尖端をつまむ。
「――――っ!」
一年と半年。いくら愛しても変わらない、その愛らしい鋭敏な反応は、まさに期待通り。
つまみ、弾き、ひねるたびに、可愛らしい悲鳴を上げつつ腰をくねらせるが、しっかり奥まで打ち込んだ我が杭が、彼女を捕えて離さない。
――離すものか。
今夜――そう、もう
今夜は藍月。君たちとの――君との誓いを、結婚を果たした夜。
そして何よりも、獣人たちの、恋の夜。
※キッチンに立つリトリィのイメージ画像
【注意】エプロンのみをまとった姿です。
https://kakuyomu.jp/users/kitunetuki_youran/news/16817330648667891037
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