第521話:頼るべき相手は

「……これは、最低でも館の屋根の半分はき替えですね」


 坊ちゃんカットにタンクトップを思わせるシャツに釣りズボン、そして無意味なポージング。ギルド長となったムスケリッヒさんは、俺の持ち込んだ図面とにらめっこするようにしながら暑苦しいポージングをしていた。逆だ、ポージングをしながら図面とにらめっこしていた。


「……やはりそう思いますか?」

「ツカアリが入り込んでいるなら、もう考えるだけ無駄でしょう。放置しておけば、いずれ屋根が落ちます。そうなる前に手を打たねばなりません」


 俺はリファルと顔を見合わせる。

 やはりそういう見立てになるか――予想はしていたが、屋根全体の半分は葺き替え――それは資材も人材も、それらを動かすための資金も足りない俺たちには、やはり厳しい話だった。


 分かってはいたのだ。屋根の半分は葺き替えとなるだろうことは。

 リファルと図面を作成し、二人でため息をついて、なんとかならないだろうかと、そしてなんともならないだろうなと、確認し合ったのだから。


「……しかし、人手も資材も資金も足りません」


 以前にクオーク親方に融通してもらった資材ではとても足りない。人手も。クレーン車でもあれば別だが、この世界にはそんな便利なものはない。外壁に沿って足場を組み、その足場を使って抱えて屋根まで運ぶか、クレーンを一から組み立てて使うか。


 もちろん、「幸せの鐘塔」のような大プロジェクトなら、クレーンを組んでいただろう。だが、今回の仕事はそんなカネもなければクレーンを組むようなスペースもない。人力で屋根まで運び込むしかない。


 日本ですら、屋根の葺き替え工事は一週間から十日程度はかかるとみておいた方がいい。日本ですら、その程度は見積もっておいた方がいいのだ。

 ましてこの世界だ。重機も電動工具もないこの世界、大量の資材を屋根の上に運ぶだけでも大変なのに、全てが手作業。


 そうすると、人海戦術しかあるまい。屋根を剥がしたあと、俺とリファルの二人で何日もかけてのんびり作業をするわけにはいかないのだから。

 なぜなら、ビニールシートのような便利な防水シートもないのだ。途中で雨など降ろうものなら悲惨なことになる。


「……確かにお話を聞くに、いろいろと足りていない――特に資金の不足は問題でしょうね」


 ムスケリッヒさんが、眉間にしわを寄せる。資金が無ければ、ひとも雇えないし資材も購入できない。


「つまり、どうすることもできないってことじゃねえか」


 リファルが、ため息と共に言う。せっかくあの子が少しでも楽になるようにできると思ったのによ、というつぶやきと共に。

 見通しが甘すぎた――やはり、まずは大口のスポンサーを見つけるべきだった、そう思ったときだった。


「資材については、他の現場の端材を回すなり何なりすれば、どうにかできる可能性はあります。『神の社』における孤児院ですので、ギルドとしてもいろいろと融通を利かせること、ご協力できることはあるでしょう」

「資材を融通してもらえるんですか?」


 思わず声を上げると、ムスケリッヒさんは苦笑しながら続けた。


「わたくしも今ではこのような立場ですので、資材を、と申し上げることはできませんし、当然確約もできません。ですがギルドとしては、『融通を利かせる』ことも、『ご協力できること』もあるでしょう――今はそのように言っておきます」


 まあ、確かにそうだ。「資材を融通する」なんて明言してしまったら、次にどんな団体からどんなことをねじ込まれるか、分かったものじゃないだろうからな。

 しかし、廃材でも端材でもなんでもいいから、とにかく回してもらえるというのは心底ありがたいことだ。

 思わずリファルと二人でガッツポーズをとったところで、ムスケリッヒさんは少しだけ、困ったような微笑みを浮かべて付け加えた。


「ムラタさん。あなたはもう少し、力を借りる相手をよく考えて、思い出した方がいいですよ?」


 力を借りる相手を、よく考えて、思い出せ――どういうことだろう。リファルと顔を見合わせ、首をかしげる。

 ギルドに力を借りるというのは、最終手段にしろ、安易に頼るなという意味だろうか。

 俺の言葉にムスケリッヒさんは立ち上がると、窓辺に向かった。窓から街を見下ろしながら、続ける。


「そもそもあなたは、どのような伝手つてで、我らがギルドに加盟したのでしたか?」


 ――言われて、ようやく思い出す。

 ああ、そうだ。

 俺の親戚になったひとたち――それを抜きにしても、設計士としての俺が、この世界でまず一番に頼るべき相手。

 どうして俺は、そんな大切なことを今まで忘れていたんだろう!




「よう、婿殿。いつ来るか、いつ来るかと思って、ずっと待ってたぜ?」


 マレットさんは、俺の顔を見てバシバシと背中をぶっ叩いた。


「だからいつも言ってんだろ? 自分 一人で抱え込むなってな」

「ふふ、このひとったら、『俺はいつ声を掛けたらいい?』って、毎日毎日、うるさかったんですよ?」


 マレットさんの奥さんにして、跡取り息子であるハマーの実母、マイセルの育母となるネイジェルさんが、にこにこしながらマグに麦酒をいでいく。


「マイセルは何も言わなかったのか?」

「……だって、ムラタさんにはムラタさんに考えがあるって思ったから……」

「亭主が困っているときにこそ、実家を使うんだろうが。何のために設計男の元に嫁いだ。大工の力を今使わずに、いつ使う」


 隣に座るマイセルを睨みつけるマレットさんに、マイセルが身を縮める。


「す、すみませんマレットさん。俺がもっと早く相談をしていれば――」

「当たり前だ」


 マグを一息で空けたマレットさんが、それまでの厳しい目から一転、にんまりと笑みを浮かべたあと、がははと豪快に笑う。

 

「ムラタさんよ、俺たちは親戚同士、まして俺からすれば、あんたは大事な娘を嫁がせたなんだ。もっと早く頼ってくれるべきだったんだよ」


 マレットさんは「おい、いつまでかかって飲んでるんだ。ネイジェル、マグを新しいのと替えてやってくれ」などと言うものだから、慌ててマグを空けると、ネイジェルさんが麦酒をいでくれた。


「ま、亭主が気づかないところを世話するのが女房の役目だ。持ちつ持たれつ、そうやって役割分担をするからうまく家が回る。マイセル、お前は大工として嫁いだんだ。自分の専門分野を理解して受け入れてくれる、貴重な亭主だぞ。もっとしゃしゃり出ろ」


 つまみの干し肉を引きちぎりながら、マレットさんはまた、豪快に笑った。


「と言っても、いつもギリギリまで粘るあんただ。やっぱり、何かどうしようもないことがあったんだろ。例えばそうだな、壁に穴が開いたとか、腐った屋根や床が抜けたとか」


 マレットさんの言葉に、俺は苦笑しながら答えた。


「そうですね、近いうちに抜けるかもしれません。ツカアリが屋根――垂木に巣を作っています」

「……なんだと? 屋根にツカアリ⁉」


 それまで笑っていたバレットさんの顔が、一気に険しくなった。


「ちょっと待て、ツカアリだと? 屋根だろう? どうしてツカアリが垂木の中にいるんだ」


 リファルの話だと、ツカアリは木の腐った部分から侵入し、そのまま柱を食い荒らしていくという話だった。だから、定番は地面と接する木材が傷んできたころに侵入が始まるという。

 だが、今回のケースは屋根。かなりレアなケースらしい。


「わかりません。屋根一面が草だらけだったんで、そこから入ってきたのかもしれませんね」


 俺の言葉に、マレットさんはしばらく腕を組んで天井を睨んでいた。


「……ムラタさんよ。それはシャレにならんぞ。ツカアリが垂木の中にいるなんて、下手したら屋根がいつ崩れ落ちてもおかしくないじゃねえか」

「そうですね。俺も驚きました」

「しかし屋根にツカアリか。どうやって気づいたんだ?」


 首をかしげるマレットさんに、簡単に経緯を説明すると、マレットさんは顔をしかめた。


「屋根を見て回っていたリノちゃんが屋根を踏み抜いて、噛まれた? そいつは災難だったろうに。無事なのか?」

「ひどい目に遭いました。俺自身も噛まれましたんで、二度とあんな目には遭わせたくないですね」

「だろうな。マイセルがそんな目に遭うなんて、考えたくもねえ」


 マレットさんがばりばりと頭をかく。


「……話は逸れちまったが、そういう困ったときこそ婿殿、いつでもこっちを頼ってくれよ? カネを融通してやることは難しいが、人手ならいくらでも貸してやる」

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