第513話:男の矜持と家事分担

「……確かに、俺も子育てってものに対する考えが甘かったかもしれない」

「甘かったかもじゃねえよ、甘いんだよ!」


 リファルに小突かれて頭を掻くが、その直後にリノが牙を剥くものだから、よしよしと落ち着かせる。


「でもな、やっぱりあの環境は、赤ん坊によくないと思ってさ……」


 マイセルもフェルミも、生まれてくる赤ん坊のことを楽しみにして、赤ん坊のおむつだの、肌着だの、おくるみだのを縫っている。その量は、二枚や三枚どころの話ではない。そんなにもいらないんじゃないか、と思うくらいにたくさん作っている。


『だって赤ちゃんのおむつは、三歳あたりまでは使うものですよ? それに私、ムラタさんの赤ちゃん、いっぱい産みますから。一人目のおむつが外れるまでには二人目も産まれるでしょうし、たくさんあっても困るものじゃないんですよ?』


 ムラタさんが可愛がってくださる限り、五人だって六人だって、いくらでも産んでみせますよ――大きくなってきたお腹をさすりながら、胸を張ってみせたマイセル。そのイメージがあったから、日本と違ってこの世界の女性は多産で、それが当たり前なのだと思い込んでいた。

 しかし、そんな俺の頭をリファルがはたく。


「バカかてめぇは、それはそれでいいんだよ! チビは順番にでかくなっていくから手間がかからなくなるし、上が女の子だったりしたら子守を手伝わせることもできる! けどな、コイシュナさんは一人でずっと、赤ん坊の面倒をみてんだぞ!」

「だ、だったら孤児院の子供たちに手伝わせれば――」

「あーっもう! だからどんだけバカなんだてめぇは! あの孤児院、男ばっかだろうが! 女手はコイシュナさんしかいねえんだよ!」


 天を仰いで足を踏み鳴らすリファルに対して、俺も頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。


「いや、あんまり小さい子にやらせるわけにはいかないだろうけど、五、六歳にもなればある程度のことはできるようになるだろうし、洗濯とか、洗濯物を干したり取り込んだりとかをさせたって、別に何の問題もないだろう? 年長者ならおむつの交換だって――」

「てめぇの耳の穴は飾りか⁉ それとも耳クソで詰まってんのか⁉ さっきから全員男だって言ってんだろ! 連中は全員男で女手がねえ、赤ん坊の面倒を見るヤツがいねえっつってんだよ‼」

「だから、なんで男にやらせないんだ?」

「……は?」


 リファルの目が点になる。


「……いや、だから。男にやらせりゃいいだろう。少なくとも洗濯くらいは」

「おむつの洗濯なんて女の仕事だろうが! 女ってのは男が守ってやらなきゃならねぇ弱い生き物なんだから、女に家の仕事を任せて、男は外で――」

「なぜだ? 男だって女だって、強い弱い関係なくひとりの人間だ。家事ってのは、男女関係なく覚えればできることなんだから、孤児院の子供たちにやらせればいいだろう?」


 リファルが顔をしかめるが、俺は気にせずに続けた。


「誰かを雇って働かせるわけじゃないから、余計な出費もない。子供たちが自分たちで仲間の面倒を見ればコイシュナさんの負担も減って、彼女の空き時間も増えるだろう。彼女の居残り仕事の時間だって大幅に減るはずだ。いいことづくめじゃないか」

「そういう問題じゃなくてな……」

「俺は夏には子供が二人生まれるし、少なくとも、我が子のおむつ交換は当然やるつもりだぞ? もちろん、それを洗うとか干すとか畳むとかもな」

「……は?」


 リファルが、薄気味悪そうに俺を見る。


「……なんだムラタ、まさかお前、本当は女になりたいとか、そういう……」

「お前こそ何を言ってるんだ。子育てなんて夫婦でやるものだろ。あの『恩寵の家』は男子だけを引き取るっていう方針なら、男がやるだけだ。当然だろ」

「当然じゃねえよ! なんで女の仕事を――」

「なに言ってんだ。男と女で、できること、やらなきゃならないことをしているだけで、性別が違うからできない、というわけじゃないだろう」

「……お前、頭おかしいぞ? 女は女、男は男でだな、わきまえて仕事を――」


 リファルが頭をかきながらあきれたように言うのを見て、とうとう我慢ができなくなった俺は思わず立ち上がってしまった。


「リトリィは女だけど、金槌かなづちで鉄を叩いて素晴らしい鉄器を作る! マイセルもフェルミも女だけど、金槌かなづちのこぎりで家を建てる! もちろん三人とも、裁縫・炊事・洗濯・掃除、なんだってできる! ――ああ、フェルミは料理、あまり得意じゃないけどさ」

「……だから何だよ、お前の嫁は変人ぞろいだって言いたいのか?」

「男だから、女だからなんて、そんなの関係ない。確かに男女では体質と筋力の違いで能力に差はあるだろうが、できることは変わらないはずだ!」


 リファルは、ややのけぞりながら、それでも言い返してきた。


「……けどな、女ってヤツは力もねえし、できねえことだっていっぱいあるじゃねえか。だから家で家事と子育てだけしてろっていうのが……」

「それがおかしいって言ってるんだろう! 誰にだって得意不得意があるさ。でも、男女関係なく子育ては参加するべきだし、そのために家事を分担するのも当たり前だろう!」

「いや、だってよ……子供産むのは女だし……」

「だったら産ませるのは男だろ! その男が協力しないなんて、どこまで自分勝手なんだ? できるできないの問題じゃない、お前だって大工仕事ができる力と器用さがあるんだから、家事だって当然できるんだよ! あとはやるかやらないか、ただそれだけだ!」


 リファルは目を白黒させながら、「でも女はチカラがねえんだから、家事でもやるしか……」などと訳の分からないことを言う。さらにカチンときて、俺はまくし立てた。


「言っとくけどな、お前とリトリィなら、間違いなくリトリィの方が力持ちだからな! お前、ひと抱えもある切り株をひと息で持ち上げて、二メートル……ええと、七尺ある男の頭に振り下ろすなんてできないだろ!」

「……やらねぇし、やりたくもねぇよ。ていうか、お前、よくそんな化け物じみた怪力女を嫁に取ろうと思ったな? そのうちベッドで絞め殺されるぞ?」

「極上の締まり具合で毎晩昇天させられてるよ!」

「独身のオレに嫁の名器自慢するんじゃねえよ!」




「……とにかくだ」


 リファルは、赤く腫れた頬と、顔じゅうに付けられたひっかき傷を押さえながら言った。


「オレは、上手くいくとは思えねえ。どうせ今まで家事なんてやったことねえガキどもだぞ?」

「だったらこれは一種の社会実験だ」


 俺も、腫れあがったまぶたの上と頬を押さえる。

 リトリィは最高の嫁で極上の女だ、という絶対に譲れないことで、リファルと殴り合った結果だ。


 結果は言うまでもない。

 俺よりは喧嘩に慣れているリファルにマウントを取られたところで、リノが「ボクのだんなさまになにするんだっ!」と参戦。顔じゅうにひっかき傷をこしらえたリファルが、たまらず敗北宣言を出したというだけだ。

 ……くそう、今度は負けないからな。


 しかし女子供には手を出さない、というリファルの紳士ぶりは、正直、意外だった。「女子供は、男に守られなきゃ生きていけない弱い生き物だ」と言い放つ男性優位思想はどうにもついて行けないが、だからこそプライドにかけて、女性には手を上げないのかもしれない。


「どうせ文句をつけてくるような親もいない。リファル、お前の矜持を別にすれば、別に、家事をやらせてしまっても構わんのだろう?」

「……そりゃそうなんだけどな?」

「そうか。ならば、ナリクァン夫人のアレにかこつけてやらせるとしよう」

「……お前、なかなかひでぇヤツだな?」

「酷いってなんだ、男女関係なく、自立した生き方をするためには、家のことは何でもできたほうがいいんだよ」


 現に我が家では、俺以外の唯一の男手であるヒッグスにも、家事手伝いをやらせている。少しおだてれば鼻をこすりながら手伝ってくれて、喜んでみせれば得意げな顔をするのだから可愛いものだ。いまでは、何も言わなくても部屋の掃除や洗濯の手伝いだって手伝ってくれる。


 要は、それを当たり前とする環境に仕立てるだけだ。

 男だから家事などしない、ではなく、男女関係なくみんなで家庭を作り上げる、そのための分業という意識。


「百歩譲ってお前の言うことが正しくてもな、オレはごめんだ。女は家のことをやって、男は外で稼いでくる。それが自然なんだからな」

「俺はそれを否定してないだろ。ただ、子育ては夫婦でやるべきなんだから、当然それに関わる家事も分担すべきだって言ってるだけじゃないか」

「外の仕事で疲れて帰ってきて、その上で家でおむつ替えなんてやってられるかよ」

「俺は自分の子供のためなら、喜んでできると思うんだがな」

「お前の頭がおかしいんだ」


 リファルは顔をしかめる。

 ――が、地面を見つめながら、ぼそりと言った。


「……でも、お前の言うそれで、コイシュナさんに時間ができるなら……やってみても、悪くはねえかも、しれねえな……?」

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